43・〔幕間〕黒騎士最後の晩
黒騎士カールハインツのお話です。
《注意!!》
・暗く鬱々としています
・彼に救いがあります
それでも構わないという方のみ、お読み下さい。
ムスタファが傍らの書記官に「以上だ」と告げた。薄暗い牢の中で彼による最初にして最後の尋問――という名目の面会が終わった。明日、俺は処刑される。
座っていた寝台から滑り落ちるように石の床に膝をつく。左右からすぐに突き出される槍斧。俺は気にせず、平伏し頭を床にこすりつけた。
「どうか、カルラ殿下にご厚情を」
頼む声が情けなくふるえた。
この一週間、俺の元に来たどの尋問官も見張りも何も言わなかったが、カルラの父親が王ではないと知られてしまっているはずだ。パウリーネは魔力を封じる部屋に閉じ込められていると聞いている。ならば彼女がカルラに掛けていた、変化の魔法は解けているはずなのだ。あれは定期的に掛ける必要がある魔法だった。
カルラは王の娘ではなく、その暗殺を狙った王妃と愛人の娘。
それが知られてしまったあの子は一体どうなってしまうのか。それが恐ろしくてたまらない。どんな扱いを受けることになるのか。修道院か廃嫡されて平民か。母を失い、憧れの騎士がただの人殺しと知り、さぞショックを受けているだろうに。
「……自分勝手は百も承知。私はどのような残酷な処刑方法でも構いませんから、どうか、どうかお願い申し上げます」
頭をひたすら下げる。
「あのやんちゃな妹に、これ以上どんな気を配れと?」
返ってきた言葉の意味がよく分からず、しばらく考える。
『妹』……。
顔を上げると、俺が殺そうとしていた王子は悲しげな表情をしていた。
彼はカルラを『妹』と言った。
そうか。この先も変わらず『妹』と言ってくれるのか。
頭を再び床にこすりつける。
安堵に涙が流れ落ちる。
「フーラウムが言うには」とムスタファが喋る。「母に再び巡り会うまで何度も何度も転生したそうだ。人でない生き物になったときもあったとか。――事実かは分からないし私は、パウリーネもお前も一生許すことはないがな」
顔を上げると王子はすでに扉に向かっていた。
頭を下げて見送る。
扉が閉まる音。だが俺は動けなかった。
今の話はなんだ。俺に望みを持てと言ったのだろうか。パウリーネは永遠を生きる。ならば俺が人に生まれ変わる度に彼女を探せば、いつかはまた共にいられるようになる。そういう意味なのか。
――だが兄殺しの俺が、人に生まれ変わることなどあるだろうか。地獄で罪を償わされ続けるのではないだろうか。
「……カール」
頭上から降ってきた声にはっとする。オイゲンだ。ムスタファと共に全員が牢を出たと思っていたが、きっと入れ違いに入ってきたのだろう。
「何でだっ、カール!!」
悲鳴のような叫び。
答えず、動かない。
脳裏に、いつも楽しげに鍛練をしバカ話に興じていたエーデルとオイゲンの姿が浮かぶ。心許せる友のいない俺には眩しすぎる光景だった。
「何でなんだっ!!」
両肩を掴まれ引き起こされる。目を伏せ、俺は視線が合わないようにする。オイゲンはガクガクと俺を揺さぶりながら、『何でだっ』と幾度となく繰り返した。見なくともヤツが涙でぐしゃぐしゃの顔をしているのが分かる。めちゃくちゃに殴ってくれればいいものを。
やがて揺さぶりも声も止み、オイゲンは俺の胸ぐらを掴んだままうなだれて、ただ泣いていた。
どれほどそうしていたのか。
「……明日の処刑は非公開だ」
うなだれたままのオイゲンがそう言った。あまりに意外なことに思わず目を上げ、すぐに伏せる。
「立ち会うのは近衛総隊と宰相代理、ムスタファ殿下だけ。お前に関する一切に箝口令が敷かれ、表向きは極秘任務で外国に行くことになっている」
『どうして』という言葉が喉元まで出かかる。だがオイゲンと言葉を交わしたくないので飲み込む。
「処刑前、お前はカルラ殿下に『出発前の挨拶』に行く。全てムスタファ殿下がカルラ殿下を慮ってのご配慮だ」
思いもよらぬことに目を見開く。
俺の可愛いカルラ!
彼女にとって俺は憧れの黒騎士のままでいられるというのか。彼女を失望させなくて済むと。
「殿下は、お前を助けたのは、レオンに敬愛する隊長を殺させたくなかったからだとも話していた。
お前が殺そうとしたのは、そういう方だ。胸によく刻んで、その時を迎えろ」
オイゲンとは話さない。余計なことも語らない。
計画が失敗に終わったことを悟ったときに、そう決めた。だが俺は、やはりただのこずるい人間なのだ。
「いつか」オイゲンと目を合わさないまま口を開く。「彼女が真実を知ったとき、『臣下としてでなく、父親として抱きしめたかったのだ』と伝えてくれないか」
これは俺のエゴでしかない。彼女に俺の願ったことを知って欲しいという、醜いエゴ。
だがオイゲンは
「分かった」
と答えてくれた。まだなお、俺の頼みをきいてくれるらしい。
「……エーデルのことはマリエットに聞いてくれ。全て話してある」
「私には話してくれないのか」
答えなかった。答えれば俺はきっと謝罪の言葉を口にする。それだけはオイゲンに言ってはならない。
俺は彼に許されてはいけないのだ。それは彼の重荷になる。
許されたくもない。間違ったことをしたのだと認めるつもりはない。
長い沈黙のあと、オイゲンは「明日」と切り出した。
「お前の斬首は私が行う。申し出て、認められた。エーデルの仇は私が討つ。副官でありながらお前の犯罪に気づかなかった責任を取る。――親友の首を他の奴に落とさせるわけにはいかない」
伏せていた目を上げるとオイゲンと視線が重なった。
謝罪の言葉は言わない。だが感謝の言葉もきっと彼の重荷になる。
「手数をかける」
それだけを言い、頭を下げた。
しばしの後、オイゲンは立ち上がり
「こだわりがあるのだろうが、私はお前の口から全てを聞きたかった」
と言って扉に向かった。
それが開く。
「あの時エーデルを殺さなくとも、俺はきっと別の機会に殺しただろう。そして絶対にパウリーネを愛した」
「……そうか」
扉が閉まる。
――だからお前には俺を止めようがなかったのだ。
誰かが俺の代わりに、オイゲンにそう告げてくれることを願う。
明日俺は処刑される。不死のパウリーネは氷漬けにされた上で埋められるときいた。ならばできることなら、俺の遺体は彼女と共に埋めてほしい。
過ぎたる願いだろうか。
それとも慈悲深い王子は、聞き入れてくれるのだろうか。




