42・4真相
「つまり、お前が母を殺し不死になったというわけか」
ムスタファがパウリーネに尋ねる。静かな口調だった。
「不老不死ね。素敵でしょ、衰えない美貌。いつまでも十代の姿でいられるのよ」
「アンチエイジングの美容液ではなかったのだな」
「同じようなものよ」パウリーネは笑みを浮かべている。「生き血でなくても効果はあるの。魔法で凍らせておいたファディーラの血液を定期的に接取していると、劣化のスピードが遅いのよ。リカルダも若い頃の美貌を保っているでしょう?」
「まさかロッテンブルクさんも仲間なのですか!」
尋ねるとパウリーネは私を見た。
「いいえ、彼女は何も知らないわ。真面目だから、こんなことを知られたら親友をやめられてしまうもの」
「最初から母を殺す目的で侍女になったのか」
ムスタファが尋ねる。
「いいえ、偶然よ。本当はマルスランの妃になるつもりで侍女になったのよ」
マルスラン――先代国王でフーラウムの兄だ。
「長話は嫌い。おしまいよ。カール、剣を取って」
「待て! 殺すなら、全部教えてくれ」ムスタファが声をあげる。「でなければあの珠を壊し、人間に災いをもたらすぞ」
「そんなことができるわけ――」
「この俺が、なんの細工もしておかなかったと思うか? 夜中に俺の部屋に不審者が出入りしていたことを知らないとでも?」
パウリーネは不安げに珠を見た。
「俺だってやりたくはない。マリエットを巻き込みたくないからな」ムスタファは更に嘯く。「だが何も知らないまま死ぬぐらいなら、あれが割れる細工を発動する。なに、魔法なぞ必要ない。俺はまだ使いこなせていないから、そんなものには頼らない」
さすが木崎。とても今思い付いたとは思えない口調に態度だ。
「はったりでしょう」とバルナバス。
「でも万が一ということがあるわ。災いでカルラに何かあったら」
「そうだ」カールハインツが強くうなずく。
「いいわ」とパウリーネ。「何を訊きたいの?」
「何故先代国王の妃になるつもりだった。母に関係はあるのか」
ムスタファの質問にパウリーネは、やれやれといった風な表情をした。本当に面倒だと思っているのだろう。
カールハインツが椅子を持ってきて、彼女はそれに座った。
「ベーデカー家には土地屋敷を売り払っても足りないほどの借金があったの。到底自力での返済はできない。そこで父と国庫からお金をもらおうと考えて、王妃になることにしたの。
だけど母が貴族でなくて借金もある私は国王には近づかせてもらえなかった。代わりに誰もが嫌がるファディーラを押し付けられた。最初は不満だったけど、だったらフーラウムを横取りした上で王位につければいいと気づいたの。賢いでしょう?」
「先代も殺したのか」
「だって邪魔じゃない」
カールハインツを見る。能面のような顔をしている。知っていたらしい。
「フーラウムは魔力が強くて、魔法で意識を変えるのには時間がかかってしまっていた。そんなときにファディーラが自分は人間ではないと教えてくれたのよ」
「自ら?」
「そうよ。あなたのおかげ」
パウリーネは口角をぐっとあげ、笑みを作る。
「彼女は生まれてくる赤ん坊に角があることを恐れていたのよ。本当は取り上げをフーラウムがやるはずだったらしいけれど、私の魔法が効いて彼は妻を嫌いになっていた。だからファディーラは私に頼んだ。赤子を取り上げ、そして角があったならそれを落としてほしい、と」
「俺に角があったのか」
「あったわよ。小さいのがふたつ。私が痕跡が残らないよう、魔法を使って綺麗に落としてあげたの。ついでに」うふふと笑うパウリーネ。「あなたの魔力をそれに閉じ込めたわ」
「お前が?」
「そんなことが出来るのですか」私が尋ねるとパウリーネがこちらを見た。
「ファディーラの部屋にね、それを書いた本が隠されていたの。他人の魔力をものに封じ込める方法と、それを解放する方法。多分だけど彼女の魔力もそれで奪われていたのではないかしら」
珠を見る。もしかしたら額飾りか角のどちらかにファディーラ様の魔力がこめられているのだろうか。
バルナバスも視界に入る。彼は壁の書棚にもたれてつまらなさそうにしていた。
「彼女の話を聞いて、すぐに魔族の王なのだと分かったわ」
「何故だ」
「私の曾祖父が、かつて魔王を倒し不老不死になった男にあったことがあるの。その男は魔王の心臓から吹き出る血を飲んだせいでそうなったと語ったそうよ。
だけど彼は不死であることが辛くて、気が遠くなるほどの年月を、死を求めて旅をしているらしいの。どうやっても死ねない彼が考えたのは、自分を不死にした魔王ならば死も与えてくれるのではということ。
以来、魔王、もしくは魔族を探しているそうなのだけど、ようやく情報を得て会いに行ったら、皆殺しにされた直後だった。ただその後、魔王の娘と呼ばれた長だけが生きたまま氷漬けにされて、どこかの国の王子に連れ去られたらしいことが分かった。その女が正真正銘の最後の魔族だそうよ」
最後、とムスタファが呟いたのが聞こえた。
「だけどその女も連れ去られた先で死んだようだと不老不死の男は話していたみたい。どうしてもみつからないから、と。私はその話を母から寝物語に聞いていたの。母は祖父からね。だからファディーラが人でないと聞いて、すぐに分かったのよ。そして私は世界一幸運であることも」
パウリーネはうふふと笑う。
「それで母の心臓を」とムスタファ。
「ええ。せっかくだから血も全てもらって研究してみたら、見事アンチエイジング効果があったわけ。すごいわね、魔族の血は」
「俺を生かしたのは何故だ」
「もちろん、不老不死が目当てよ。それを欲しがる人間はヤマといる。いい商売になるでしょう?
だけど高額を出す客を探しているうちに私はバルナバスを産んだの。あまりに可愛くて、売るのはやめにした。彼も容姿の絶頂期に不老不死になるの。良い考えでしょう?」
そうか。カールハインツがさっき言っていた、本来は一、二年先だったというのはバルナバスの成長に合わせたものだったのだ。
「カールにもそうしてあげたいし、早まらなくて良かったわ」とにっこりするパウリーネ。「頑張って効力の高い血を出してね。だいぶ予定外なのだから、せめてそこはしっかり頼むわ」
「予定外?」聞き返すムスタファ。
「そうよ。あなたってば根性で魔力を得てしまうのだもの。使いこなせるようになったら危険でしょう」
「せっかく異性に興味を持ってくれたのにな」バルナバスの声がした。
「何の関係が」ムスタファが私を見る。「まさか……」
「魔王の血筋が欲しいのよ」とパウリーネ。「ハーフのあなたにどこまでの効果があるか分からない。クウォーターなんて更に効果は薄そうだけど、用意しておくに越したことはないでしょう? それなのにムスタファったら奥手なんだもの」
それはつまり――。
パウリーネの考えを悟り、ぞっとする。彼女がやたら媚薬入りチョコを用意していたのは――。
「マリエット、大丈夫?」
クローエさんが私の顔を覗きこむ。ええとうなずく。
「残念だわ。だけど仕方ない。赤子誕生を待っている間にあなたが、私の手に負えない魔力を持ってしまったら困るもの」
パウリーネはそう言い終えると立ち上がった。
「さあ、今度こそお話はおしまいよ」
「待って下さい、あとひとつ!」私は叫んだ。「お兄様はどこに?」
カールハインツが私を見る。
「俺の兄か?」
「そうです!」
「彼女の温室だ。見なかったか、スズランの群生を」
「……見ました」
この辺りにない植物に混じって片隅で咲いていたスズラン。
「何の話だ」とムスタファが尋ねる。「シュヴァルツの兄がパウリーネの温室にいるというのか」
「もうおしまいと言ったでしょう。さ、カール。剣をちょうだい。ふたりとも用意をね」
カールハインツが鞘から剣を抜いて渡す。普段腰に下げているものではない。特別な剣なのだろうか。それの柄をパウリーネは両手で握った。
「下からこう刺せば、血がよい塩梅に下に吹き出ると思うの。上手く飲んでね」
「マリエットたちは助けてくれ!」叫ぶムスタファ。
「イヤよ」とパウリーネ。剣を顔の前に掲げる。




