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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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41・2紛糾

「謎が深まるばかりだな」

 フェリクスの言葉に返事はなく、黙ってうなずく人が何人か。


 彼の私室にヨナスさんを除いた全員が揃っている。中央の卓には会談の様子をリアルタイムで映していた鏡がふたつある。さらにフェリクスが私を通じて聞いた内容を口述していたから、ムスタファ対フーラウムの内容は全て把握できているそうだ。

 そしてフーラウムの予想外の反応に、誰もが戸惑っている。


 倒れたフーラウムは魔術師の治癒魔法を受け顔色は良くなったものの、意識は取り戻さなかった。私たちが認識しているよりずっと衰弱していたらしい。近侍がムスタファに、心構えをしておいて下さいと伝えていた。

 下手をすると全てが謎のままになってしまう。


 扉をノックする音がしてヨナスさんが入ってきた。

「話は聞けたか」と尋ねるムスタファ。

 ヨナスさんはええと答えて彼のとなりに座る。

「侍従長と上級魔術師団の古参に。みな陛下がファディーラ様に操られていると思ったことはなかった、と。ですが操られていなかったとも断言はできないそうです。どのみちそんな話は初耳だと、驚いていました」

「母の魔力については」

「調べるようなことはなかったので、嘘をつくことは可能だったろうとのことです」

「調べないのか」とフェリクス。「うちの国は王族の結婚相手どころから、城に勤める者は全員調査対象だぞ」

 リーゼルがうなずく。

「まあ、留学生の私のことも調べなかったか。おおらかなお国柄なのだな。だが(おさ)は他人の魔力が分かるのだろう?」

「分かるための術を発動する必要があるそうです。それにファディーラ様は他人との交流を持とうとせず、陛下も当時は王子のひとりに過ぎませんでした。彼女と会話したことのある上級魔術師がいるかどうかも怪しいとのことです」

「仮にも王子妃なのにか?」とフェリクス。

「身元不確かな彼女を歓迎していなかったからだろ。気味が悪いとの噂もあった」とムスタファ。「だから敢えて上級魔術師のほうからは近づかなかった。――とにかくフーラウムの話の筋は通る、ということだな」

「事実かどうかは別として」すかさずヨナスさんが言った。「陛下の記憶の喪失がファディーラ様の仕業とは限りません」

「持てる魔力の強弱を偽れるなら、パウリーネ妃がそうしている可能性もある。主の夫に横恋慕をしたあげくに、自分のものにするため記憶を失わせた」とフェリクス。

「彼女が母を殺した?」

「別の話なのではないですか」とレオンが口を開いた。「ファディーラ様は大変お美しく、独特の雰囲気があったと叔母が話していました。彼女を殺害したのはサイコパスなストーカー。妃殿下はその死をチャンスに変えて後妻に収まった」

「ないとは言い切れないね」とオーギュスト。


「駄目だ、ここで考えているだけでは埒が明かない。次の一手はどうするか」

 ムスタファがそう言うと、リーゼルが片手を上げた。

「その前に、ふたつお伝えしたいことが」

 失念していたとフェリクスが言う。

「ラードゥロ情報です。昨晩、ムスタファ殿下のお部屋に何者かが侵入しています」

「えっ」とヨナスさんとレオンが同時に声を上げる。

「警戒中の近衛兵がいたでしょう!」とレオンが身を乗り出す。

「それが魔法を掛けられて、立って目を開いたまま寝ていたそうです。異変に気づいたラードゥロが身を潜めて様子を見ていたところ、殿下のお部屋から顔、身なりを隠した不審者がひとり出てきたとのことです」


 思わずとなりのムスタファの手を握る。それでは警備の意味など全くない。ここ三晩、ムスタファはフェリクスに秘密裏に魔法を習いそのまま彼の部屋に朝までいる。近衛の目をかいくぐっての部屋の出入りは大変だからだそうだ。もし自室にいたらと思うと、ぞっとする。


「もしや作業小屋の件は本当にムスタファの暗殺を狙ったものだったのだろうか」とオーギュスト。

「いや、あれは違う。彼女を囮に使うなら、俺が出かける時間に騒ぎを起こすのはおかしい」

「ああ、そうか」


「もうひとつは別の密偵からの情報です」とリーゼル。「その件の犯人であるふたりの令嬢ですが、追放先の修道院で自殺したようです」

「え」

「お互いに短剣で心臓を刺したらしい」フェリクスがリーゼルのあとを引き取る。「だがその短剣をいつ持ち込んだのか不明だそうだ。修道院のものではなく、護送車に載せた荷物は事前に確認してあったという。娘の身体チェックは逮捕時にしただけだが、その時から修道院まで外部の人間とは接触していない」

「そんな話、聞いていません」レオンが呆然とした面持ちになっている。

「まだ極秘情報だ。近衛でもトップクラスしか知らないはず。――普通の令嬢が狙い違わず心臓をひと突き、しかもお互いに同時だなんて簡単なことではない」とフェリクスが言う。

「ただの自殺ではないということですね」とヨナスさん。

「それこそ魔法で操られていた可能性があります」リーゼルさんが言う。


「犯人として怪しいのは」フェリクスが私を見る。「被害者のマリエット。彼女を溺愛するムスタファ。彼女に横恋慕するトイファー。それから」

「私怨から処刑を強行しようとしていたパウリーネか」ムスタファがそう言って吐息した。

「妃殿下なら上級魔術師に命じられますし、もし魔力を偽っているならもっと簡単なことですね」ヨナスさんがそう言って恋人を見る。「君は彼女が苦手だ」

 クローエさんはうなずいてみんなを見渡す。

「うまく説明できないけれど怖いのです。妃殿下の専属侍女は辞める率も高いですし」


 それぞれが意見を出しあう中、私は口を開けなかった。

 あの事件はキツかった。城勤めを始めてからの苛めの中でも最も陰険で暴力的でもあったけど、なによりムスタファを巻き込んだことが腹立たしい。

 だけど、彼女たちを処刑してほしいとまでは望まなかった。


 ムスタファと繋いだ手が握り返される。となりを見ると彼と目が合い、頭を撫でられた。


「……私たちが言いたいことはつまり」とフェリクス。「ムスタファもマリエットも身辺を気をつけなければならないということだ」

「どんな対策なら安全なんだ!」レオンが叫ぶ。「ラードゥロという人は不審者を追わなかったのですか」

「彼の目的は魔王探索だからな」

「そうでした」とレオン。


 話し合いは侃々諤々の様相になり、ムスタファは次の一手を打つべきか諦めるべきか、フーラウムの他に当時に詳しい者を探すべきかそんな人間がいるのか、不審者は何者か、身をどう守るかなどなどと話し合いは紛糾した。


 だけど何も決まらずみんなが議論に疲れてちょっとした沈黙が降りたとき、ムスタファがふと思い出したかのようにレオンに顔を向けた。

「そういえば『隊長を肉食女から守る会』はまだ活動しているのか」

「もちろんです。我らが隊長が仕事に専念できるようにすることが会長たる僕の使命ですから」

 綾瀬は誇らしげに胸を張っている。

「浮気者。ムスタファだけにしておけ」とフェリクス。

「お前に言っていなかったが、俺はシュヴァルツが嫌いだ」断言するムスタファ。

「ええっ。あんなに真面目で王家に忠節を誓い部下を育てる近衛は他にいませんよ!」


 やいやい言い合うふたりを見ながら、立ち上がる。

「そろそろ失礼します。カルラ殿下の元へ行く時間なので」

 二日に一度の遊び時間。ムスタファが眠っていた間はお休みさせてもらっていたから、今日は休まずに行く。普段より遅い時間だけど、カルラにはそれでいいから絶対に来てねと言われているのだ。フーラウムとの対談内容によっては無理かもしれないと考えていたから、一応は無事に終了して良かった。


「もうそんな時間か。一旦解散するか」ムスタファがそう言うとレオンも立ち上がり

「それなら僕はマリエットを送りがてら近衛府に行ってきます。情報収集」と言ってニカッと笑う。

「無理をするな」

「しませんよ、ただの世間話をしてくるだけです」

「彼女は私が送りましょう」と今度はクローエさんが立ち上がる。「トイファーさんではまた余計な噂が立ちます」

「そのほうがいい」とムスタファが言えば

「クローエさんにまで警戒されている」とレオンは肩を落とす。


 そんなレオンはヨナスさんに励まされながら、私とクローエさんは和やかに、フェリクスの部屋を出たのだった。




 ◇◇



 私のほうが楽しんだのではないかというくらいにカルラと思い切り遊び、明後日の約束をさせられてから彼女の部屋を出ると、クローエさんが待っていた。

「すみません、お世話をかけてばかりで」

「今来たところよ。間に合って良かった」

 わざわざ私の見送りに出てきたカルラの侍女がほっとした顔をしている。私が作業小屋で酷い目に遭ったことを気にしているのだ。

「安心して。ちゃんとムスタファ殿下の元まで付き添うから」とクローエさんが言うと、彼女は頭を下げ室内に戻った。


「複雑な気持ちです」

 廊下を進みながらクローエさんに愚痴をこぼす。

「みなさんに心配も手間もかけさせたくないのに、お手を煩わせることが今は一番みなさんを安心させる」

「仕方ないわ」

「攻撃魔法を習ったほうが良かったでしょうか」

「どちらでも同じだったと思う」


 彼女とそんなことを話していると、前からテオがやって来た。私を見て笑顔を浮かべる。

「良かった会えた!」

 テオは小走りに掛けよってくると、これ、とふたつ折りの紙を差し出した。受け取り開く。そこには手書きの社章と3の数字があった。

「近衛のトイファーさんから伝言です。『先輩のことで内緒の相談があります。礼拝堂に来て下さい』だそうです。では」

 テオはそう言って笑顔で去って行く。


「どういうことかしら?」とクローエさん。「わざわざあなたを呼び出すなんて。トイファーさんの名前を騙った罠?」

「だけどこのマークを知っているのは彼と私、ムスタファ殿下、ヨナスさんの四人だけです。それにレオンが彼を『先輩』と呼ぶのは仲間うちだけのときだけのはずですし、テオが嘘をつくとも思えません」

「そうよね」


 もしかしたら綾瀬は、叔母様から聞いたことでまだ木崎には話していないことでもあるのではないだろうか。フェリクスの部屋を出るとき、私と一緒に行こうとしていたし。


「クローエさん。一緒に礼拝堂に行ってもらえますか。私が入ってみてレオンだったらすぐに出て、そう伝えます。もし出てこなかったらすみませんが、その辺りの人、できたら近衛を捕まえて様子を見に来て下さい」

「危なくないかしら」

「このマーク」社章を改めて見せる。「私、殿下、レオンが手紙で秘密のやり取りする時に使うもので、3はレオンの番号なんです」

「そこまで詳しい情報が漏れているとは思えないのね」

「はい。それにまだこれも」

 と、胸元のブローチにしか見えない鏡を示す。私自身にかけられた魔法はもう解かれているけど、鏡は何かあったときに役に立ってくれるはずだ。

「では行ってみましょうか。用心に用心を重ねて、慎重に……」

 クローエさんにの言葉にうなずいた。




 ◇◇




 礼拝堂の隠し扉一枚目を開けたまま、二枚目を開ける。

「レオン?」

 中に入ってぐるりと見渡す。けれど誰の姿もない。レオンも。それ以外も。


 廊下で待つクローエさんの元に戻ろう。

 そう思い踵を返そうとして、その足が動かなかった。

 視線を下げると床に星形の光が浮き上がっている。

 罠だったのだ!


『助けて』と叫ぼうとしたのに、力が入らない。強烈な眠気がする。足も頭もふらふらとして瞼が下がる。

 たまらなくなってその場にうずくまった。

 眠い。

 ダメだと分かっているのに眠くて仕方ない。

 足音が近づいてきてそばで止まる。


 必死に瞼を上げる。

 靴先が見えた。


「ブルーサファイアを取り上げて。まったく、厄介なものを着けているんだから困っちゃうわ。溺愛にもほどがあるわよね」

 可愛らしい口調でそう話す声は、パウリーネのものだった。


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