40・2発見②
「先輩の魔王化って、これによるものじゃないですか?」
おずおずと発せられたレオンの言葉に我に返った。
「僕は一般的な魔力しかないけど、それでもこの珠から嫌な圧を感じます」
「ああ、これには相当な力が溜まっている。魔力なのか憎悪なのかは分からないが、良くない性質のものであるのは確かだ。あまりそばにいたくない」
フェリクスのその一言で私たちは珠から離れた。
「宮本は何か分かるか?」
ムスタファが珠を見ながら尋ねる。顔が強ばっている。
「あの大きな角は、魔王化したムスタファについていたものに似ている気がする。でも確かではないよ。他には何も」
「ならばやはり、あれが原因なのか」とヨナスさん。
「だがゲームの俺はどうやってここに来る」
確かに。多分、フェリクスの助けはないだろう。
「状況から、結界を張ったのは陛下でしょう。ですから陛下なら、ここへ来れます」
「俺とろくに目も合わせない奴だぞ。共に来るなどあり得ない」
ヨナスさんの仮説を否定して、ムスタファがフェリクスを見る。
「うちの上級魔術師は結界を解けると思うか」
「不可能ではないだろう。私以上に時間はかかるだろうが」
「可能か。となると原因はあれと考えていいな」
「厳重な結界は珠を隠すためのものに違いない」とフェリクス。「あれ自身には、危険だから魔法は掛けられないのだと思う」
なるほど、とムスタファ。「過程は不明だがゲームの俺はあれで魔力を手に入れ魔王になり、世界を滅ぼす、と。フェリクス、さっきは止めてくれて助かった」
「なに、友として当然のことだ」にこやかなフェリクス。「この機会に伝えておくが、君は私に対しても一人称が『俺』となった。より深く仲間に入れてもらえたようで嬉しいのだよ」
言われてみればそうだ。ムスタファはヨナスさんに対しても木崎の口調で話している。ムスタファも気づいていなかったらしい。間抜けた顔でまばたいた。
「いいのですよ、口調なんて何でも」とヨナスさん。「何が変わろうとも、あなたがムスタファ様であることに変わりはありません。
ただ、今のあなたは自力で魔力を手に入れた。以前のあなたなら、そんな考えを思い付くこともなかったでしょう。私は今のあなたを尊敬しているし」と彼は私を見た。「マリエットに感謝もしている」
「前のままのムスタファだったなら、私は君に興味を抱かなかった」とフェリクス。
「まずはあなた方のハッピーエンドに向かって、突き進みましょう」とヨナスさん。「それには近づかないようにして、この部屋を調べましょう。これだけの書物です、魔族に関するものがあるかもしれません」
「僕は横取りエンドを望みますけどね」とレオンが明るい声で言う。
「そんなのねえよ」とムスタファ。「俺にしがみついて号泣していたくせに」
「そうそう、僕の本命は実はムスタファ殿下説も出ているらしいですよ」
「どこもかしこも噂好きだ」と笑うヨナスさん。「だけど派手な泣きっぷりだったもんな」
綾瀬の話によって広間に入って以来の緊張感がようやく解け、室内を探索することになった。それぞれが別の方向に別れる。
ムスタファの手を握る。こちらを振り向いた魔族の血を引く彼は
「俺は大丈夫」
と私の問いかけに先んじて答えた。
「僕の前でキスは禁止ですぅ」と離れたところからレオンが言う。
「まだしてない」とムスタファ。
「君は意外にも手が遅い」とはフェリクスで。
「前世とやらではどうだか知りませんが、ムスタファ様はマリエットに出会うまで女性に興味がなかったですからね」ヨナスさんがそんなことを隣国の王子に教える。
「女性にというより人間全般にだろう。成長したものだ」とフェリクス。
「深刻になりたくても、そんなヒマもない」
ムスタファはそう言って苦笑したのだった。
◇◇
結局ファディーラ様や魔族に関するものは、檻と珠を除けば、何も見つからなかった。
室内全てのものを確認した訳ではないので、もっと時間をかければ発見できるかもしれないけど。
膨大な書物はどれも古い言葉で書かれた魔術書で、フェリクスによればいずれもかなり高度な内容だという。恐らくかつてこの部屋は、王族専用の秘密の図書室だったのだろう。
探せば魔力を封じる術を記した本があるかもしれない。そうなるとムスタファの魔力は誰かに封じられた説は有力になるし、だとしたらその犯人はフーラウムだ。
ファディーラ様が囚われていただろうここにフーラウムの署名の入った警告文があるのだ。彼がここに来たことがあるのは間違いない。
彼女を連れ出したのはフーラウムで、警告文の内容から彼女が魔族であること、その一族の酷い過去も知っているということになる。
一体フーラウムは何を考えファディーラ様を連れ出し、この場所を封印し、ムスタファの魔力を奪ったのか。
一通りの探索を終えると、ムスタファは
「本人に訊かないと、なにひとつ解決しないな」と言った。「その署名を見せれば、さすがに記憶がないと惚けられないだろう」
「上手くいくかな。今までも逆ギレのような反応だったのでしょう?」
「賛成できかねます」とヨナスさん。「あなたが母方の血筋を知ったことを陛下が認識することは、危険ではないでしょうか」彼は不安そうだ。
「他の攻略対象のルートとはいえ、討伐エンドもあるのですよね?」と綾瀬のレオンも反対の立場のようだ。
「解決しないと駄目なのか」とフェリクス。「理由は分からなくとも経緯の予測はついた。君は国王やバルナバスに匹敵する魔力も得た。ヨナスの言う通りにマリエットとの幸せを目指して、危険なことは避けたほうがいい」
みんなに否定的なことを言われたムスタファが私を見る。読めない表情をしている。
「結界魔法を君に教える。まずはこの部屋をしっかり調べるのはどうかな」
「……そうだな」とムスタファはフェリクスに答えた。
絶対にそんなの、本意じゃない。
「私はムスタファがまずい状況になるのがイヤなだけだよ」
ムスタファの紫色の瞳が私を見る。
「ファディーラ様のこと、自分のこと、知りたいんだよね。彼女を殺したのが本当に陛下なのか別に犯人がいるのか、目的は不死だったのか違うのか。
手掛かりは陛下だけ。私は尋ねるなとは思わない。慎重にやってもらいたいだけ。
ムスタファの『王子』としての役割に期待しているところはあったけど、まずは自分でしょう? 状況が悪くなったら、私たちも城を出ていけばいい」
「人でないものとして狩られる可能性があるのではないのか」珍しく真顔のフェリクスが強い口調で言う。
「木崎はそんなヘマをしない!」
ムスタファの腕を掴む。
「したとしても、私が一緒にいる。私はムスタファの弱点じゃない。対等なパートナーだよ。私たちは何があろうとも幸せになれる。絶対に!」
「そうだよな」ムスタファが破顔する。「俺としたことが一瞬弱気になった」
「うん」
私はムスタファの弱点だ。残念だけどそれは事実だと思う。でも彼の足を引っ張ることだけはイヤなのだ。ムスタファが私の身を案じて望むことを諦めるなんて、私のほうがガマンできない。
「宮本がおとなしく守られていようと考えるはずがなかったな」
「そのとおり」
「ああ、もう、バカップルがいる!」レオンが苛立たしげに頭をもしゃもしゃする。「宮本先輩っ。こういう時は普通、恋人を止めるものですよっ。何を煽っているんですか!」
「煽ってはいない」
「討伐エンドがあるのですよね?」レオンが無視して続ける。「いくら先輩が魔力を得たからといって、まだ使いこなせないじゃないですか。陛下はかなりの魔力持ちだって話だし、バルナバス殿下の攻撃魔法は最上級レベルですよ。剣術だって本職の僕らに囲まれたらなす術もない。宮本先輩なんて剣も魔法もできない。危険は避けるべきなのに!」
レオンは、もうっ、もうっ、と牛かというぐらいに叫んで地団駄を踏む。
「なんで悠長に構えているんですかっ」
「悠長じゃない。知りたいだけだ」
ムスタファがそう答えるとレオンはうぅっと唸る。
「ちゃんと策は練るって」とムスタファ。
「どんな」
「これから考える」
「……分かりました」とヨナスさん。「ムスタファ様がそう望むなら、私は止めません」
「愚かだが、ますます君を面白いと思う」とはフェリクス。
レオンが泣きそうな顔をしている。
「……最悪のときに僕は、あなたの味方に付くことができないんです」
「それでいいと前に言ったぞ。お前には家族がいる。仲間と対峙することも出来ないだろ」
「先輩!」とレオンがムスタファに抱きついた。「本当に本当、ちゃんと策を練って下さいよ。僕を泣かしてもタコ殴りですからね。約束ですよ」
「もう泣いてるじゃないか」
ムスタファが自分よりも大きいレオンをよしよしする。私も一緒に頭を撫でてみた。
「大丈夫。みんなでハッピーエンドになるんだから。そうでしょ、木崎」
「当然だ」
ムスタファの力強い声が広間に響き渡った。




