39・4久しぶりの勢ぞろい③
「ここにひとつ、朗報がある」フェリクスがムスタファを見て、にやり。「結界が解けた」
「っ!」
息を飲んだムスタファが前のめりになる。
「成功したのは昨日、念のために新しい結界を張ってある」
「中はどうだった!」
「入っていない。君が一番に入るべきだろう?」
「……お前……」
「おや、ムスタファは私がひとりで先に入ってしまうような人間だと思っていたのか。悲しい」
言葉とは裏腹にフェリクスは笑顔だ。
「すまん。――結界解除、心から感謝する。ありがとう」
「ああ。明日、皆で行こう」
ムスタファがレオンを見る。
「明日も護衛は基本、僕です」
「それなら問題ないな。フェリクス、明日もよろしく頼む。俺は魔力をまだ使いこなせない」
「よろしく頼まれてやるが礼が欲しい」
「なんだ」
「リーゼルの父親たちの死には呪いが関係しているとの結論が出た。何者かが力業で解呪し、その影響で死んだようだ。目的などは一切不明。本国は私の安全のために彼女を解雇する方針だ。私の意見は通らない」
「彼女をこちらで雇うか?」
ムスタファの提案にフェリクスは、いいやと答えた。
「解雇が決まったら、彼女とふたりで出奔する。手助けしてほしい」
穏やかな表情だった。リーゼルもだ。ふたりで話し合った結果のことなのだろう。
「王子の身分なしで生きていく覚悟はあるのか」とムスタファが尋ねる。
「そんなもの。ムスタファの秘密を本国に隠すと決めたときにあらゆる覚悟を決めている」
「すまない。愚問だったな」
「いや、私たちを心配してくれているのだろう?」
どこまでも穏やかな顔でフェリクスが言う。「本国とは決裂して、今日は連絡を取っていない」
「あまり時間はないのですね」とレオンが言ってムスタファを見る。
「私の母国が優秀な魔術師を募集しております」ヨナスさんがにこりとする。
「俺にできるのは護衛を雇う金を出すことぐらいだ」
ムスタファがレオンを見る。
「ならば僕は信頼できる民間の護衛を紹介します」
「助かる」
フェリクスはそう言い、リーゼルさんは頭を下げる。
ルーチェに続き、彼らもいなくなってしまうのかもしれないのか。ふたりが幸せなことは嬉しいけれど私もムスタファも、淋しくなってしまう。
◇◇
会がお開きになり、扉口で帰るひとたちを見送る。綾瀬のレオンはムスタファにしがみつきながら帰らないと駄々をこね、フェリクスに引きずられて去った。ヨナスさんは澄まし顔で「野暮は言いません」と言いながら。
そしてリーゼルは
「全てあの時マリエットが私を助けてくれたおかげです」と嬉しそうに私の手を握りしめた。
「自分から告白したのですか」
そう尋ねたら彼女の頬が赤くなった。
「殿下からです」
『今度詳しく教えて』『マリエットのほうこそ』なんて会話を交わし、彼女も部屋を出て行った。
扉を閉めて振り返るといつの間にか真後ろにムスタファが立っていて、思わず小さな悲鳴を上げる。
「びっくりした!」
ムスタファが私に腕をまわして抱きしめた。「ようやくふたりきりだ」
カッと顔が熱くなる。木崎、そういうキャラではないでしょうに!
いや、やっぱり私が知らなかっただけで彼女の前ではそういう感じだったのだろうかと考え、もやもやした。私も大概だなと思い、負けずに抱き返してやる。
「改めて。助けに来てくれてありがとう」
もし後少しでも遅かったら、私はきっと天井に押し潰されて死んでいただろう。
「ああ。今度は長生きするんだからな。お前も、俺も。……ついでに綾瀬も」
今度という言葉に胸が痛い。
「うん。本当にありがとう。木崎、めちゃくちゃカッコ良かった」
「当然。俺はいつでもカッコいいの」
「今日だけは、『そうだね』と言ってあげるよ」
「今日だけかよ」
恥ずかしさをガマンして、ムスタファの頬にキスをする。
「生意気」
と、し返される。頬に額に唇に……。
雨あられとキスをされ、そろそろ私の心臓がいたたまれなさに爆発するぞという頃合いで、再び強く抱きしめられた。私の肩に顔をうずめたムスタファが深いため息をつく。
「帰したくない」
「っいや、あの」
それはまだ、早いというか何というか。
「宮本、危険な目に遭いすぎ。見えるところにいてくれないと不安で仕方ない」
「……あ、うん。ごめん 」
ああ、そっちかと自分の早とちりが恥ずかしくなる。
「ちゃんと鍵を掛けるし、しばらくは廊下に立哨がいるのでしょう?」
普段はこの辺りに立哨はいない。巡回があるだけだ。だけど今回の騒動が一時的とはいえムスタファ暗殺を疑われたから、しばらく警備を厳重にしてくれるらしい。ちなみにその指示はフーラウムやパウリーネが出したのではなく、一部の貴族の不安を受けて近衛総隊長が提案したらしい。国王の返答は、『好きにやればいい』だったそうだ。
「でも見えないことには変わりないだろ」またため息をつくムスタファ。「ゲームの溺愛って、心配が高じてのことなんじゃないのか?」
「そうなのかな」
三度、ムスタファがため息をつく。「正直に言うけどな」
「うん」
「心配だわ煩悩まみれだわで、宮本を帰したくない」
煩悩……。
「でもゲームも身辺も落ち着くまでは、地雷になりそうなことは我慢すべきだと俺の理性が言っている。――理性を捨てていいか?」
「いやいやダメでしょ!」
「……だよな。宮本が窓から突き落とされるときのセリフも気になるし、我慢だ」
そういえばそんな危険もあったか。火事のショックが大きくて、すっかり忘れていた。
ムスタファが魔王化なしで魔力を得たことを知ったとき、予想に反してドヤ顔はしなかったし、さすが俺だなとも言わなかった。それは一拍置いてからだった。最初の反応は心からの安堵の顔と、
「これで少しは守れるか」との言葉。
彼はいつでも私の身を案じてくれているのだ。
「ブルーサファイアは絶対に身に付けていろ。寝ているときもだぞ」
「木崎に付けてもらってから、一度も外していないよ」そして少しだけ迷ってから「ムスタファは私だけの騎士だね。誰よりも頼りになる」と言った。
騎士という言葉をどう受け取るかの不安はあるけど私としては、今の私は誰よりムスタファが一番だよ、との気持ちを込めたつもりだ。気恥ずかしいけど。
「……当たり前。俺よりいい男なんていないからな」
かすれた声でささやかれ、ちゅっと耳にキスをされる。
耳!
「……やっぱり泊まれ」
「いや、ごめん、遠慮する」
きっぱり断ると、はあああぁっと、何度目になるのか分からないため息が聞こえた。
「覚悟しておけよ。全てのかたがついたときは、喪女だろうが手加減はしないからな」
何だそれはっ!
上手い返しをと思うのに、爆発寸前の心臓とぐるぐるの思考のせいで言葉が出てこない。
「……そ、そっちこそ覚悟しなさいよ。ヒロインパワーでメロメロにしてあげるから」
よし、これでどうだっ。
ずっと私の肩にくっついていたムスタファの顔が離れた。すごく意地悪な顔をしている。
「へえ。何をしてくれるのか、楽しみだ」
しまった、墓穴を掘ったかと思ってももう遅い。
だけどいつもの腹立つ顔に、この三日に渡る辛さが終わってくれたことを実感して、深く安堵したのだった。




