39・3久しぶりの勢ぞろい②
「ところでフェリクス、教えてもらいたいのだが」
ムスタファがフェリクスを見る。
「ふむ。なんだね」
「宝石と魔力は関係があるだろうか」
それから彼は目覚めたときのことを説明し始めた。
私がムスタファに魔力を送っていたとき、ヨナスさんが彼の額にアメシストを置いた。彼は自分でも何故そんなことをしたのか分からないそうだ。
そもそものきっかけは、苦しそうな顔をしている私を見て自分にも何かできないかと考えたことらしい。ヨナスさんは祈ることにしたけれど、神にではなくムスタファの母であるファディーラ様にだった。懸命に祈りを捧げていた彼は、自然と見慣れた肖像画の彼女を思い浮かべ、ふとどうしてフーラウムは額飾りを作ったのだろうとの考えが浮かんだ。
ファディーラ様の紫のふたつの瞳。額にある三つめの紫――。
ヨナスさんの中にファディーラ様と同じにすればムスタファが助かるという思いが強烈に沸き上がり、急いで宝石箱から取り出してアメシストを置いたのだそうだ。
前世ではパワーストーンなんて言葉はあったけど、こちらの世界でもそのような概念はあるのだろうか。果たしてフェリクスは、
「私の知る限りない。だが魔法で媒介に使うことはある。それぞれにまじない的な意味もあるが私は信じていない」と答えた。
「偶然タイミングが合ったのか? 額は? 魔術的に何かあるか」
「額? いいや」とフェリクス。
「前世では第三の目とかありましたよね」レオンが言う。
と、ヨナスさんが立ち上がり、額縁などを手にして戻ってきた。卓の中央に置く。
「こちらがシュリンゲンジーフに伝わるファディーラ様の肖像画。で、こちらが陛下がお描きになったものと額飾りのデッサンです」
ムスタファがフーラウムの絵のいきさつを説明する。
「この装身具は珍しい形だな」とフェリクス。「確かに三つめの目のように見える。わざわざ作り直したならば、魔族には何かしらの意味があるのかもしれない」
「これを身につけたら、先輩は最強になるんじゃないですかね。莫大な魔力を得たのでしょう?」
わくわくを隠さない顔でレオンが尋ねる。
確かに上級魔術師団の長の見立てによると、彼が知る中でトップレベルだそうだ。だがあくまで『レベル』。フーラウムやバルナバスと同じ程度らしい。しかもムスタファはまだ、生活魔法しか使えない。初歩しか習ったことがないからだ。
ムスタファは今すぐ私を守るに有用な術を教えろと長に迫った。だが長は
「さっきまで死にかけていた人が、なにを馬鹿なことを言っているのですか!」
と一喝したのだった。魔法教授は体の様子を見ながら、段階的にはじめるそうだ。
「試しに作ってみるといい」とフェリクス。
「これ」じっと肖像画などを見ていたリーゼルが顔を上げた。「油彩画とデッサンで額飾りが微妙に違いますね」
彼女が地金部分や細かい宝石を示す。
「……ということは、陛下はオリジナルを見ながらではなかったのに、これほどそっくりに描けたということか?」ヨナスさんが呟く。
実際のところは本人に尋ねるしかないだろうが、その本人が当時のことは覚えていないと言い張るのだから確認しようがない。
「では明日にでもベネガス商会を呼びましょうか」
とヨナスさんがムスタファを見たが、ムスタファは
「必要ない」と言った。「これは魔族の王の印なのだろう。俺はそんなものにはならない。民がひとりもいないのに王とはおかしいではないか」
「そうですね」
「存外真面目だな」とフェリクスが微笑む。
「それに俺は俺自身の力で最強になる。下手にアイテムに頼っていては、失くしたときに困る」
「確かに」
「そこのアホは前世でアイテムを大事にし過ぎて死んだしな」と綾瀬のレオンを示すムスタファ。
「だって先輩がくれたお守りだったから!」
ヨナスさんが立ち上がり肖像画に手を伸ばす。ならば私はスケッチを取り、ふたりで隣室に片付けた。人目にふれるとまずいので鍵付きの櫃に厳重にしまってある。いつか壁に飾れるようになるといいのだけど。
席に戻ると何の話をしていたのかレオンが私をちらりと見てから、ムスタファに向き直った。
「マリエットを助けてくれて、先輩には感謝してます。でも僕、言いましたよね。彼女を泣かせたらタコ殴りだって」
「今回のもカウントされるのか」
「当然。あと、僕を泣かせてもタコ殴りを追加します。だから二度と僕たちを泣かせないよう、しっかり魔力を制御して下さいね」
ムスタファの木崎は「なんだそれは」と言い、フェリクスは「おやおや大変だ」と笑う。リーゼルさんも静かに笑みを浮かべている。
「それから先輩、人前でいちゃつき過ぎ」
レオンの言葉にヨナスさんが吹き出す。
「近衛では大騒ぎですよ。マリエットをベッドに引きずり込んだって」
「なに、そうなのか!」嬉しそうにフェリクスが割って入る。
「違う。このアホが間抜けヅラで泣いてたからだ。それにあんなに近衛たちがいるなんて思わなかった。こっちはちょっと意識が飛んでたつもりだったんだからな」
そうなのだ。目覚めたムスタファは私とヨナスさんしか見えていなかったらしい。泣きじゃくる私によしよししていて何か気配が……と周りを見渡し初めて近衛やヴォイトたちに気づいたという。
「もっと僕に配慮をして下さいよね。隊での僕の扱いが、どんどん『可哀想なヤツ』になっていくんです」
「対策は、一刻も早く新しい思い人を見つけることだな」とフェリクス。「勿論、リーゼルは駄目だぞ」
「分かってますよ。――それにマリエットは大丈夫ですか? 侍女たちの態度は」
レオンの質問に思わず苦笑してしまった。夕飯時、三日ぶりに侍女用食堂に行ったのだけど、声をかけてきた侍女はみんな、
『大変だったわね』
『殿下が目覚めて良かった』
『で、殿下の愛を受け入れるんでしょうね?』
『これで受け入れなかったら人でなしよ?』
と四段活用で脅してきた。
私がはいと答えると彼女たちは沸きに沸いて、助けられた瞬間を詳しく語れと迫ってきたのだった。
もちろん私を面白く思っていない人たちもいる。でもその人たちは何も言ってはこなかった。
「侍女や令嬢はもう、マリエットには手出ししない、というか出来ないよ」とヨナスさん。
「そう。ムスタファは彼女のためには命も掛けるほど惚れていると知れ渡った。彼女を苛めたら自分の立場が危ない。それが分からないほど彼女たちも馬鹿ではないはずだ」とフェリクス。
「そう。良かったです」安堵顔のレオン。
「だが」とムスタファが続けた。「俺を排除したい者には好都合だ。ま、フーラウムのことだが」
「本当に」とヨナスさんもうなずく。
「見習いを辞めて結婚しちゃえばいいじゃないですか」レオンが言う。「王子妃になれば護衛を付けられる。そして護衛は先輩が最も信頼できる僕」
「『可哀想なヤツ』認定が強固になるぞ」
「構いません。それでマリエットは先輩との仕事に集中すればいい。今ここにいる全員に必要なのは、安心でしょう。マリエットの身の上だけでなく先輩もリーゼルも」
「レオン、リーゼルのことも案じてくれ礼を言う」すかさずフェリクスが返した。
「いいヤツだな、君は」とヨナスさんも。
別に、と照れた顔をするレオンが綾瀬に見える。マイペースな変わり者なだけではないなと思う。




