39・2久しぶりの勢ぞろい①
三日間の眠りから目覚めたムスタファは、周囲の予想に反して元気だった。体力回復の魔法が効いていたのか、
私の魔力循環の作用なのかは分からないけど、まるっきり普通。一晩寝て起きました、という感じ。本人も三日も意識がなかったと知って仰天したくらいだ。
一瞬気を失っていた程度だと思っていたらしい。
己の長い昏睡を知ったムスタファは、そう言われてみると空腹だなんて言って、食事をもりもり食べた。料理人たちは何も知らないからお腹に優しいスープや粥を用意したのだけど、彼は肉が食べたいと駄々をこねた。それぐらいに普通に元気。
心配を返せと言ってやりたい。
それとムスタファは、近衛たちを早々に部屋から引き上がらせた。どうしても警備が必要ならばレオン・トイファーがよい、彼が一番信頼できると言って。
すぐにレオンは隊の副隊長と共にやって来たけど、ムスタファを見るなり抱きついて男泣きに泣くものだから、『こいつだけでは警備にならないのでは』と副隊長に言われていた。更にレオンは、近衛としての節度や礼儀や心構えもなっていない、と叱られてもいた。そして木崎は綾瀬に、『そんな風ではエリート近衛にはなれないぞ』と嬉しそうに言ったのだった。
カルラの喜びを激しく表した襲来と、バルナバスの静かなお見舞いのあと、フェリクスもやって来た。チャラ王子は、
「遅すぎる。待ちくたびれてしまったよ」
なんて言いながら、山のようなお見舞いの品を持ってきたのだった。
オーギュストやエルノー公爵、その他貴族や最近知り合ったばかりの実業家や学者などからも、『お目覚めのお祝い』がひっきりなしに届いた。
それを部屋に居座ったフェリクスがチェックしては、
「ご令嬢からは届かないか。それはそうか」
とムスタファを見てニヤニヤするのだった。
医師や上級魔術師の診察や近衛の聞き取り調査などもあり、ムスタファの周りがいつものメンバーだけになったのは、夜も更けてからだった。長椅子にムスタファと私、向かいにフェリクスとリーゼル、一人掛けにヨナスさんとレオンが座る。
「ムスタファの目覚めを祝って」
と勝手に乾杯の音頭を取るフェリクス。
みんな何も言わずに従ったけど、全員の目はフェリクスとリーゼルに釘付けだった。あからさまに密着している。頬を赤らめたリーゼルが距離をとろうとしても、フェリクスがその腰をがっしり掴んで離さない。
ワインを飲み干したムスタファは、
「もう一度、酒を注げ。祝ってほしそうな奴がいる」
と言った。とたんにフェリクスが破顔する。
「私は生涯の伴侶をついに見つけたのだ。マリエット、すまない。君の伴侶にはなれなくなってしまった。嫉妬で幼稚な振る舞いを繰り返すムスタファでは不安もあろうが、彼と末永く幸せにな」
「一言余計だ」とムスタファが言えば
「事実ではないか」とフェリクスが返す。それから私を見た。「一昨々日のムスタファは酷かったのだぞ。鼻の下を伸ばした情けない顔で、惚気話を延々と聞かせてきたのだ」
「先輩の話、今は必要ないです。ここに傷心の僕がいるんですよ」
レオンが不満げな顔で言う。
「レオンよ、私が見舞いを許可されなかったのは他国の王族だからだけではない。マリエットを取られた腹いせにやったと疑われてもいたからだ」
「あ、それは僕も」とレオン。
リーゼルとついに両思いになったフェリクスはともかく、レオンには申し訳ない。
「なんだかごめんなさい」
これはこれで失礼だろうか。
「恨みは先輩で晴らしますから、大丈夫です」にこりとレオン。
「思い切りどうぞ。惚気には私もうんざりだった」ヨナスさんまでそんなことを言う。
木崎め、どれだけ浮かれていたのだ。
それを知って嬉しくなってしまう、私も私だけど。
でも問題はそこだ。今回の事件の犯人。目覚めたムスタファからの聞き取りを終えてすぐ、この騒動に関しての沙汰が下った。それは――
犯人はふたりの令嬢たちのみ。事件は行き過ぎたいたずら行為の結果であり、第一王子が被害者になったのは偶然だった。
だが王宮内での放火はテロ行為である。よってふたりは斬首刑。その家の当主は爵位の一等降下と罰金、更に消失した作業小屋の再建費用の負担――
なんとも重い刑罰だ。火事の原因はいたずらだとしながらも、結果的にはテロだからと極刑に処す。裁判もなしのスピード決着。あまりのことにムスタファは抗議をしたけど、聞き入れてもらえなかった。彼だけでなくバルナバスや大臣たちからも反対の声は上がったらしい。だけど明日の午後には、城下の広場で処刑が行われるそうだ。
バルナバスがムスタファに語ったことによると、処罰を決定したのはパウリーネだという。消失した作業小屋には、彼女の温室で使うために遠方から取り寄せた貴重な苗や肥料があったそうだ。それゆえパウリーネの怒り様は大変なものらしい。つまり重罰は王妃の私怨によるものなのだ。
バルナバスは、斬首をせめて幽閉か国外追放に変更するよう、一晩かけて母を説得するそうだ。彼に良識があって良かった。パウリーネに、愛する息子の言葉に耳を傾けられる度量があることを願うばかりだ。
そんな話題をひとしきりしたあとに、レオンが
「刑罰を課す理由がそれということは、マリエットへの暴力はまた咎めなしなんだ」と不満げに言った。
「すまん。俺の力不足だ」とムスタファ。
「だからパウリーネは君たちが思っているよりずっと性根が悪いのだよ。表向きは慈愛ある王妃でも、腹の中では侍女なんて使い捨てだと思っている」フェリクスが言う。
「……だけどロッテンブルクさんは妃殿下を敬愛しています」
私がそう言うと、異国の王子はそれこそ慈愛に満ちた顔を私に向けた。
「彼女は高潔だ。だが高潔がゆえに親友に闇があると考えることができない。パウリーネも親友の前では猫を被っているしな」
膝の上にある私の手を、ムスタファが優しくぽんぽんとした。




