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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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38・2救助

 逃げなければ。


 そう思うのに体が上手く動かない。

 動かなければまた死んでしまうと分かっているのに、力が入らず立つことも出来ない。


 忘れていたはずの、前世の記憶が生々しくよみがえる。





 研修所が火事になったのは、夜だった。役職付きは打ち合わせをしていたけれど、他は自由時間でみなお酒が入っているだろうと考えられ、誰が言い出したのか、役職付きは避難誘導をすることになったのだった。酔っぱらって火事に気づかず寝ている人がいるかもしれない、と。


 私は怖かったのにそれを押し殺して、最上階に行った。


 煙と異臭と熱風と。気づけば自分がどの方向に向かって歩いているのか分からなくなった。

 苦しくて熱くて、とてつもなく恐ろしかった――





 もう、あんな辛いのは嫌だ。

 私は木崎の、ムスタファの、そばにいたい。

 動かない体を必死に鞭打ち、階段をずるずると這いずるように下る。


 最後の数段を落ちて、床に転がる。痛いのかどうかも分からない。早く、逃げなければ――

 扉の方を向き、息を飲んだ。既に火が回っている。激しい炎が壁を伝い天井を舐め、扉もごうごうと燃えていた。苦しいのは前世の記憶のせいだけじゃない、煙が立ち込めているからだ。




「木崎……」

 嫌だ、死にたくない。ようやく素直になれたのに。好きだと言ってもらえたのに。

 これ以上、木崎に心配を掛けたくもない。

 逃げるのだ。考えろ。扉。燃えている。他に出口は? 分からない。どうする、どうする。


 ――窓!


 扉近くの窓。火に舐められてはいるけれど、燃えてはいない。あそこから、なんとか。


 立て、自分!

 恐怖にすくんでいる場合か!


 それなのに体は動かない。

「……助けて、木崎」

 でもムスタファは出掛けたはずだ。昨日キャンセルしてしまった視察に。だから自分で逃げなければならないのだ。


 だけれど恐怖が、私の首を締め上げている。

 また死ぬのかもしれない。






 そんなのは絶対に嫌だ。あの窓まで行く。火傷をしたって、きっとフェリクスが治してくれる。怖がるな。窓へ――

 その窓の向こうに影が見えたと思った瞬間、ガラスを突き破って何かが飛び込んで来た。ごろりと一回転して止まる。

 立ち上がり、

「宮本!!」

 と叫ぶ。

 ムスタファだった。


「宮本!」

 ムスタファはすぐに私に気がつき、火の中を駆けよって来る。

「大丈夫か、怪我か」

「分からない。怖くて」

「そうだな」ムスタファは膝をつき、私を抱き寄せる。「安心しろ、俺がいる。絶対に俺が助ける」

「うん」

「外は今、火を消そうとしている。扉も壊す。窓からも出られる」

「うん」


 ムスタファの手が私の膝の下に入る。抱き上げてくれるのだ。今度は、助かる。

 と、ムスタファが顔を上に向けた。私も見る。

 天井全体がメキメキと音を立てて歪んでいた。梁が、折れる――



 ムスタファが私に覆い被さった。

 やめて、ムスタファが怪我をする!



 全身に雷に打たれたかのような衝撃が走る。体が痺れる。ピリピリとした痛み。


 だけどいつまで経っても天井に押し潰されることはなかった。


 いつの間にか瞑っていた目を開ける。

「木崎?」

「……ん」

 私の上からムスタファが返事をする。

 顔を上げる。

 私たちの周りには何もない。火も。作業小屋も。青い空のもと遠巻きに、こちらを見ている人々。


「ムスタファ様!」

 叫び声と共にヨナスさんが駆けてくる。

 何が起こったのか分からないけど、助かったらしい。

 ずるりとムスタファが落ちた。

「木崎?」

 半身を起こして彼を見るとムスタファは目を閉じてパチパチと明滅する無数の小さな光に覆われていた。

「木崎!」

 ムスタファの目が開き、濃い紫色の瞳が私を見る。

「……宮本、大丈夫か」

 掠れた声。

「私は大丈夫!」

「……良かった……」


 そう言ったムスタファは、再び目を閉じ動かなくなった。


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