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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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36・2レオンの追及

 今日も朝からリーゼルさんの話題が沸騰している。

 どうやら昨日一日、従者として過ごした彼女は食事も侍従用食堂で取ったらしいのだけど、今朝からは侍女のほうへ来た。フェリクスの命令らしい。その『命令』というところに侍女たちは過敏に反応して、これは恋バナ系なのではと騒いでいるのだ。


 昨晩のフェリクスが何の相談をムスタファにしたのか、私は知らない。木崎がいつものように、

「アホ喪女のお前には難しい話」としか教えてくれなかったからだ。ただ、リーゼルさんにとって悪い内容ではないそうだ。


 リーゼルさんはツェルナーの時の服を急いで直したものを着ているのだけど、これが彼女の綺麗な顔とうまくマッチしていて独特の美しさがある。おかげで侍従たちの間で人気急上昇、侍女のほうでも麗しき男装の麗人と喜ばれている。


 ツェルナーさんだったときは頼もしかった彼女だけど、今は周りの反応に困惑していて食堂では私のそばにくっついていた。彼女はフェリクスのことしか頭になかったから、まさか自分がこれほど注目されるとは思っていなかったらしい。

 挙げ句に

「女って面倒くさい」と呟いていた。


 ゆっくり二人きりで話す時間がまだないのだけど、彼女はフェリクスとの現状に満足しているようだ。彼が夜、ムスタファの元を訪れたことは知らないみたいだった。




 ◇◇




「いやあ、驚きました。まさかツェルナーさんが女性だったなんて」

 近衛広場の中心で、綾瀬のレオンが言う。

 私の魔法指導、今日の付き添いは彼だった。ムスタファ、フェリクス、バルナバスの三王子は従者や侍従を連れてエルノー家の昼餐会に出かけた。そこで木崎が選んだのが綾瀬。彼とて勤務中なのに、こんなことをさせてよいのかと思ったけれど、いいらしい。


「ああ。確かに男らしからぬ歩き方をするとは思っていたが」と、カールハインツ。

 指導を終えて雑談タイムになった。こんなことは初めてだ。いつもはすぐに仕事に戻る。彼もこの時間にツェルナーさんとよく話していたから、驚きが大きいのだろう。


 ひととおりリーゼルさんの話をしたところでカールハインツが、

「その後、殿下はどうだった」と私に向かって尋ねた。

「『その後』とは、何でしょう」

 意図が分からず聞き返すと堅物隊長は困惑顔で頬を掻いた。

「昨日の失態でしょう」とレオン。「マリエットの頭をうっかり撫でて、ムスタファ殿下の不興を買った」

 うなずくカールハインツ。


 なるほど、昨日のアレか。木崎は呆れてはいたけど不興というほどではない。

「特には何も仰っていません」

「まさか」間髪入れずにレオンが反論する。「先ほど呼ばれたとき、『絶対に彼女をさわらせるな』と厳命されました」

「まさか」と私も同じ言葉を言ってしまう。

 だけどカールハインツは部下を信じたらしく大きくうなずき、

「申し訳ないことをした」と言う。

「そうですよ、隊長。殿下を煽ってはいけません」

 うむ、とカールハインツ。「結婚話に落ち着かないだろうに、余計な心労をかけてしまった。近衛として失格だ」


 え、と堅物隊長を見る。『結婚話』という言葉が聞こえた。誰の?

 カールハインツがはっとした顔をする。

「聞いていないのか」

「……何をですか」

 彼は明らかに目を泳がせている。レオンを見ると彼は小さく息をついた。


「隊長。そろそろお戻り下さい。私は彼女を部屋に送ります」

「そうだな、頼む」

 カールハインツはほっとした顔をすると、ではと足早に去って行った。

 その背を見送りながら、

「どういうこと?」と綾瀬に尋ねる。

「隊長はどこから聞いたのだろう。まだトップシークレットの筈だけど」

「綾瀬!」

 レオンが私を見る。「気になりますか」

「なるよ。木崎にそんな話が上がっているということなのでしょう。私は何も聞いていない」


 そういえば昨晩、何かを言おうとしているような素振りがあった。もしかしてあれがこの話だったのだろうか。


「ご心配なく。先輩にその気はありません」

 綾瀬が言うには、他国からムスタファに、次期国王になることを約束するから王女の婿に来ないかとの声が掛かったらしい。そちらは完全な男子相続制度なのだが最近王太子が落馬事故で亡くなり、あとは王女しか残っていない。そこで他国の王子を婿に迎えようとしたものの、年頃の男子には押し並べて婚約者がいる。ようやくみつけたフリーの王子がムスタファとバルナバス兄弟だったという。


 これにフーラウムが喜んだ。彼はバルナバスを後継にしたいのだ。ムスタファが婿に出てくれれば都合がいい。そこで王は長男を推し、あちら側も彼を欲しがり思惑は一致。それがつい二日前のことだそうだ。


 だけどムスタファには既に婚約者候補の王女がいる。そちらを蔑ろにしてはまずいので、承諾を得てから話を進めることになったという。ムスタファ自身は結婚も国を離れる意思もないので、今日、エルノー公爵に相談する予定。


「僕もさっき本人から聞いたばかりです。あなたにはまだ伝えていないから内密でと頼まれたのですけどね。隊長も昨日の失態をカバーしようとして逆に重ねてしまいましたね。珍しい。余程、まずいと思っていたのでしょう」


 ムスタファに新しい結婚話か……。


「もしかしてバッドエンド用のフラグかな。私、ハピエンルートしか知らないの」

「どうでしょうね」

 ちょっと隅に行きましょうと綾瀬が私を(いざな)う。城側にある露台のような場所に上がる石段に、ふたりで腰かけた。


「宮本先輩」

 レオンを見る。彼にその名前で呼ばれるのはずいぶん久しぶりだ。ひどく真面目な顔で私を見ている。

「木崎先輩の数値も《5:5》だったというのは嘘でしょう」


 ルート選択をするときの数値のことだ。綾瀬にしつこく聞かれ、本当のことを教えたら面倒になると考えて嘘をついた。


「フェリクス殿下やテオと同じはずがない」

 と綾瀬。本当だよと答えようとしたところを、手で制される。

「嘘はいりません。僕は真剣に尋ねているのです。それともあなたは僕には嘘で十分と考えているのですか」

 そんなことはない。ずるい聞き方だ。


 レオンが手を伸ばしてきたのでさっと距離を取ろうとした。なのに手首を捕まれてしまった。いつもなら避けられるのに。


「僕は近衛ですよ。あなたがどんなに素早く動こうが、僕のほうが上回るんです。だけどあなたを怖がらせたくないから控えているんです」レオンがそう言って手を離す。「僕はあなたが考えているよりずっと真剣にあなたを思っている」

「……ごめんなさい」

「分かっています。ただ、僕だって簡単に気持ちにケリをつけることはできない。昨日どうして僕に会わなかったと思いますか。あなた方の魔法練習に居合わせた同僚たちに、もう諦めたほうがいいと説得されていたからです」

「……昨日の木崎はちょっと怒っていたの。私がリーゼルさんを匿っていたことを黙っていたから。そのせいで誤解を生む行動が多かっただけ」

「そうですか。で、本当の数値は?」


 レオンを見る。いつもの大型犬の様子はない。目を伏せ、

「《10:7》」と正直に答えた。

「つまり先輩はめちゃくちゃあなたが好きってことですね。ゲーム半ばにして好感度がマックスだなんて」とレオンが言う。

「ちがうよ、誤判定」

「誤判定?」

「そう。前世の繋がりで飲んだりしてるでしょ。それが間違って好感度と捉えられているの」

「……そんなことがありますかね?」

「そうとしか考えられないじゃない。木崎と私だよ?」

「そうですかね」

「木崎もそう言ってるし」

「誤判定って?」

「そう。でなければバグだと思う。ゲーム開始前に知り合ってしまったから、何かが誤作動を起こしているの」

「……」


 返事がないので視線を上げたら、レオンは微妙な表情で私を見ていた。

「……木崎先輩が自分を好きかもと、あなたは考えないのですか」

「あり得ないって綾瀬も知っているでしょ。木崎の好みは間宮さんみたいな人だし、それに、私のようなタイプは見ていて腹が立つとはっきり言っていた」

「……へえ。腹が立つ、ですか」


 先日礼拝堂の地下で『ほら』と差し出された手を思い出した。今の木崎は優しいときも多い。元同僚として、転生仲間として、でなければ母がいない者同士として。


「だけど最近の先輩はおかしいです」

「ゲームの影響を受けているの。木崎も頑張って抗っているけど、たまにダメみたい」

「そうですか。だけど――」

「だけども何もないってば」しつこい綾瀬に段々と苛々してきた。「ムスタファルートに入ったせいで、周りがやけに煽ったり勘違いをしてくるの。綾瀬も考えすぎだよ。木崎は『俺とお前でハピエンなんてあり得ないから』と言って、自分のルートで構わないと言ってくれたんだよ。このまま強制的にハピエンにされたら、困るの」


 何も言わずにレオンが私を見ている。居心地が悪くて目を逸らす。

「もうこの話はおしまい」

「分かりました。最後にひとつだけ。マリエット。『木崎』と呼ぶのをやめたらどうですか。僕たちは前世の記憶はあるけど、それだけのことです。本当の僕はレオンであなたはマリエット。あの人は木崎先輩ではなく、『ムスタファ殿下』です」

「……そんなの分かっているけど、木崎は木崎だし」

「そうですか」


 レオンが立ち上がる。

「行きましょうか」

 うんと答えて立ち上がる。「送らなくていいよ」

「ダメです。ムスタファ殿下からのご下命ですから」

「だってレオンに護衛じみたことをさせたら、私を嫌っている一派を余計に怒らせるもの」

「だとしても、ですよ。先輩が恋敵である僕を指名するというのは、それだけ心配なんです。人前でいちゃつく先輩が諸悪の根元ですけどね。でも彼の理性をぶち切るほど嫉妬させているマリエットも、十分に悪い。――はいはい、勘違いですよね。分かっています。世間はそう思っているっていうことですよ」


 私の反論より先にそう言ったレオンは、

「僕って健気」

 と自画自賛をして、盛大なため息をついたのだった。


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