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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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35・6一件落着と罰

 私がリーゼルさんと共にムスタファの部屋に戻るとふたりの王子は困惑の表情になった。フェリクスは私の留守の間に更に泣いたのか、目が赤い。


「彼女は?」とムスタファが私に尋ねる。

 私が

「彼女自身から」

 と答えると、リーゼルさんは膝を折り

「リーゼル・アイヒホルンと申します」と名乗った。

 フェリクスが、え、と小さく声を上げた。


 主に向かい彼女は両膝を床につき、深く頭を下げる。

「七年前、司教と出奔したのはツェルナーです。同性同士だったことを隠すために、私が魔法で兄になりすましておりました」

 え、とまたフェリクス。

「その魔法が突然解けてしまい、ツェルナーに戻ることもできません。そのため一旦隠れることにしたのです」

 リーゼルさんは更に頭を下げる。

「王家を騙していたこと、私が浅薄な行動をとったこと、大変申し訳ございません」


 フェリクスは身動ぎもせずに黙ってリーゼルさんの頭を見ている。混乱しているのかもしれない。

 しばらくたってから、

「君が私に仕えていたツェルナーなのか」

 と尋ねた。

「はい」

「信じられん」

「三日前、ふたりで礼拝堂に入ったときパウリーネ妃殿下のお猫様がついて来てしまいました。地下への入り口を開く前に追い出そうとして、私はくしゃみが止まらなくなりました」

「……そうだったな。だが……」

 フェリクスは戸惑っている。


「初めてお会いした日、あなたは周りの人たちがいなくなった後、私に『責められるべきは道理を通さなかった当人たちだけであって、兄たるお前に罪はない。堂々としていろ。世間にも私にも』と仰いました」

「……そうだったかな」呟いたフェリクスが片手を顔半分を覆うかのようにした。「……ツェルナー、なのか」

「はい」


 また長い沈黙。フェリクスは何を考えているのか、私の元からは手で顔が隠されているので分からない。リーゼルさんの頭は床すれすれになっている。


「……ツェルナー」

 ようやく口を開いたフェリクスは、また声が震えていた。

「はい」

「どうして私の元に来なかった。私が怒ると思ったのか。信頼できなかったのか。なぜマリエットで、私ではなかったのだ」

 苦しげな声。勢いよくリーゼルさんが頭を上げる。

「殿下のことは信頼しております! お伝えできなかったのは、あなたにこの先もお仕えしたかったからです!」


 ひょいとムスタファが立ち上がった。

「宮本」

「え? なに?」

「散歩に行くぞ」

 ずんずんとやって来たムスタファは私の手を取り扉に向かう。部屋を出る前に振り返り、

「フェリクス。留守番を頼む」

 と言い、扉をきっちりと閉めた。


「ほら、アホ宮本、行くぞ」

「本当に散歩に行くの?」

「やることないしな」

 ムスタファのこの後の予定を考える。と、手を引っ張られた。短気な王子は既に廊下を歩きだしている。

 というか、手はもういいんじゃないのかな。


「ツェルナーを部屋に匿っていたのか」

「そう。もしかして私が彼女に繋がっていることに気づいていたの? それから手」

 お手洗いと言ったときに、ゆっくりしてこいと木崎は言った。

「当たり前。ツェルナーの話題になると口数が減るし、心配していないようだった。逆にフェリクスが来ると胃が痛そうだった」

「……私、そんなに分かりやすいかな。態度でバレないよう気をつけていたつもりだったんだけど」

「俺の目をなめんな。まさか隣に隠れているとは思わなかったが」

「黙っていてごめん。木崎にも話さないでほしいって土下座されて。あんまり悲壮な様子だったから、彼女が納得ゆくようにしたかったの」

「宮本だしな」

「どういう意味?」

「俺だったら即刻フェリクスに引き渡す」

「うん。あの、手」

 前から来る侍女が繋がれた手を凝視している。

「知るか」


 知るか? 何だそれは。どういう意味だ。


「罰だよ。溺愛されとけ」

「えええ!」


 木崎の言葉が完全に侍女に聞こえた。格好の噂話ネタを見つけた、という顔をしている。

 すれ違うときムスタファは彼女をスルーしたけど、私はぶんぶんと顔を横に振った。


「木崎」小声で王子に呼び掛ける。「ゲームの影響を受けてるよ」

「フェリクスは当て馬キャラを降りるだろうな」

 掛けた言葉とまったく関係ないセリフが返ってきた。だけどそれには同意する。

「そうだね。彼にとっての一番が誰か、明らかになったもの。良かった」

 リーゼルさんの実家のこととか問題は山積みだけど、それはそれ。


「それとゲームの影響じゃねえぞ。罰だって言っただろ。俺を騙していたんだ、覚悟しろ」

「別の罰は」

「なら夜伽」

「おかしいよね!」

「ツェルナーが女になっているなんて知らなかった」とムスタファ。「お前が他の男とこそこそ通じあっている」

 うん?

「ゲームならきっと、ムスタファの嫉妬が大爆発だぞ」


 確かにそう……なのかな?


「宮本にその気はないのは分かっていても、面白くはない。だから黙って罰を受けろ、アホ女」

「……何かおかしくない?」

「いいから反省しろ」

「やっぱりゲームの影響を受けているよ。ごちゃ混ぜになっている」

「つべこべ言うなら今ここでキスするぞ」


 ぎょっとして廊下の前後を見渡す。近くに人はいない。セーフ!

 ムスタファはしれっとした顔で、何も気にしていない。

 元々、人をからかうような事をよく口にするヤツだけど、こんな誰が聞いているとも分からない場所で言うことはなかった。

 そんなに怒っているのだろうか。黙っていたのは悪かったけど、怒りポイントが微妙にずれているような言い分だ。ゲームの影響に抗えなくなっているのだろうか。まだルート選択してから二週間ほどしか経っていない。あんなにはっきり啖呵を切ったのに。







『宮本を溺愛なんて絶対にしない』と言ったのは木崎だ。

 しっかりしてくれないと、困る。





 ◇◇




 リーゼルさんの、兄にまつわる事情を説明しながらムスタファと私は近衛の広場に来た。散歩前にシールド魔法を試してみることになったのだ。

 昨日ヴォイトにシールド魔法の理論を教えてもらい、おかげで魔法への理解が深まった。今までは実践的なアドバイスばかりだったのだ。さすが上級魔術師は観点が違う。


 それで指導の時間はまだだけど、試してみようということになった。

 万が一の危険を避けるためムスタファには遠くに離れてもらい、術を始める。呪文を唱えながら宙に魔方陣を描く。


 成功したい。

 自分で自分を守れるようになりたい。

 木崎に余計な心配をかけたくない。


 雑念だらけで呪文を唱え終えたとき、魔方陣が輝いて爆散した。私の周りに小さな光のドームが現れる。

 成功だ!


 やった。ヴォイトに教わった理論が良かったのかもしれない。

 数秒で光は消えた。

 それでも成功は成功だ。


 振り返り、木崎と叫ぼうとして慌てて口をつぐんだ。いつの間に来たのか、ムスタファのやや後ろにカールハインツ、オイゲンさん、それから数人の近衛兵がいたのだ。


 どよめいている彼らをよそに、ムスタファがやって来る。私も駆け寄ると侍女らしく膝を折って

「成功しました」

 と報告をする。

「凄いな。短時間とはいえ、しっかり張れていた。前の術より派手だし」

「あちらは見えないタイプでしたから」

 侍女らしく答える。

「彼女ならばもっと長い時間可能なはずです」歩み寄ってきたオイゲンさんが恭しげな態度でムスタファに向かって言う。「努力家ですから、きっとすぐにできるでしょう」


 うむと鷹揚にうなずく王子。

「よく頑張ったな」カールハインツがそう言って、私の頭にぽんと手を置いた。

「カール!」

 慌てた声でオイゲンさんが彼の背を叩く。

「何だ?」と言ったカールハインツは副官の顔を見てから小さく「あ」と声を上げて手を下ろした。

「失礼致しました」

 と、彼が謝る先はムスタファだ。

 だから勘違いだと声を大にして言いたい。


 だけどムスタファは不機嫌そうな顔で黙ってうなずいた。何なんだ、その顔は。まだ罰の最中なのか。

「行くぞ」と王子は私の手を握り、歩きだす。

 近衛たちの目の前で。

 今日の木崎はすごく変だ。


 握られた手が熱い。




 人気がなくなったところで

「木崎!」

 と声を掛ける。と、ムスタファは足を止めて息を吐いた。

「あいつ、ろくでもねえな」

「何が」

「今のあいつは『ムスタファ殿下のマリエット』と思っているんだろ」

「うん。困ったことに」

「それなのに俺の目の前で宮本の頭を撫でたんだぞ。お前並にたちが悪い」

「……そうか」

「そうかじゃねえよ、アホ喪女」

「仕方ないよ。堅物だから疎いの」

「で、王族の反感を買うのか? エリートのすることじゃねえな」

「何でそんなに苛ついているの? 私が魔法をしている間に何かあった?」


 ムスタファはむっとした顔になり、別にと答えた。

 それからごくごく小さな声で、くそっと、とても月の王とは思えない言葉を吐き捨てた。

 繋いでいないほうの手が伸びてきて、私の頭をぐしゃぐしゃとかきまわす。


「ヒュッポネンの魔法理論を聞いてすぐに成功。宮本、凄いよ。魔法だけは一目置いてやる」

「ありがと」

 木崎に褒められるなんてむず痒いし嬉しい。でも木崎は何だか変で落ちつかない。


「じゃ、庭の散策に行くか。部屋に戻るにはまだ早いだろうからな」

 そう言ったムスタファは握っていた私の手を離した。

 罰は終わったらしい。


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