5・3会議延長戦
「なに? 改まって?」
ムスタファに王子の顔を向けられるのは居心地が悪い。知らない人のようだ。
「これ」と木崎はどこからか社章を取り出して再び卓上に置いた。「金属の形態を変える魔法は珍しいらしいな」
ヨナスがうなずく。
「なんで出来る?」
「ゲームで教わるイベントがあったんだけど。珍しいの?」
「鍛治屋や装身具職人に受け継がれるものです」とヨナス。
形成はゲームだと宝石商に教わっていた。
「近い職種かも」
と答えると王子は察したのか、うなずいた。
「これが出来ることを誰かに話したか?」
「木崎だけ」
そう言うと王子の顔が安堵に緩んだ。
「絶対に他言するな」
「どうして?」
「俺もヨナスに言われなかったら、分からなかった」とムスタファは従者を見た。
「王族の宝石箱から金の耳飾りがなくなったとします」とヨナス。「どこを探しても見つからない。だけれど金属の形を変えることのできる侍女見習いがいる」
息を飲んだ。
「彼女が違う形にして隠したり王宮外に持ち出した可能性が考えられる。そして彼女には身の潔白を証明しようがない」ヨナスが続ける。「申し訳ないがあなたは公爵夫人の推薦があったとはいえ、孤児院出身です。それはつまり、何かあれば真っ先に疑われる立場ということ。この魔法が使えることは、絶対に知られないほうがいいでしょう」
これは倉庫に閉じ込められたときの切り札だから、元より他言するつもりはなかった。けれどもそれよりももっと、秘密を守らないといけない魔法だったらしい。
「ありがとうございます。教えていただかなければ思い至りませんでした」
決して誰にも話しませんとヨナスに誓う。
「綾瀬にもだぞ」と木崎。「あんな風でも悪い奴ではないんだけどな。うっかり悪気なく口を滑らせそうだから」
「分かった」
ふう、と息をつく。
気を抜いてはいけないと分かっていたのに、穴があった。しっかりしないと。私に悪意を持つ者は大勢いるのだ。そういう設定なのだから。
「それからもう一つ」ヨナスの声に目を上げた。「あなたは私にも直接連絡を取るのはよくありません。なるたけ間にロッテンブルクさんを挟みましょう。彼女の口の固さは信用できます。下手に詮索する人でもない」
「ご配慮をありがとうございます」
うなずくヨナス。
「そんなにお前の立場は悪いのか?」王子が尋ねる。
「そうでもないよ。だけど良家出身の侍従侍女しかいない中で、身元不確かな私が異質であることは事実だからね。用心するにこしたことはないでしょ」
思わず嘘をついた。ライバル木崎に同情されたり憐憫を抱かれるのは嫌だった。
ヨナスは物言いたげな顔をしていたけれど口を挟むことはなく、木崎はふうんと言ってこの話題は終いとなった。
「ひとつ質問」とムスタファ。「宮本、侍女勤めの衣服はどうした。孤児院が揃えたのか」
むむ。王子のくせに、細かいところに目をつけたな。
「そうだよ」
と答えると、ヨナスが首を横に振った。
「周知の事実です。すぐに知られるところとなりますよ」彼はそう言って主を見た。「給与で揃えています」
王子はまばたきをひとつして、私を見た。
「つまり彼女は衣服など侍女として必要な全てのものを、王宮に借金をして揃えたのです。払い終えるまで、給与の八割が差し引かれます」
「……なんだそれは」王子が眉をひそめる。
私だってそうなるとは思わなかった。だけど王族とつながりがあることを知られないために、この方法を取ると言われたら納得するしかなかったのだ。
今は無理でも真面目に働いていればいずれ高額の給与がもらえて、上流階級の常識とマナーも身に付く。それは孤児院育ちの私には涎が出るほど魅力的だった。
宮本の記憶がよみがえったときに、八割はさすがにどうなんだと思いはしたけど、カールハインツと出会いたかったから異議を唱えたりはしなかったのだった。
それに給与が手元に残らないのは今に始まったことじゃなかったし。
「ま、推しゲットのための課金だよ」
殊更軽く言うと
「喪女はどうしようもねえな」
との返事が返ってきた。
「チャラしかない奴よりはまし」
「ていうかお前が思ってるほど、俺はチャラくねえし」
「よく言う!」
「フロア内の女子を全部喰ったという噂ならウソだからな」
「白々しい!」
「『食った』……」ヨナスの顔が強ばる。「カニバ……」
「違うちがう!」
ムスタファが慌てて従者の耳に何事かをささやく。と、ヨナスは白い目を王子に向けて身を引いた。
「女子全部……」
「だから違うって」木崎が大きく吐息する。「彼女が途切れたことはねえよ。合コン好きだし。だけどその噂はウソ。俺がフッた女が仕返しに流したんだ」
「本当かなぁ」
「俺が出世に悪影響を及ぼしそうなことをするわけねえだろ」
「そうか」
「納得早っ」
王子は笑い、ヨナスは黙って主と私の顔を見比べていた。




