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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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35・2カルラの誕生日

 近衛の広場をあとにして石畳の道をたどり、ムスタファとふたり彼の自室に向かう。遠くに警備の近衛の姿は見えるけれど他には誰もいない。今日はまだ午前中だというのにだいぶ暑い。だからわざわざ外に出ようという人がいないのだろう。


 月の王と称される静謐がイメージの王子は頬は上気して赤く、髪は汗で額に張り付いている。それでも汗臭くないのがさすがというか、ヨナスさんの努力の賜物というか。ひとつ結びにした揺れる銀髪の陰からちらちらと見える、青年にしては細い首にも汗が流れている。彼より厚着なレオンのほうが、涼しげだった。


 そんなムスタファが、

「シールド魔法だが、明日ヒュッポネンが来るから相談をしたらいい」と言う。

「でも木崎の大事な時間を削ったら悪いよ」

 ムスタファが魔法に目覚めるための指導時間だ。彼の真剣さは並々ならぬものがあって私は邪魔をしたくない。だからその時間は第一王子とは関係のない仕事をこなすようにしている。


 近頃のムスタファは、口には出さないけれど焦りを感じているようだ。魔力を感じてみたいからとの理由で、ヴォイトに自分の中に魔力を注いで欲しいと頼んでみたり、ヴォイトが魔法を使うときに手を繋いでみたり。前者はそんな事例はなく危険だと断られ、後者は試したけど効果はなかったそうだ。


 やっぱりムスタファルートだから、魔王化が心配なのだろう。貴重な指導の邪魔をしたくない。なのに木崎は

「アホなのか。宮本の存在自体が俺にとっては悪なんだよ。今さら遠慮をするな。気持ち悪い」

 とのたまった。

 ひどい言い種だ。ヘルマンに聞かせてあげたい。そうすれば誤解は一気にとけるだろう。


「ひとつの見方に縛られない。複数の意見を元に考える。営業として当然のことだろうが」

「オイゲンさん、ツェルナーさん、ごくたまにフェリクス」

『複数の意見』となる人の名前をあげる。ちなみに綾瀬のレオンは生活魔法以外はさっぱりで、近衛として役立つ魔法はなにひとつ使えないそうだ。

「でもありがたく、そうさせてもらおうかな。煮詰まっちゃって」

「おう、そうしろ」


 城の入り口まであとわずか。だけどムスタファは足を止めた。

「気晴らしに散歩でもするか」

「散歩?」

「宮本も俺の専属になってからずっと、根を詰めているだろ」

「前より自由時間があるよ」

「その時間、勉強漬けだろうが」

 行くぞと木崎は言って入り口への道を反れる。


 お風呂の用意をしてもらっているのではないの、とか。これは溺愛ルートっぽくないか、とか。気になることはあったけどたまにはいいかと考えて、ムスタファの背を追った。




 ◇◇




 その後庭園を散策中に、ばったりとカルラに出会った。やんちゃ姫は朝から脱走中だった。誕生会にシュヴァにもいてほしいのに、乳母にダメと断られたからだそうだ。乳母の言い分は家族だけの会だからという、すごく真っ当なものだったけど六歳児には通じない。さらには

「マリーもいなきゃイヤ!」

 と癇癪を起こしたのだった。


 結局パウリーネの許可を得て、私は侍女として会のお手伝いをする形で参加、カールハインツはカルラが『一緒に遊ぶ券』で招聘(しょうへい)ということになった。


 私は国王一家が勢揃いする場に控えるのは初めてだった。ムスタファがどんな扱いをされるか不安に思ったけど、当のムスタファも家族だけの誕生会に出るのは初めてなのだそうだ。今までは断ってきたから。


 私は他の侍女たちとカルラがもらったプレゼントの整理をしたり、ときにはカルラと遊んだりした。

 やんちゃ王女はとにかく楽しそうで、母親やシュヴァに甘え、異母兄と戦う。とても幸せそうな顔をしていて見ているこちらも笑みが浮かぶ。それほどカルラはイキイキとして誕生会を満喫していた。


 だけど他の人たちは。

 パウリーネは会を楽しんでいた。カルラのことが大好きで可愛くて仕方ないのがよく分かる。フーラウムとは安定のラブラブっぷり。長男バルナバスも大好き。義理の息子ムスタファは、義母としてそつなく接している感じ。問題は上ふたりの王女たちで、彼女たちにも愛情があるのは確かだけれど、明らかにカルラとは差があった。末っ子にデレデレになるのはどの世界でも同じらしい。


 フーラウムは妻しか目に入っていないのかなという振る舞い。子供たちの中で唯一感心を向けているのはバルナバスで、誕生会とはまったく関係のない会話を交わしていた。娘たちには興味がないらしい。ムスタファにいたっては存在に気づいていないとしか思えなかった。


 バルナバスは場の潤滑油として八面六臂の活躍で、両親妹たちはもちろん、異母兄、近衛隊長、乳母、侍女にもまんべんなく話しかけていた。キラキラの王子スマイルを振り撒きながらのムードメーカー。だけど気のせいかもしれないけど、時々異母兄に対して苛立っているような言動が見えた。


 ムスタファはカルラには普段通りに本音で接し、義母には丁寧な振る舞い、異母弟にはまあまあ普通、上の異母妹たちには素っ気なく、父親には目もくれないという感じ。


 上のふたりの王女は両親がいるから淑やかにしているけど、カルラのことが気にくわないのは雰囲気で明白だった。しかも時たま思い出したかのように私を睨む。でも腹は立たなかった。母親のあからさまな末子びいきと父親の無関心。まだ十三、十四の少女には面白くないことだろう。他人に八つ当たりしたくなる気持ちは分からないでもない。


 なんだか見ているこちらの胃が痛くなるような家族だった。


 こんな場でも、カールハインツは見事な鉄面皮で忠臣の姿勢を崩さなかった。さすが私の黒騎士。格好いい。だけど意地悪なムスタファに

「いずれカルラを貰い受けてくれるのだろう」

 と言われたときだけは、動揺した顔になった。カルラは大喜びだったけど。


 しかも忠臣が、

「私ごとき臣下が」などと答えているところにバルナバスが、

「兄上。マリエットを盗られたくないからといってシュヴァルツを困らせてはいけないですよ」

 と口を出してきて私に飛び火したのだった。パウリーネの嬉しそうなニヤニヤ顔が忘れられない……。





 誕生会が終わり、ムスタファ以外の国王一家が帰ったあとにカルラにプレゼントを贈った。手作りの記章と騎士のお守り。気に入ってもらえる自信はあったけど、豪華絢爛な贈り物の数々を見たあとだったので気後れはした。

 でも記章を見たカルラは顔をぱぁっと輝かせ、

「シュヴァとお揃い!」ととび跳ねて喜んでくれたのだった。


「紫は私がアドバイスをしました」とカールハインツが私の左から言えば

「一生懸命作っていたぞ」と右からムスタファの木崎が言って、「しかも紫は兄ともお揃いだ」とミサンガを見せる。

「ムスタファお兄さまともお揃い! マリー、大好き」

 カルラは私に抱きついた。


 お守りも喜び、カルラの近衛になりたい熱が大爆発。兄とチャンバラが始まり乳母は盛大なため息をついたけど、顔は笑っていたのだった。




 ◇◇




 寝支度をととのえ、最後に施錠を確認する。鍵はかかっている。

 悪意むき出しの侍女が減ったとはいえ油断は禁物。自分のためにも、心配してくれる人たちのためにも自衛はしっかりしなくては。


 ベッドに入り明かりを消す。暗闇の中で、今日は良い日だったなと思い返す。カルラはプレゼントを喜んでくれたし終始楽しそうだった。

 ムスタファの家族内での位置は微妙だったけど、本人は気にしていないようだ。木崎にとってあれは『家族』ではないからいいらしい。それにカルラがいる。

 彼女があんまり異母兄になついているものだから、バルナバスと上の王女ふたりはおもしろくなさそうだった。


 シールド魔法は進歩がないけど、気晴らしの散歩は楽しかった――。





 明日はまた気合いを入れ直してがんばろう。

 さあ寝ようと目を閉じたかと思ったら、トトトンと忙しげに扉を叩く音がしてびくりとした。

 首だけ上げ、そちらに目をやる。


 少しの間のあと、またトトトン、と。

「マリエット」

 聞き取れるギリギリの声がした。

「ツェルナーです」

 ツェルナーさん? 扉越しのせいか声がちがう気がする。それに彼がこんな夜中になぜ。

「お願いです、助けて下さい」

 助けて下さい?


 不安になりベッドを降りて、灯した燭台を手に扉に近づく。

「ツェルナーさんなのですか」

「そうです! 夜分にすみません。でも他に頼れる人がいなくて」


 だけどやはり、声がちがう。


「ツェルナーさんの声ではありません」

「それは……」


 心臓がどくどくと音を立てている。

 どうしよう。扉の向こうにいるのは誰なのだ。確かめるすべは?


「マリエット、すみません。『キザキ』『ミヤモト』『アヤセ』」

 息を飲む。それを知っているのは私たち以外ではヨナスさんとフェリクス主従だけのはずだ。


「声がちがうのは訳があります。信用できないのも分かります。だけど助けてもらえないでしょうか」

 泣きそうな声に聞こえる。

 よし、万が一のときは燭台で殴ればいい。

 そう腹を決めて扉を開いた。




 ――そこにいたのは旅行鞄を手に、侍従のような服を着た見知らぬ女性だった。


「……どちら様?」

「……ツェルナーです」

「え?」


 どこからどう見ても、見たことのない女性だ。髪色だってツェルナーさんとはちがう。


「説明しますから匿ってもらえないでしょうか」

 そう懇願する声は震えていて、よく見れば目の端には涙がにじんでいた。

 一歩下がると

「どうぞ入って下さい」

 と、彼女を部屋に通した。


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