35・1レオンの要求
魔法指導はカールハインツからのお礼の言葉で始まった。今日はカルラの誕生日なのだけど、彼はパウリーネ王妃に頼まれて朝一番で祝いに行ったそうだ。そうして幾つかのまともな贈り物(カールハインツがこのように表現した)とともに『一緒に遊ぶ券』を献上したところ、それに一番喜んだ――というか踊りまわるほど嬉しがってくれたそうだ。
目論見があたって良かった。カルラなら、カールハインツ本人がプレゼントというのが一番喜ぶと思ったのだ。私だって高価な宝石をもらうよりデートをしてくれるほうが嬉しい。
「マリエットには礼をする」
生真面目なカールハインツはそう言って、何か欲しいものはあるかと私に尋ねた。
なんてチャンスだ、『それならばデートを』と思ったけれどもちろんそんな過分な要求をすることはできないので、気持ちだけいただくと答えた。残念だけど。
「あの、よろしいですか」
と、今回の付き添いであるヘルマンが声を上げて近づいてきたと思ったら、カールハインツに歩みよりその耳に何やら囁いた。
「ああ、そうか。確かにお気を悪くなされるかもしれないな。失礼した。他意はない」
堅物黒騎士はなぜかヘルマンにかしこまって答えている。これはイヤな予感がする。きっと、いや絶対にヘルマンはムスタファの名前を出したのだ。
「では礼は殿下と彼女が共に楽しめる菓子にでもしよう。明日、殿下宛てにお贈りする」
と、真面目くさった顔でカールハインツが言えばヘルマンが
「それが最善でしょう」と答える。
彼もムスタファは私が好きだと思い込んでいる。どんなに違うと言っても聞いてもらえないので、もう諦めた。いずれ私かムスタファのどちらかに本当の相手ができれば分かってくれるだろう。
それからカールハインツは、私がカルラに贈る記章はうまくできたのかとか、今日の昼食は彼女に付き合わされることになったとか、珍しくも雑談を多くした。
乳母と木崎から聞いたところによると、大々的な誕生日パーティーは行わず、昼食後に家族だけでのお祝いをするという。きっと昼食を終えたカルラはカールハインツにもお祝いに参加してもらいたいと駄々をこねるのだろう。
私はお祝いが終わった夕方に伺うことになっている。念のために祝う許可をパウリーネにとった。私の贈るプレゼントが手作りの記章だと知った彼女はちょっとだけ眉を寄せたけど、ダメとは言わなかった。代わりに
「カルラと仲良くできる侍女がいて良かったわ」
と言ったのだった。
◇◇
指導時間も終盤。
進歩はあまりなくて、やはり魔法は発動するけど一瞬で消えてしまい術として成り立たない。カールハインツはオイゲンさんに聞いてきてくれたアドバイスを伝えてくれる。嬉しいけどオイゲンさんから直に教えてもらいたい。
と、カールハインツが
「どうした」と声を上げた。
何だろうと振り向くと、離れたところに綾瀬のレオンが立っていた。
「ムスタファ殿下の稽古は終わったのか」
との隊長の質問にはいと答えるレオン。
私が魔法指導を受けている間、木崎は綾瀬と剣術の稽古だった。
「殿下から彼女に言伝てがあります。こちらで終わるのを待たせていただいてよろしいでしょうか」
きびきびとした声。木崎や私の前とは違う口調で、いかにも近衛兵といった感じだ。勤務時間中ということもあるだろう。
キリがよかったこと、私に疲れが見えるとのことからカールハインツは指導の終了を決め、レオンを置いて一足先に帰って行った。
ヘルマンが疑い深げな表情でレオンに
「本当に伝言があるのか」と尋ねる。「殿下が彼女に君を近づけるかな」
「バレましたか」レオンはいたずらげな表情だ。「どうしても彼女に確認したいことがあって、殿下のお名前を借りたんです」
「それでは許可できないな」
ヘルマンが私の前に腕を出す。
「でもムスタファ殿下のことなんです」とレオン。「彼女とふたりで話をさせて下さい。殿下もあなたも困らせませんから」
「ヘルマンさん。私は彼と話したいです。それに申し訳ありませんが、あなたの許可が必要なことではないと思うのです。殿下のことを考えてとの配慮だとは分かりますし、そのように自分のことを慮ってくれることを彼は嬉しく思うでしょうけれど、私は困ってしまいます」
ヘルマンは何やらじっと私の顔を見つめていたけど、やがて上げていた腕を下ろした。
「マリエット、知っているかな。自分が片思いをしている相手が恋敵とふたりきりでいることは、とてつもなく面白くないのだ。そしてムスタファ殿下は意外にも、かなり狭量だ」
レオンがぷぷっと吹き出す。
「ダメですよ。彼女には通じません。殿下は自分を好きではないと考えているのだから」
「それが事実です。誤解が横行しているだけ」
私がそう言うと、ヘルマンは大きなため息をついて
「お可哀想に」
と呟いた。
だからちがうってば!
そう叫びたいのをぐっとガマンする。そもそもヘルマンはアレコレ見ているから、誤解しやすい下地があるのだ。全部木崎が悪い。
結局彼は、声が届かない距離で見守っていると譲歩して私たちから離れて行った。
去って行くその後ろ姿を見ながら、レオンが
「彼は好感が持てます」と小さい声で言った。私に向けた顔には笑みが浮かんでいる。「それだけムスタファ殿下を思ってくれているということだから」
なるほど。さすが木崎大好き人間だっただけある。
「綾瀬は同担歓迎派なんだね」
「ドウ……。何ですか、それは」
「何でもない。オタク用語」
「それから『レオン』ですよ」
はっとしてレオンとの距離を測る。
「……すぐにその確認をするのはやめて下さい。ヘルマンの見ている前では何もしませんよ。手出ししたら、同じ事を先輩がするのでしょう?」
「そう。だから絶対にやめてね」
今度はレオンが大きく息を吐いた。
「あなたに訊きたいことがあるんです。ルート選択について。詳しくは聞いていなかったから。仕組みとか、色々と」
どうしてそんなことをと思いはしたけど、私がムスタファルートにいることが綾瀬は面白くないのかもしれない。昨日の礼拝堂では、だいぶ感情的に声を荒げていた。だから詳しく知りたくなったというところだろうか。
以前に、選べる攻略対象が他にはフェリクスとテオだけだったから仕方なくムスタファなのだと説明はした。だけど何故この三人だけだったのかといったことは話していなかった。
この世界の元になっているゲームでは、攻略対象の好感度と親密度が基準に達しないと、その対象のルートは選べないのだと説明をする。
綾瀬は細かな質問を重ね、その基準が《5:5》であること、カールハインツは全く及ばなかったこと、フェリクスとテオはその数値で、それが一般的なことを聞き出した。
――これはイヤな展開だ。
そう思ったところで彼は、
「で、木崎先輩の数値はどうだったんですか」と尋ねた。
答えたら面倒なことになるのは目に見えている。ここは誤魔化して……。
「魔法指導は終わったのか」
私が口を開こうとしたところで、そんな大声がした。
振り返ると軽装のムスタファが大股でやって来るところだった。ひとりだ。でも離れたところにヘルマンがいる。彼の手前、かしこまって頭を下げてから
「私に疲れが見えるからと、早めに終了になりました」
と答える。
ムスタファは振り返り侍従の姿を見つけると、
「ヨナスと入浴の準備を」
と命じ彼を去らせた。こちらに向き直ると木崎みのある表情になっていて、
「なんだ、魔法の出来を見たかったのに」と言う。
「進歩はないよ。やるのは構わないけど」
「いや、いい。成功してから見る。――それで綾瀬は何をしている。勤務中だろ。隊に戻らなくていいのか」
レオンを見れば、なんだか微妙な顔をしていた。
「あなたって徹底的に潰しにかかりますよね。敵にしたらイヤな性格だなあ」
「今頃分かったの? 昔から容赦なかったよ」
そう言ってから、いや、ちがうなと思う。『昔から』ではなくて『昔は』だ。
「で、潰すってなに? ルート選択のことでケンカでもしたの?」
「違いますよ。僕があなたをデートに誘うと言ったから、先輩は阻止しに来たんです。ヨナスさんと自室に戻ったと思わせておいて」
木崎のムスタファが行儀悪く、レオンにローキックを入れる。
「勝手なことを言うな」
「今日はキックボクシングの気分なんですか。僕をサンドバッグにしないで下さい。マリエット、先輩はひどいんです。これで四度め」
「二度めだろ。水増しするな」
「ええと。とりあえずレオン。デートは断る。ごめん」
「僕が納得できる理由なら、諦めます。『気を持たせたらいけない』という理由は不可です。僕は傷ついているのです。目の前で堂々と手を繋がれて」
綾瀬が言っているのは、昨日の地下でのことだろう。
「あれは――」
「理由は結構です」私を遮り、綾瀬が言う。「どのような理由であれ、手繋ぎは手繋ぎ。だから僕も手を繋いでデートをするのです。それともあなたは木崎先輩の手は取れても僕は嫌だと言うのですか。先輩は特別ですか」
「別にそんな訳では――」
「ならば僕とも手を繋ぎましょう」
失敗した。綾瀬にはめられてしまった。
「宮本を困らせて楽しいのか」と木崎。
「僕だって余裕がなくて必死なんです」
ふたりがやいやい言い合いを始める。
私がなんと言えば、レオンは諦めてくれるのだろうか。
「レオン」
ふたりの目が私を見る。
「やっぱり木崎は特別だよ。ただし同志としてだけど」
ムスタファの手を取り握る。
「信頼をしているから手を取るの。恋愛の意味はない。だからレオンの望んでいるものとは違う。レオンとはデートも手繋ぎもしない。ごめん」
綾瀬のレオンは真顔になり、私を見る。真っ直ぐな視線はどこか居心地が悪いけれど、負けずに見返す。これでも反論されたら、もうどうしていいか分からない。
しばらくの間のあと、彼は
「納得しました」
と言った。ほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとう」
「ええ。残念だけど諦めます」レオンは木崎を見た。「聞きました? 彼女には『恋愛の意味はない』んですって」
「だからそう言っているだろ」と木崎。
また言い合いを始めるふたり。そっとムスタファの手を離す。外でこんなことをするのは初めてだ。レオン対策とはいえ、気恥ずかしい。




