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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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33・7怪談話のような②

「……怖がりなのか」

 腹立つことに木崎が若干引いている。

「まさか。木崎が冗談を挟まないとやってられないみたいだから、頼れる私が励ましに来てあげたの」


 言ってて恥ずかしくなってきた。顔を反らして暗い窓の外を見る。まだ雨は降っているのだろうか。


「……お前な。俺のこともちゃんと警戒しろよ。ゲームのせいで何をするか分からないんだぞ」

「だって精神的にキツい話なのでしょう? 綾瀬もヨナスさんも心配していたもの」

 振り向いてムスタファの顔を見る。王子は怜悧な美貌をしかめていた。

「綾瀬は何も知らなかったからショックを受けているだけ。俺は別に。でも、喪女の勇気を買って」ムスタファはそう言って私の手を握った。「これだけ借りてやる」

「高いからね」

 昨日のことを思いだし、ちょっとばかり緊張する。木崎に悟られないようにしなくては。笑われるから。


「俺の母親の遺体な、多分だが心臓と血を盗られてる」

「……え?」

 突如告げられた言葉に凍りつく。

 心臓と血を盗られたっていうのは……。


「怪談というよりホラーだな」とムスタファは言って、「この話、本当に平気か」と尋ねた。

「私は平気だけど」

 平静な声を出して相手の顔を伺う。いつもどおりに見えるけども。ムスタファにとっては自分の母親のことだ。ヨナスさんも綾瀬も心配して当然だ。


「なら続けるぞ」とムスタファ。「ファディーラは起こしにきたパウリーネによって死んでいるのを発見された。医師の診断は出産による衰弱死。すぐに死装束を着させ、夏だったこともあって翌日の葬儀が決まった」


 ムスタファは淡々と語る。


「ここで俺の乳母が登場。彼女の故郷の風習だか俗説だかで、出産で母親が死んだときは赤子に乳を吸わせる真似をして、母親を亡くした子が餓死しないことを願うんだそうだ。で、それをしたいと言って、ふたりの侍女とファディーラの服を脱がせた。そうしたらどうも胸元の形がおかしい。触ってみたらべこりとへこんだ。ちょうど心臓がある辺りだ。

 驚いてもう一度押したら力が強かったのか、中から皮膚を破って肋骨が飛び出てきた。最初からバキバキに折れていたらしい。しかもそんな状態なのに血の一滴もこぼれない。恐慌した侍女はフーラウムと診断を下した医師を呼んだ。医師は恐らく心臓と血がないと結論づけた。ちなみに胸に切開したような傷跡はない」


 ムスタファの手が私の頬をなぞる。

「大丈夫か」

 うんと答える。「でも気軽に触れないで」

 手は離れる。


「この異常な事態にフーラウムは『もう死んだ人間のことなぞほうっておけ』と言ったそうだ。そこで彼がいなくなったのちに、侍女のひとりが退職した仲間に聞いた話をした。それがファディーラの頭には髪に隠れて角があるという話だ」


「彼女が自ら折ったという角?」

「そう。その根元が残っていたんじゃないかな。話は彼女が城に現れたときにさかのぼる。

 弱っていたファディーラをフーラウムが看護をしていたが、それをひとりの侍女が手伝った。その際頭二ヶ所に硬い突起があるのを見つけて彼女は驚いた。それに気づいたフーラウムが慌てて、ファディーラの頭には触れてはならないと怒ったそうだ。

 その侍女はこのことを別の侍女に話した直後にクビになった。聞いたほうは半信半疑だったしクビを恐れて口をつぐんだ。だけど心臓がないという状況に恐れをなして、打ち明けたわけだ。医師を含め全員がファディーラとフーラウムが怖くなり、追及をやめることにした」


「……その侍女のひとりが綾瀬の叔母様なのね」

「いいや。ごく親しい侍女数人で情報の共有をしたらしい。フーラウムを用心するためだ。葬儀からひと月以内に当事者だった乳母、ふたりの侍女、医師の全員が退職か病死で城からいなくなった。で、情報共有した侍女たちは恐ろしくなってみな退職したんだが、その前にまた何人かの親しい侍女に話した。綾瀬の叔母はこの時聞いた」


「又聞きの又聞きか」

「そう。信憑性は薄れるがファディーラの死、それ自体が唐突すぎて本当に衰弱死なのかと侍女たちは疑っていたらしい。前日までは元気だったそうだ。だから綾瀬の叔母たちも怖がって辞めた。恐れからごく少数の仲間内だけで話をとどめたから、この件を知っているのは数人だそうだ」


 ムスタファはいつもどおりの顔をしていて、心情が乱れている様子はない。だけどファディーラ様はあまりに(むご)たらしいし……。


「そうだ、パウリーネ妃はどうしていたの?」

「ファディーラの突然死にかなりのショックを受けたらしい。死装束の着替えだけして、その後は倒れて臥せっていたそうだ。葬儀は参列したがその後も数日寝込んでいたとか。彼女には親しい侍女がいなくて、この件は伝わっていないはずとのことだ」

「そう……」


 思い浮かぶひとつの仮定。だけどそれを口にするのは憚れる。でも木崎が気づいていないはずがない。


「心臓や血が抜き取られているってことは、ファディーラは不死になりたい人間によって殺されたんだろうな。で、犯人はフーラウム」

 ムスタファが何でもない口調で言う。

「可能性は高いけど」

「フーラウムはファディーラの頭に角の痕跡があるのを知っていた。つまり、彼女が人間でないことを確実に認識している。遺体が異常でも気にしないのは、犯人だからだろ」

「単純に彼女に興味がなかったからだけかもしれない」

「かもな」

 案外優しい声で肯定したムスタファは、「別に平気だって言っただろう。今さらどんなネタが来ても驚かねえよ。あの男が怪しいと思っていたしな。気を使わなくていい。母親を下らない欲望のために父親に殺されたなんて、魔王になる原因におあつらえ向きだ」

「でも陛下には当時の記憶がないって」

「嘘をついているんだろ」

「可能性のひとつだよ。何の証拠もない」

「まあな」


 ムスタファは視線を下げ、と思ったら、ひとの手をにぎにぎとし始めた。


「あいつが不死か確かめられればいいんだが」

「試しちゃダメだよ!」

 ムスタファが顔をあげる。笑っている。

「王子としてやるべきことがあるから、地位を失うようなことはしねえよ」

「良かった」

「とにかく、あいつは要注意人物だ。宮本も気をつけろよ」

「うん。――綾瀬にはどこまで話したの?」


 レオンから報告を受けた際に、ある程度は打ち明けたと聞いている。


「俺の母親が魔王で、俺が魔王になるルートとバルナバスに討伐されるルートがあること。それと魔王の何かが人間を不死にすることだ。万が一近衛兵と敵対することになっても綾瀬のことは恨まないとも言っておいた」

「後輩思いだね」

「だろ? 褒美をくれ」

「何それ。カルラみたい」

 ふふっと笑ってムスタファを見たら、やけに真剣な顔で見下ろされていた。木崎みのない顔は、どうしても慣れない。思わず目を反らす。


「あ。あるよ、ご褒美。手を離してくれるかな」

「……」

 なんだか微妙な間のあとに、手が自由になった。ポケットからできたてミサンガを出す。


「はい、ご褒美」

「もう作ってくれたのか」

「すぐできるから」

 薄紫と銀色を基調にしたミサンガ。

「ん」とムスタファが右手を出す。受け取るためじゃない。甲が上だ。

「まさか手首につけろと言ってるんじゃないよね?」

「そうだが?」

「こんなもの!」

 私もルーチェも足首につけている。仕事の邪魔ということもあるけど、刺繍糸を編んだだけの輪っかをつけていたら、貧相なアクセサリーだと絶対に鼻で笑われる。私が笑われるのは構わないけど、王子がバカにされるのは良くない。


「足首にしなよ」

「見えないだろ」

「そうだけど。笑われるよ」

「笑わせておけばいい。俺には大事な願掛けなんだよ」


 ――それが何か、教えてくれないくせに。

 もやっとする。だけど余程叶えたいことなのだろう。

「せめて左にしたら」

「こっちがいいんだよ」

 木崎は右手を更に出す。きっと利き手は恋愛系だと知らないのだろう。まあいいか。私も位置の意味を気にしないでつけている。

 ミサンガをムスタファの右手首に巻き、結んだ。


「サンキュ。ゲームなら、礼にキスをするな」

「ゲームじゃないから」

「知ってる。だが強制力でしちまうかも」

「平手打ちされたくなかったら、全力で抗ったほうがいいよ」

「綾瀬は何か言っていたか」

 脈絡もなく話が飛んだ。最近の木崎はこれが多い気がする。それとも私が知らなかっただけで、前世のころからそうだったのだろうか。


「綾瀬? 木崎を心配していたよ」

「違う。宮本が俺の専属になった件、とか」

「そっちか。騒いではいたけど想定内どおりだったよ。『先輩ずるい』って」

『本当に隊長を好きなのかきちんと考えたか』、『本腰入れて口説くから覚悟して』とも言われた。危うく手を握られそうになったけど、ちゃんとよけた。


 ……よけたのにムスタファに手を握られたな。でもこれは励ましだし。変な意味はないし。


「のどが乾いたな」

 私のグラスは向かいの席の近くに置いたままだ。立ち上がり元の場所に戻る。

 そうだ、今夜帰るときはムスタファより前を歩くのはよそう。いやむしろ距離をとろう。昨日みたいのは遠慮したい。


「宮本」

「なに?」

「やっぱり、ショックだよ。あの男が最初から不死目当てだったのか、途中から変わったのか分からねえけど」

 また突然話が戻ったらしい。

「でも当初は深く愛しあっていたって」

「演技。まあ何にしろ疑問点だらけで仮定の話なのは分かっているけど」

「うん」

「気持ちが落ち着かねえ。もう少し、こっちにいてくれないか」

「……分かった」


 木崎が弱っているのを正直に言うなんて珍しい。というか天変地異の前触れではないだろうか。普段どおりに見えたけど、やっぱりそういうフリをしていただけだったのだろう。


 ゲーム判定は心配だけど、もう一度王子のとなりに座る。と、再び手を握られたうえ、もたれかかられた。銀の髪が頬に触れる。

 このシチュエーション、絶対にまずいと思う。どこからどう見ても溺愛ルートだ。だけど頼りにされるのはやぶさかじゃない。


 ムスタファは

「……参ったな」

 と力なくつぶやく。見れば、目をとじているようだ。


 ゲームのエンドはまだ先。優先すべきは誤判定より傷ついている元同僚だ。これであの木崎が落ち着けるというのなら、手と肩くらい貸してあげよう。

 私は全く落ち着かないけど……。


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