5・2秘密の会議
ムスタファの隣にヨナス、ローテーブルを挟んで向かいに私、私の隣にレオンという形で着席をした。
卓上にはワインと三種のチーズ、クラッカー。会合のお供がほんの少しだけレベルアップしている。室内だからかな。
ヨナスは主から重ねて、説明をもう少し待てと言われて訳が分からないだろうに黙って座り、私を見ている。その意図するところは、なんだろう。さっき木崎のムスタファにため口をきいてしまったからだろうか。それともまだ、誤解しているのだろうか。それだけはほんと、遠慮したい。
「木崎先輩が仲良くしろって言うなら、ガマンして仲良くしますけどね」とレオンが口を尖らせる。「隊長には近づけませんから」
む。
「どうして?」
「隊長の好みは清楚で淑やか、真面目で控えめ、黙って家を守る、そんな女性です」
「やっぱり昭和じゃん」とムスタファの顔をした木崎が笑いを含めた声で言う。「宮本に当てはまるのは真面目しかねえな」
「でしょ? 先輩もそう思いますよね」
レオンはころっと態度を変えてムスタファを見る。彼が犬だったら盛んにしっぽを振っているところだろう。
「でもカールハインツのためなら、そんな女性になれるもん」
「呼び捨てすんなっ!」
「無理ムリ」
レオンとムスタファが同時に言う。
「とは言っても、お前は自信があるんだろ?」と木崎。「がんばれ。綾瀬も協力はしなくてもいいけど、ほどほどにな」
「ええ。なんでですかぁ」また口を尖らせるレオン。
「宮本だからって他の女よりエグイ対応をするだろ、お前」
「当然」
「私、綾瀬に何にもしてないのに」
「木崎先輩の敵は僕の敵ですから」
「今の俺はムスタファ」と木崎は言った。「もし俺とカールハインツが敵対したらどうするんだ?」
「そんなあり得ない質問、無意味です」
レオンはきっぱりと言ったけれど、可能性がゼロではない。もしもうっかり私がバルナバスを好きになってハピエンを迎えたら、ムスタファは討伐対象だ。近衛はバルナバス側に付くのが当然となる。
ま、実際のバルナバスに出会っても、全く惹かれるところはなかったから、あり得ないと言い切っていいだろうけどさ。
「そもそもカールハインツは」とムスタファ。「お前のそんな活動は困るんじゃないか? 部下に異性を追い払ってもらうなんて情けないじゃないか」
「情けなくないですし、助かると褒めてもらってます」
「公認なのか!?」
もちろんと胸を張るレオン。「隊長が職務に集中できるよう、環境を調えるのも部下の仕事ですから」
「おかしくね? 28歳だろう?結婚、婚約の兆しもなくて、恋人もなし。潔癖か?」と木崎。
「……あなたもじゃない?」とムスタファに声をかける。
ゲームの彼は異性に(というか他人に)興味がない。
「俺はまだ二十歳だし」とムスタファ。
「そんなに変わらなくない?」
「どうだ28歳」と王子は従者を見た。
ヨナスとカールハインツは同い年らしい。
「シュヴァルツ家は異性も含めて全てにおいて厳しいのですよ。友人だって当主が選ぶぐらいですからね」とヨナス。
「それ、聞いたことあります」とレオンがなぜか片手を上げて発言をする。変なところで行儀がいい。
「それは『友人』とは言わねえだろ」とムスタファ。「宮本、落とせるのか?」
「ニヤニヤしないでよ、気持ち悪い」
そう言うと、ヨナスの目がすっと細くなった。
「ええと、ヨナスさん。ごめんなさい。昔は立場は同じで普通に話していたものだから、つい」
私がそう言うとムスタファがヨナスを見た。
「そうなのだ。私には、ムスタファとして生まれる前、別の世界で生きていた時の記憶がある。見習いにも、レオン・トイファーにも。三人で同じ職場で働いて、彼女は同僚、彼は後輩だった」
その口調は木崎ではなく、完全に王子ムスタファだった。
ヨナスが私たちを順に見る。
「信じがたい話です。だけどお三人が示し合わせて演技をしているとは思えません。信じるしかない、のでしょう」
そうか。これはヨナスに前世について信じてもらうためのムスタファの作戦だったのだ。
ムスタファひとりが打ち明けても、錯乱していると思われかねない。私とふたりで説明したとしても、口裏を合わせていると考えるだろう。
だけど三人で、本人ではない何者かとして自然に会話をしているのを見れば、信憑性は高まる。
「無論、普段は彼らに関わらない。だが必要な時は会うし、このような口調で対等に話す」とムスタファ。
意識的に口調を切り替えているのだろうか。それとも自然にそうなるのだろうか。王子口調のムスタファは、ちょっとばかり遠い存在に感じる。
「承知いたしました」とヨナス。「私はお二方をなんとお呼びすればよろしいでしょう」
「現在の名前でいい。だがかつての名前も覚えておいてくれ。見習いが宮本、近衛が綾瀬、私は木崎」
「よろしくお願いします」立ち上がり、膝を折ってヨナスに軽く頭を下げる。
レオンも慌てて立ち上がり、もにょもにょと挨拶をしていた。ふたりの立場はどちらが上なのだろう。微妙な感じなのだろうか。
レオンは伯爵家の四男と聞いている。ヨナスはどうなのだろう。
「連絡を取るときはヨナスを通す」と木崎。
みながうなずく。
「名前は出さない。手紙ならば社章を描いてナンバーな。俺が一、宮本が二、綾瀬が三。営業部の一二三だからな。文句言うなよ」
最後のひとことは私に向けてだ。
「そのくらい分かるよ」
「そう言えばあの社章はどうしたんですか」とレオンが王子を見た。
「分からん。気づいたら部屋に落ちていた」
「不思議なことがあるもんですね」
レオンは尊敬する先輩の言葉を疑っていないらしい。
それからワインをのんびりいただきながら転生組三人で、記憶がよみがえったきっかけや、今世でどう生きてきたかなんかを軽く打ち明けあって、会はお開きとなった。
「じゃ、ごちそうさま」と腰を浮かしかけると木崎が
「宮本は残れ」と言った。
「ええ。ずるい。お開きでしょう」とレオンが不満げに言う。「あんなに犬猿の仲だったのに。妬けちゃいます」
「妬いてるヒマがあったら鍛練でもしたらどうだ」と言ったムスタファは、「ああ、そうだ」と手を打った。「お前さ、剣の手合わせをしてくれないか?」
ヨナスが小さくため息をついた。
「いや、この世界でできるスポーツは限られているじゃねえか。せいぜいがランニングにウォーミングアップ的な運動」
「あ、だから奇行か!」レオンがパチンと指を鳴らした。
「奇行じゃねえよ。まあ、エアでラダーとかしてたから、そう見えたかもしれねえけど」
「エアラダー」ぷぷぷと笑うレオン。「家の者にロープで作らせますよ」
「お、サンキュ。で、」
「スポーツの代わりに剣術、ということですね。だけどヨナスさんがいるでしょう?」とレオンは従者を見た。
「いつもヨナスじゃな。たまには違う相手とやりたい」
「ていうかムスタファ殿下は剣術はされないのではないですか?」
「以前はな。今はそこそこ出来る」
「さすが木崎先輩! インハイ経験者!」
「関係ねえよ。この身体は木崎じゃねえし」
「センスが受け継がれているんですよ」
王子と近衛は手合わせする日時を決め、レオンはホクホクで部屋を出て行った。
急に静かさが際立つ。
「さて、宮本」
ムスタファが木崎の口調、王子の表情で私を見た。
◇ラダー◇
はしご状のトレーニング用具。
地面に置いて使う。
敏捷性を鍛える。
けっこう楽しい。
◇前世の木崎と綾瀬◇
第一営業部と第二営業部は同じフロアで仕切りなし。
第三は別フロアなのに、綾瀬は第一・第二の階の休憩スペース(カフェマシンがある)にやって来ては木崎にからみ、油を売るなと叱られる。
しょんぼり綾瀬。
でも第一のお姉さまがたが、元気出しなよとチョコやガムを恵んでくれて、案外いい思いをして仕事に戻る。




