33・3魔法指導とやんちゃ姫①
「今日はシールド魔法の基礎をやる」
昨日と同じ騎士の広場で紙ばさみに目を落とし、そう告げるカールハインツ。今回習うものは、魔方陣を地面に書いて自分がその中央に立ち、ドーム型のそれを張る術らしい。
今日もお目付け役のツェルナーさんが、
「一般的に最初に習うものですね。効率が悪いため実戦的ではないですが、基礎を身につけておいて損はありません」と言う。
「マリエットの望む術をいきなりやるのは危険だ」とカールハインツ。「そうオイゲンが言っていた」
ほんの少しだけ彼は自信がなさげだ。そんな姿も可愛くていいけれど、申し訳ない気分になる。
カールハインツに渡された紙を見る。複雑な魔方陣の図だ。それからもう一枚。こちらは呪文だった。
「呪文の読み方は勉強中だったな」
問われてはいと答える。昨日のアンケートにそう答えてある。
呪文は普段使っている言語とは文字が違う。といっても誰もが使うような生活魔法は口伝で事足りるので、普通の人は読む力なんて必要ない。私も少し前までは、文字に書かれた呪文なんて見たことはなかった。
だけど呪文の読解は転生者にとってはとても簡単なのだ。なぜならヘボン式ローマ字だから。さすがにアルファベットではなくて、のたくったおかしな文字だけど、どれがAでBでと覚えてしまえばほぼ大丈夫。時々それに当てはまらない独自の単語が混ざっているから、それはその都度覚えればいい。
これは全部木崎に教わった。結構前に雑談の中での話だったけど、今になって役立ってくれている。
「どの程度読める。無理ならば、今日は私が唱えるのを復唱すればいい」とカールハインツ。
「大体読めます。こことここが分からないです」
指で分からない箇所を指すと、カールハインツが答えてくれる。それから促されて呪文全てをひとりで読み上げた。
「問題ないな」とカールハインツ。意見を求めるかのようにツェルナーさんを見る。
「ええ」ツェルナーさんは視線に気がついてうなずいた。そして「ムスタファ殿下は教えるのがお上手です」と言う。
孤児院育ちで魔術の教育を受ける機会がないはずの私が呪文を読めるのはおかしい。そこで、『ムスタファ王子は髪の手入れ中に魔術書を読んでいることが多く、時々マリエットに読み方を教えていた』という設定にしたのだ。
またしても溺愛ルート臭がプンプンするけど、早く術を習得するためにはこれぐらいのリスクはがまんする。
「マリエット」とツェルナーさん。「合格点なのですが、少しイントネーションが違う部分があります。術に影響すほどではありませんが、ここは」と彼は呪文の該当箇所を指さして発音する。
私が復唱すると彼はにっこりして、
「とても素晴らしい」
と褒めてくれた。フェリクスに辛辣なときとは大違いだ。
「呪文が問題ないなら、魔方陣を書く」と言って、カールハインツは空を見上げた。「雨が降りだしたら、本日の指導は中止だ。その前に一度は完成させたいところだ」
はい、と答える。なかなかに複雑な図だし、呪文と違って前世の知識が役立ちそうにない。でもがんばるのだ。
「サイズは半径1.4メートルほど。使うものは、今回はチョークだ」とカールハインツが白いそれを取り出す。学校で使いそうなものだ。
「魔法の習い始めはこれを使い、地面に膝をついて書く」
しまった、と思った。予測しておくべきだった。地面に膝をついたらスカートが汚れる。侍女用の服ではないものに着替えてから来るべきだった。
「だが」とカールハインツは屈んで足元の棒を手にした。先端をいじり、チョークをセットする。「これで立ったままかける」
「服を汚さなくてすむのは助かりますけど、基本を外れてよいのでしょうか。術の習得に影響は」
「影響?」
カールハインツはツェルナーさんを見る。見られたほうは、
「ないですよ、そんなもの。初心者は苦労して励めという悪しき慣習です」
と言って、ポケットから短い棒を取り出した。
「こちらはフェリクス殿下からお預かりした、伸縮式ホルダーです。隊長が直に書かせるようならこれをあなたに使わせろと」
ツェルナーさんが棒をひとふりすると、カールハインツが持っているものと同じくらいの長さに伸びた。
「良かったです。隊長が配慮のできる方で」にっこりツェルナーさん。
……どうやら私はオイゲンさんに試されていたけど、カールハインツ側もフェリクスたちに試されていたらしい。
「私はこんな道具は知らなかった。オイゲンの提案だ」真面目な騎士は素直にそう言った。「彼はムスタファ殿下のマリエットに、はしたない格好をさせるわけにはいかないと話していた」
まさか『ムスタファ殿下のマリエット』なんて言葉が、彼らの間で定着しているのだろうか。段々面倒になってきたけど、それは勘違いだと抗議しようとしたところで、
「では」
と、カールハインツがチョークの棒を私に差し出した。
「魔方陣を書く。時間の余裕はないが、間違わないよう気をつけること」
はいとうなずいてから、気分が高揚していることに気づいた。ついにシールド魔法だ。
カールハインツのたどたどしい手助けを受けながら、円を描く。『初めての共同作業』との言葉が浮かんで顔がにやつきそうになる。そうしたら木崎に『喪女の発想だな』とバカにされるところが思い浮かんでしまった。なんでここであいつが出てくるのだ。
ダメダメ集中と心の中で喝をいれて作業に没頭する。図と見比べながら八割ほど書けた頃、
「マリー!」
という声がした。
おまけ小話
『ムスタファ王子の息抜き』
(マリエットのお話です)
「たまには息抜きをしなよ」
きっかけは私のそんな一言だった。
◇◇
ムスタファの専属となって、分かった。木崎は頑張りすぎだ。ある意味欲張りとも言う。朝から晩まで予定がたっぷり。空き時間は書類や書物を読んでいる。たまに『肩がこった』と呟いて、突然腹筋やら縄跳びやらを始める。
「息抜きはしてるぞ。体を動かしている」
私の言葉に対するヤツの返答はそれだった。
「騎士みたいな体つきになりたいのですよね」とヨナスさん。「シックスパックでしたっけ?」
「月の王がシックスパック?イメージが……」
「ゲームのイメージなんて知るか。木崎は細マッチョでカッコよく引き締まっていたの」
と、ちょっとばかり口を尖らせている月の王。
木崎、と前世の彼を考える。私と同じだけ仕事をしていたのに、シックスパックを維持して恋人を切らさない。精力的に日々を過ごしていたのだろう。
だけど、今世まで頑張りすぎなくても。そもそもムスタファがいつもの長椅子に座り書類を片手にうつらうつらしていたから、私は息抜きを勧めたのだ。
「久しぶりに庭園を散歩したらどうですか」ヨナスさんが窓の外を見る。「今日は散歩日和ですよ」
しばし考えこんだムスタファは、
「そうだな」と言って立ち上がった。
◇◇
それがどうしてこうなったのだ。
ムスタファ、ヨナスさん、私の三人で始めた散歩は花の園の入り口でなぜかふたりになった。
更に。ベンチに座ろうと王子に言われて腰かけたら、何故か当の王子はゴロンと横になった。人の足を枕にして。どこからどう見ても、まずい絵面だ。完璧にまずい。まずいしか言いようがない。侍女見習いの膝枕で憩う王子なんて!
「……木崎?」
「あ?」
「『あ?』じゃないよ。何してるの」
「休んでる。膝くらい貸せ。お前が息抜きをしろと言ったんだろ」
「そうだけど。私の膝枕なんて嬉しい?そんなに好きなの、膝枕。ゲーム的にもアウトだし、誰かに見られたらまた私が苛められるじゃない」
膝の上の美貌の王子は、かなり刺激的だ。中身が木崎だと分かっていてもドキドキしてしまう。さりげなく視線を外しながら糾弾する。
「ゲームのムスタファは、膝枕をねだりそうか?」
質問の返答が質問で来た。が、考えてみる。涼やかな美貌でアンニュイな雰囲気のムスタファ。膝枕、というよりそもそもベンチに横になるイメージがない。
「ないね」と答える。
「ならゲーム的にはアウトじゃねえな」
「いや、だけどね」
「うるさい。俺はちょっと寝る。お前はこれでも読んどけ」
そう言って木崎は手にしていた本を差し出した。さっきまでヨナスさんが持っていたやつだ。
受け取ってみると、流行りの恋愛小説だった。身分違いのふたりが困難を乗り越え結ばれる話。侍女たちはこぞって読んでいる。
「ヨナスの恋人のオススメ。お前もこれで恋愛を勉強しとけ」
なんだそれは。
「じゃ、おやすみ」
「……おやすみ」
目を閉じたムスタファはすぐに静かな寝息をたて始めた。余程眠かったのだ。昨日も予定は詰まっていたし、晩酌する時間がないほど遅くまで夜会に出ていた。
気にかかることはあれこれあるけど、私だって狭量じゃない。これで休まるというのならば膝くらい貸してあげよう。
風がムスタファの銀髪を揺らし、顔にかかる。起こさないようそっと払いのけ、ちょっとばかり観察をしてみる。
『木崎』と呼んではいるけれど、この人はムスタファで。木崎みのまったくない寝顔は、まるで知らない人のようだ。前世の記憶がなければ、ゲームのキャラとはいえ親しくなることはなかっただろう。
なんでこんなことになったのかなと答えが出るはずもないことを考えながら、ムスタファの穏やかな寝顔を見つめ続けた。




