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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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32・4魔法指導

 太陽の高い昼下がり、近衛用広場に対峙するカールハインツと私。高まる緊張感。ふたりの間をひゅるりと風が吹き抜ける。まるで決闘の様相……。




「緊張しすぎです」

 外野から声がかかる。ツェルナーさんだ。歩み寄ってきて

「ほら、リラックス」と肩を揉まれる。

 だって憧れの人から直接指導を受けられるのだ。緊張するなというほうが無理だ。それに正面に立つ黒騎士は無表情で何を考えているのか分からない。もしかしたら不機嫌なのかも。


 近衛隊長によるシールド魔法の指導は最優先、と第一王子は告げた。私はありがたいけどカールハインツはきっと迷惑だろう。それでも王家第一主義の黒騎士は、お任せ下さいと片膝を地面につけた最上の礼をもってして拝命したのだった。


 その場で向こう一週間分のスケジューリングが行われた。それからムスタファとフェリクスが予定表を手に頭を付き合わせて何やら話し合いをしていると思ったら、指導への立ち会い人を決めていた。王子本人のときもあれば従者のときもあり、それでも賄えないときはヘルマンの名前が入れられていた。


 なにこの過保護。


 とドン引きしたけど、フェリクスは

「君を恋敵とふたりきりにする筈がないだろう」と当然の顔をして、

 ムスタファは

「嫉妬深さの演出」と嘯いた。意味が分からない。


 もっともヨナスさんの話によると、実際のところは私が無茶をしてケガをしないための立ち会い人らしい。

 シールド魔法について、ムスタファは魔力ゼロだから当然未修。ヨナスさんは習ったものの習得できなかったそう。その未知具合に不安を感じているようだ。

 ちなみにフェリクス主従は使える。むしろ彼が教えると最初に言ってくれたのだけど、さすがに留学生に頼りすぎだと侍従長侍女頭が丁重にお断りしたのだった。


 ツェルナーさんの肩揉みで緊張が和らいだ。顔を引き締め

「本日はご指導をよろしくお願いいたします」

 と近衛隊長に挨拶をする。大切な勤務時間を私にさいてくれるのだから、浮かれていてはダメなのだ。

 うむとうなずいたカールハインツは手にしていた紙ばさみに目を落とした。


 あらかじめ渡されたアンケートに回答したものだ。生活魔法の一覧で、使えるものにチェックをいれた。一覧以外に使えるものを記入する欄もあった。


 ムスタファとヨナスさんと相談して、金属に関する特殊な魔法のことは伏せ、自分では魔力を一般レベルと思っているという姿勢を貫くことにした。


「生活魔法の基本はひととおりできるが、それ以外は習ったことがない」と確認するカールハインツ。

 はいと答えると、彼は困惑の目を私に向けた。

「私は一般的な魔法を他人に教えたことがない。防御魔法は多少使えるが、レベルも教えることもオイゲンのほうが上なのだ」


 カールハインツが自分のことを俺ではなく『私』と呼んだ。どうやら距離は開いてしまったらしい。


「多少拙いところがあるだろうが、ムスタファ殿下のマリエットをお預かりする以上、精一杯指導する。こちらこそよろしく頼む」

 と、侍女見習いにわずかだが頭を下げる近衛隊長。また『ムスタファ殿下のマリエット』なんて言っているし、誤解により私の地位が格上げされたのだろう。


 そもそも指導のことで打ち合わせに来たカールハインツに木崎は、オイゲンさんを遣わしてくれたおかげで私がケガをせずに済んだと礼を言ったのだが、その態度が。どう見てもフェリクスとふたりで保護者気取り。自ら誤解を深めたいとしか思えなかった。


 木崎曰く保護者気取りのつもりはなく、主として当然の態度で私が気にしすぎらしい。そう言われてしまうと専属侍女の在り方がまだ分からない私としては、矛を納めるしかない。

 もやもやしても。


「まずは」とカールハインツは紙を一枚めくる。「防御魔法を教える前に、どの程度能力があるか調べる」

 はいとうなずく。


 オイゲンさんが昨日話していたのだけど、近衛では攻撃と防御の魔法をひととおり習うそうだ。だけど実際に使える者は一握り。その一握りとて多くは常用できるレベルではなくて、万が一の危機に最後の切り札として使えるくらい。本当の本当に難しいらしい。


「最初は風を起こす魔法」とカールハインツ。「うまく使えば、敵の足止めや目眩ましに有効」

 明らかに棒読みだ。見ている紙に書かれているのを読み上げているのかもしれない。たどたどしくて、これはギャップ萌えだぞ。可愛すぎる。


「まずは『つむじ風』。呪文が短くて覚えやすい。まずは私が唱えるからな。これだ」と黒騎士はそれを口にした。


 ふむ。一般的な風魔法は使えるけれど、それ以外はやったことがない。そもそもどんな種類があるかも知らなかった。つむじ風か、とイメージをする。前世ではよくテレビのニュースで見た。運動会中に突如出現したつむじ風の映像とかを。

 そして手を伸ばし、師を真似して呪文を唱えた。


 離れたところに、人の背丈ほどあるつむじ風が起こる。

「えっ」との叫び声。ツェルナーさんだ。

 思いの外大きい。

「これ、どうすればいいですか」

 と師を見ると、目を大きく開き固まっていた。

「呪文を覚えさせようとしただけなのに」との呟き。


 なんですって。もしかして私、チートってやつなのだろうか。さすがヒロイン。

 参ったなあと照れたのと同時に、つむじ風はすっと消えた。


「マリエット。普通は一度ではできないし、最初は大抵手乗りサイズなのですよ」

 珍しく興奮した様子のツェルナーさん。

 カールハインツも紙ばさみを見ながら うなずく。

「『まずは百回ほどトライさせる』と書いてある」

「もう一度やってみてくれますか」とツェルナーさん。


 私は張り切って手を伸ばした。




 ◇◇




 結局。最初に大きなつむじ風を起こせたのはビギナーズラックだったみたいだ。そのあとは出来たりできなかったり。時間いっぱい練習したけれど、成功してもサイズは一定しなかった。

 初回はきっとイメージが上手くできたことと余計な欲がなかったからと、自己分析してみる。


 そんな不安定さでもカールハインツにもツェルナーさんにも予想外のことだったようで、この魔力ならシールド魔法も習得できるのではとふたりで話している。

 よしよし、さすがヒロイン。絶対に使えるようになって、木崎を安心させるのだ。


「今日の指導はここまでだが」とツェルナーさんと話し終えたカールハインツが私を見た。「マリエットには筋がありそうだから、オイゲンに訓練内容を再考してもらっておく」

 と言った。どうやら彼が頻繁に見ていた紙はオイゲンさんが用意したものらしい。


 ありがとうございますと礼を言いつつ、ありがたいことだけどオイゲンさんに習ったほうが早いのではないだろうかと思ってしまった。カールハインツも慣れない指導に、明らかな戸惑いを見せているもの。


 と、近衛府方面から駆けてくる馬が見えた。乗っているのは当のオイゲンさんだ。

「カール!」叫ぶ副官。「指導は私が代わるから、総隊長室へ行ってくれ!」


 まさか事件か。

 緊張が走る。


「例のアレだ!」

 とオイゲンさんが叫べば、カールハインツが

「まだ一週間以上あるじゃないか!」と叫び返す。

 それから私を見て、失礼と礼儀正しく挨拶をしてからオイゲンさんに向けて走りより、馬を交代して去って行った。


 入れ替わるようにやって来たオイゲンさんは、

「すまないね。指導は何をしていたところかな」と強ばりの残った柔和な顔を私に向けた。

「今終わったところです。どうぞ、事件のほうへお行き下さい」


 そう言ってから、真面目な隊長が終了を副官に告げることも忘れて走り去ったのだと気づいた。これは余程の大事件に違いない。

 だけどオイゲンさんは瞬きをして、それから表情を弛めた。

「いや、驚かせてすまん。事件ではない。元総隊長であるカールの祖父から現総隊長に定時連絡のようなものだ」


 ん?

 現総隊長なら、カールハインツは関係ないのでは。というか元総隊長が何故?


「定時連絡って、何を使ってですか。まさか魔法?」

 ツェルナーさんが尋ねる。確かにそうだ。

「まあな」

 オイゲンさんはそう答えて、指導について話し始めたけど、すぐに口を閉ざした。それから深く息をつく。その顔には翳りが見える。


「……実はカールの兄エーデルトラウトは事件に巻き込まれて行方不明でね。シュヴァルツ伯爵は領地に居を移してからも、孫の誕生日と姿を消した日の年二回、事件調査の進展を聞くために鏡を使った魔法で現総隊長に連絡をしてくる。そのためにわざわざ引退した上級魔術師を雇ってね。

 正直なところ調査なんてとっくに手詰まりでやめてしまっているし、歴代総隊長も困っているのだが、何しろみなシュヴァルツ元総隊長の元で鍛え上げられたから拒むこともできない。カールが毎回、とりなし役をしているのだ」


 つまりはとりなす人が必要になるようなやり取りになるということか。

 なんだか切ない話だ。


「……世間はエーデルはもう死んでいると考えているからな。調査を終了されてしまっても仕方ないことなんだ」

 オイゲンさんの言葉は自分に言い聞かせているように聞こえた。


「暗い話を聞かせて悪かったね」彼は無理やりな笑みを浮かべた。「で、指導のことだけど、つむじ風はできたのかな」

「どんな方なのですか」

 え、とオイゲンさん。

「エーデルトラウト様です」


 彼の顔から不自然な笑みが消える。

「……陽気で調子が良くて、喧嘩っぱやくて頑固。カールとは正反対だ」ふふっと笑う。「そのくせ変な正義感が強くて、いつも弱い人間の味方なんだ。『爵位よりも中身』が口癖でね。だから男爵家の分家筋でしかない私なんかとも、仲良くなった」

 この人は、現在形で話している。そのことにまた、切なくなる。

「魅力的なひとですね」

 そう返すのが精一杯だ。だけど

「そうなんだ」

 と、オイゲンさんの顔が明るくなる。しかしそれは短い間だけだった。


「だが行方不明になる前は、近衛をやめるか悩んでいた。王家は自分の命をかけて守るほどの存在だろうかと言ってね。代わりに庶民を守る町の警ら隊に入りたがっていた。だから――」

 オイゲンさんは遠いところを見ている。

「実は全てあいつの狂言で、どこか遠いところで名前を変えて警ら隊をしているのではなんて考えてしまうんだ。

 でも、あり得ない。大好きな婚約者を捨てていくはずがないからな」


「きっと誰にも打ち明けられない事情があったのです。愛する人を傷つけてもなお、口に出来ない」

 そう言ったのはツェルナーさんだった。

「きっと泣きながら、だけど元気にしてらっしゃいます」

「そうだと嬉しい」オイゲンさんは笑みを浮かべた。

「なかなかエーデルの話はできなくて。ついつい語ってしまった。聞いてくれてありがとう」


「いいえ」と答えたのもやっぱりツェルナーさんだった。「忘れないでいてくれる人の存在は大切です」


 それからオイゲンさんに尋ねられるまま、今日のレッスン内容を話して。

「すごいではないか」との褒め言葉と共に、頭をぐしゃぐしゃされた。

「あっ、失礼。ついうちの子供のつもりで」

 と照れるオイゲンさん。なんだかだいぶ仲良しになった気がする。


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