表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

148/211

32・2専属侍女初日②

 断りもなくやって来たフェリクス。軽薄な笑みを浮かべながら、

「朝からいちゃつくな。妬けてしまうではないか」なんて言う。

 おはようございますと挨拶する私にムスタファが、

「勝手に入るな」と被せてくる。

「君だって昨日は私の書斎に勝手に入ろうとしたではないか。それに扉を開けておくのが悪い」


 フェリクスはニヤニヤしながらムスタファのはす向かいに立ち、

「君はマリエットを気遣って、密室に二人きりだと思われないようにしているのだろう。優しい男だ」と言った。

「マナーではないか」とムスタファ。


 そうだったんだ。木崎が私に、しかも侍女見習いに配慮するとは思えなくて、風通しのためだと考えていた。


「邪魔をされるのが嫌ならば、閉めておけばいいものを」ニヤニヤ軽薄王子。「結局彼女は君の専属になっているしな。羨ましい」

「悔しがれ」とムスタファ。また溺愛路線を思わせるセリフだ。

「魔道具の在庫確認のときだけでいいから、マリエットは手伝いに来てくれないだろうか」

 急に挟まれた真面目なセリフ。

「構わないが、高くつくぞ」

「お金を取る気?」ツッコむ私。

「まさか。労力だ」


 何故かフェリクスは私を見て、

「ムスタファは君を手放したくないから大変だ」なんて言う。「部屋も隣に移ったのだろう? もし彼に襲われたら私の元へ逃げておいで。こういう紳士ぶった男こそ、思いを拗らせて何を仕出かすか分からない」


 フェリクスの物言いに、思わず知らず手が止まる。それから吹き出してしまった。

「ないです、そんなこと」

「そうかな」

 フェリクスは私の元に来ると、ひょいと手をとった。

 またかと思い手を引こうとしたが、それよりも早くフェリクスの腕を掴む手があった。ムスタファが振り返り、チャラ王子を見上げている。


「おやおや、やはり男の嫉妬は厄介だ」

 フェリクスは笑顔をムスタファに向けて、私の手は離した。

「殿下。そうではないと何度も申し上げていますよね。これ以上、周囲に誤解が広まると本当にまずいのです。ご冗談はお止め下さい」

「そうか。心に留めておこう」


 チャラ王子は軽薄な口調と笑みでそう言って、ムスタファの隣に座った。

「いやはや、君たちの仲はおもしろい。深い信頼で結ばれているかと思えば、深い断絶もある」

「フェリクス」

 ムスタファが静かに名を呼ぶ。

 木崎もいい加減、からかわれるのが面倒になっているのではないだろうか。


「彼女と私にはマリエット、ムスタファとして生まれる前に、別の人間として生きていたときの記憶がある」

 続いた言葉にびっくりして、再び手が止まる。

「国も時代も社会通念もまるで異なる所で、その時の名前が宮本、木崎だった。俺たちには俺たちの関係がある」


 果たしてフェリクスはどう反応するだろう。ドキドキしながら、ムスタファに向けられた横顔を見る。と、彼は私を見た。それからまたムスタファを。


「夢物語か」ようやく出た言葉はそれだった。

 信じてはもらえないかと、がっくりする。

「だが」とフェリクスは続けた。「同じく夢物語と思っていた魔王の話が事実だった。世の中には私の常識では測れないことが多くあるのだろう。それに、その話を信じたほうが、君たちの間柄に納得がいく。人嫌いでろくに城の外に出なかったムスタファが、いつどこで孤児院育ちのマリエットと出会ったのか、不思議だったのだ」


「信じてくれるのですか」

 フェリクスが私を見る。

「その方が説明がつくことが多い」

 確かヨナスさんもそんな事を言っていた。

「ありがとうございます」


 にこりとしたフェリクスはムスタファに視線を向けた。

「このことをツェルナーに話してもよいだろうか。彼が信頼できることは私が保証する」

「構わない」

 私もうなずく。

「良かった。ありがとう。それで打ち明けてくれた真意は、だから自分たちの間を邪魔するなという牽制かな」

 フェリクスがまた曲解をしている。


「だがそれは君の都合だ」と、こちらが反論する間をなく続けた彼は、私を見た。「マリエット。もしかしたら、きちんと伝えていなかったかもしれない。私は君が好きだ」


 見上げてくる目は真剣で、緑色の瞳の美しさに戸惑った。

 これはきっとおふざけではない。唐突すぎるけれど、真面目な告白なのだ。フェリクスルートではないのに。

 しっかり答えなければ失礼だ。きゅっと心臓が縮み上がる気がする。


「ごめんなさい」やっと絞り出した声がかすれていた。


「分かっている。君は私を意識していない。だけどこの先もそうだとは限らない。私の努力次第かもしれないからな。君も心して口説かれてくれ」

「絆されるなよ、喪女」と木崎が私が答えるより先に口を挟む。

「君もマリエットと私の関係に口出ししないでくれるかな」フェリクスはそう言ったが、その口調は柔らかかった。


「そういう事だから、専属となった彼女の仕事についての話し合いには私も参加する。ムスタファのスケジュールからいって、この後にその時間ではないか?」

「……密偵っていうのは恐ろしく気持ち悪いな」木崎が若干引いている。


 ふたりはまた取るに足りない言い争いを始めて、その様子はほのぼのとしたものだった。

 突然向けられた本気にすくんだ気持ちが徐々に和らぐ。ムスタファの髪を丁寧に梳かしながら、モテるってあんまり楽しくないのだと思った。




おまけ小話

◇従者は頼られる◇

(ムスタファの従者、ヨナスのお話です)



 侍従長にムスタファ様は、昨晩は普段と変わらない夜を過ごし今朝も通常通り、と報告をした。侍従長は頷いただけで何も言わず、報告への労いだけ口にした。

 一礼して彼の仕事部屋を出る。と、


「いたいた」

 そんな声を上げて、ヘルマンが小走りに寄って来た。

「何かあったか」

「ええ。ムスタファ殿下に急ぎの拝謁伺いが出ています」

 ヘルマンが書類を渡してくる。

「ヨナスさんにお願いをしていいですか。今は髪の手入れ中でしょう。部屋に伺うと殿下は不機嫌になるから」

「悪いな」


 ムスタファ様の従者として、謝っておく。


「いえ、幸せそうにしている分には微笑ましいのですよ」と、ヘルマン。「今までがアレでしたからね。よくぞ恋に落としてくれた、マリエットよありがとうって気持ちです」


 思わずぷっと吹き出す。


「ただね。私だってお二人の世界を邪魔したい訳ではないのに、明らかに殺意のこもった目をするから参ります」

「あれは多分、無自覚だから許してやってくれ」

「あの目がですか」


 髪の手入れは、する方される方の距離が近い。それにマリエットの手つきは優しく丁寧だ。例えそれが仕事なのだとしても、ムスタファ様は大切に扱われている気持ちになるだろう。普段は意地を張り合っているからこそ、あの時間は彼の至福のひとときなのだ。

 私はそう考えている。


「ムスタファ様も初恋にどうしていいのか分からないのだろう。広い心で見守ってあげてほしい」

「甘酸っぱいですねえ」

 楽しそうに表情を弛めるヘルマン。

「マリエットは全く気づいていなくて、ムスタファ様のひとり相撲だけどね」

「やっぱり塩味だ」


 確かにと頷きつつ、

「早く、吐き出したくなる程の甘さだけになってくれるといいのだが」と言うと、ヘルマンは

「激しく同意」と賛成してくれたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ