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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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32・1専属侍女初日

 ムスタファ王子の専属侍女見習い初日。

 侍女用食堂に入ると、一瞬静かになった。針のような視線が刺さる。

 すぐに視線は反れてやかましくなったけれど、もうみんな私の辞令を知っていて不愉快に思っているのだろう。


 比較的気が強い侍女たちが集まる一角に向かう。彼女たちはちらりと私を見たものの、何も言わずにお喋りに戻る。そこへ手にしていた器を音高く置いた。再び集まる視線。

「おはようございます」

 返答はないけど、くじけない。


「媚薬が入っているかもしれないチョコがあるのですけど、欲しい方はいらっしゃいますか?」



 ◇◇



「考えたな。宮本魂を失っていなかったか」

 髪の手入れをしながら食堂での顛末を話すと、木崎のムスタファは楽しそうに声を上げた。




 私が話を持ち掛けた侍女たちは媚薬チョコというフレーズに興味が湧いたらしく、話を聞きたがった。だから半ば正直に半ば嘘を交えて、パウリーネ妃殿下が勘違いでムスタファ王子と私を恋仲にしようとしていて、媚薬入りチョコをくれたのだと説明した。ただし試していないから、本当かどうかは分からないと言い添えて。


「どうです? パートナーがいらっしゃる方は双方了解の上でお使いになってみませんか。捨てるのも申し訳なくて困っているのです」

 そう言うが早いか、チョコはあっという間に売り切れた。


 パートナー無しの人が悪用しようと持っていくことだけが心配だったのだけど、それは防げたようだ。侍女同士で『あなた、独り身でしょう』なんて指摘しあってくれたのだ。




「良かった良かった。侍女たちがちょっとだけ懐柔されてくれたから、私はシュヴァルツ隊長狙いなのにと愚痴りまくったの。そうしたら『マリエットは案外面白いヤツかも』評価になった」

「……面白くねえ」と顔の見えないムスタファが不機嫌な声を出す。

「大丈夫、ムスタファ王子は私に興味はなくて、好みは可愛くてしたたかなタイプだって広めておいた」

「全然大丈夫じゃねえよ、アホ喪女!」

「何で?」


 深いため息が聞こえた。


「世間は俺がマリエットを好きだと思っている。で、短絡的なヤツらはお前みたいな幼児体型の娘を俺に近づけてくるんだよ。これで次は、したたかなふりをした娘がプラスされる」

「それは考えなしでごめんだけど、幼児体型は言い過ぎじゃない?セクハラ王子」

「その称号はフェリクスのものだろ」

「どちらの王子にも進呈する」

「あ? チャラ王子みたいに腰を抱いてキスしてやろうか?」

「そこまではされてない」



 ムスタファの銀髪は今朝も艶やかで美しい。

「髪は綺麗なのに、口調が乱暴すぎる」

「今さら何を言ってるんだ」

 月光を集めたような髪を丁寧にくしけずる。前世の私だったら、木崎の髪をとかす仕事なんてと腐ったかもしれないけれど、今は結構好きだ。月の王の美しさを保っているという誇りすらある。


 それなのにこの人は、どうしてやりもしないことを言って、私をからかうのだろう。そんなに喪女は悪くてリア充は偉いのだろうか。

 木崎はそんなにたくさんの彼女がいたのだろうか。


「そういう煽りをするから誤判定になるのだと思う」

「違うね」自信満々の口調。

「じゃあ単純にゲームのバグだって言うの? なんで木崎ばっかり。どうせならカールハインツで起きてくれれば良かったのに」


 ルート選択からたった二日で、世界はムスタファルート様式になっている。ここからハピエンを回避して、後にカールハインツを攻略できるよう誤解も解いて、というのはなかなかに骨が折れそうだ。諦めないけど。


 第一王子の専属になった私は、さっそくヨナスさんに教授を受けた。今までは用意してあった髪の手入れセット。それを自分で揃えることだ。


 ちなみに専属の朝イチの仕事は主を着替えさせることだけど、これはしなくていいそうで安堵した。さすがに元同僚の着替えは気まずい。


 更にこの着替え、ムスタファにとっては二回目だそうだ。アンニュイキャラを返上した第一王子は早朝、自分で起床、着替えてジョギングをしているそうで(私が遭遇したやつだ)、ヨナスさんが手伝う着替えは運動用のウェアからのもの。汗を拭く、という手順もある。

 そんなの、前世がどうこうの前に緊張と興奮で私には出来ないに決まっている。外見は非の打ち所のない美貌の王子なのだから。

 ……本人には言わないけど。バカにされるのが目に見えているから。


 それから他の王族より早い朝食の世話をして、その次が髪。

 以前は寝起きのままベッドの中で朝食を取り、そのあとに身支度だったそうだ。ジョギングが始まってからはこの方式ですとヨナスさんが話していた。どうやら主の活動が活発になった余波で、ヨナスさんまでも早起きをしなければならなくなったらしい。

 専属ならではの苦労があるということだ。


「宮本は髪を梳かすのは上手いよな。心地好いよ」

「そ、そう。ありがと」

 なんで急なデレなのだ。やっぱり世界が溺愛ルートを進ませようとしているのだろうか。


「ムスタファルートを選んだのは最良の決断だったと絶対に思わせてやる」

「……うん、楽しみにしてる」

 あまりに真剣な口調に、それが正しい返答なのか分からずドキドキする。木崎が急におかしい。最近、絶対におかしい。

 木崎なりに責任を感じていて、気合いが入っているのだろうか。


「俺の専属になった以上、宮本がまず覚えることは俺を崇めることだな」

「どうしてよっ」

 ツッコミをいれて、ほっとする。いつもの木崎だ。

「大事だろう、主への尊敬」

「一般的にはね。木崎相手じゃなあ」

「は? 俺よりいい男はいないぞ」

『鏡を見れば』と返しそうになって、すんででムスタファには通用しないと気付く。


 ひょこひょこと視界の端で赤いものが動いた。見ると、開け放したままの扉からフェリクスが入ってきたところだった。


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