31・3聴取
聴取が始まるまでツェルナーさんがやり途中の仕事を手伝うことになった。フェリクスの居室のとなりに小さな書斎があり、壁は全て棚。半分以上が書物で埋まり、残りは木箱が入っている。交換留学が始まった頃からこの状態で、代々受け継がれてきたという。
山のようにある木箱の中は、ひと箱につき一種類の魔法に使う様々な道具が収められていた。
普段は魔法の鍵を掛けていて、開けられるのはフェリクス主従だけ。これを定期的に在庫チェックするのがツェルナーさんの仕事で、騒ぎに駆けつける前はこれをしていたという。
私がリストを読み上げ、ツェルナーさんが存在もしくは数を確認し、私がチェックを入れる。
結構な数があるから、ひとりでやるのは大変なことだろう。
次回も手伝ってほしいなと言われ、もちろんと答えた。
「あなたの勉強にもなりますよ」とツェルナーさんは、道具の使い道をや薬草の用途を教えてくれる。
普段はひとりだから今日は新鮮だと、楽しそうな表情だ。
ライティングデスクにはフェリクスが座り、私たちの様子を見ながらお茶を飲み、何をするでもない。どことなく幸せそうな顔に見えるから、ツェルナーさんが楽しそうなことが嬉しいのかもしれない。
「このまま私の専属にならないかな」
なんていうお誘いが聞こえたけれど、それは耳に入らなかったふりをした。
だけど作業がそれほど進まないうちに、オイゲンさんとロッテンブルクさん、侍従長が迎えにやって来た。場所を変えて聴取する予定だったようだけど、フェリクスの強い要望で彼の居室で行うこととなった。
と言っても、オイゲンさんが一部始終を見ていたし、それほど複雑な件でもない。カルラの部屋を出てからどう歩いたかとか、ふたりの令嬢との面識はとか、簡単な質問を受けただけだった。
彼女たちは王女やフェリクスの客として見かけたことがある程度で、会話したことはない。もちろん恨みを買うような覚えもない。
そう伝えると、オイゲンさんは深いため息をついた。
「彼女たちはあれこれ理由をつけていたけどな」
「嘘をついているのです」と目が険しい侍女頭。「だけど彼女たちの肩を持つ人たちもいます」
侍従長が無言でうなずく。
「令嬢たちは自分たちはやられたことに対しての仕返しをしただけで、君を雇っている王宮が悪いとまで言っている」
オイゲンさんの言葉に侍従長がまたうなずき言った。
「本来ならば、マリエットをクビにするところだ。事実がどうであれ」
「そんなことは、させない」とフェリクスが口を挟む。
「大丈夫かと思います」侍従長が異国の王子を見る。「彼女はその才を買われてエルノー公爵の支援を受けているのです。令嬢たちの言い分のみで判断することはありません。幸い、近衛であるロッツェ様が目撃者ですし」
「そうか、エルノー公爵がいたか」
フェリクスの力の抜けた声。どうやら私たちの関係性を把握しているらしい。
一方でオイゲンさんは、
「今回、ロッテンブルク殿から聞くまで、ちっとも知らなかった。君は優秀なのだな」と意外な様子だ。
師が良かったのですと答えつつ、ほっとした。
ただ、オイゲンさんのほうが気になる。
「あなたは火傷の責任をとらされませんか」
確か綾瀬が伯爵令息を蹴り飛ばしたとき、やりすぎだと注意を受けた。令嬢たちが素直に非を認めていないのなら、問題にならないだろうか。
「大丈夫だ。あの場で花瓶の水を熱湯に変えられたのは、令嬢たちだけだからな」
オイゲンさんは一度にふたつの魔法が使えないから、防御魔法をしたことで水の変化はできなかったと証明できる。私は鉢を両手で持っていたから、魔法は使えなかった……。
そのように説明をされ、困ってしまった。私は手が塞がっていても魔法が使える。
どうするかと考え、あとで分かるほうが立場が悪くなるとふんで、正直に伝えた。
オイゲンさんはやや微妙な表情になったけれど、まあ問題なかろうということに落ち着いた。
それからも幾つかの確認をして、聴取は終わった。
「令嬢たちはお茶会を抜け出して来たのか」とフェリクスが立ち上がりかけたオイゲンさんに尋ねた。
彼は、ええと答えて再び座り直す。
そこでロッテンブルクさんが王女たちのお茶会で、昨日のムスタファと私の温室デートが話題に上がっており、一部の令嬢たちが憤っていたのだと教えてくれた。
「だからマリエットを懲らしめようとしたのか?」いまいち腑に落ちない様子のフェリクス。「それにしては短絡的だ。以前の伯爵令息が出入り禁止になっていることを知らないのか」
「カミソリの侍女たちは許されていますから」ロッテンブルクさんが心持ち弱い声で言う。「王女たちのお気に入りならば罰せられないと、考えたのかもしれません」
「だとしても違和感がある」
考えこむフェリクス。
この件はきっとゲーム展開かその影響によるものだ。そう話せれば簡単なのだけど。
「確かに不自然ではあります。わざわざ城内に入り、見つかるとは限らないマリエットを探す。お茶会を楽しんでいるほうが余程いい」とオイゲンさん。「だけど女性の嫉妬は根深いものがありますからな」
「経験則か?」と苦笑するチャラ王子。「だが男の嫉妬も十分、手に負えない」
彼は私を見てにこりとする。
突然そんなフリをされても。フェリクスに嫉妬されるようなことがあっただろうか。
それはともかくとして、この状況を放置はできない。不愉快な思いもケガも嫌だけど、何より周りの人たちに余計な心配をかけていることが嫌だ。
私を置いて、対策ができないかと真剣に話しているフェリクスやロッテンブルクさんたち。あまり接点のなかったオイゲンさんまでも考えてくれている。
私ひとりの問題ではなくなっているのだ。
ひとつ、思いついたことを頼んでみる。多少の議論。
全ての話し合いが終わると、
「そうそう失念していた」とオイゲンさんが明るい調子で「君に用があったのだ」と声を上げた。
そうだった。私もすっかり忘れていた。
「カールに訊いてくるよう頼まれた。『一緒に遊ぶ券』というのは一枚で良いのか、書式はどのようなものか、だそうだ。で、『一緒に遊ぶ券』とは何だ?」
さすが堅物なカールハインツ。生真面目さが可愛らしくて、それまでの心配事が影を潜め顔が弛む。
「カルラ姫への誕生日プレゼントです。先ほど提案したのですけど、採用して下さるのでしょうか。返答は『自由です』だと伝えて下さいね」
なるほどと笑顔になるオイゲンさん。「それは姫も大喜び間違いなしだ」
フェリクスやロッテンブルクさんも、良案だと賛同してくれる。
そうして立ち上がったオイゲンさんはどこか他所を見て、動きを止めた。浮かんでいた笑みも消える。視線を追うと、カルラにもらったスズランの鉢植えだった。なぜあれを手にしていたかの経緯はすでに説明してある。まだ何か気がかりがあるのだろうか。
私の視線に気づいたのか、こちらを見たオイゲンさんは何とも言えない淋しげな表情をしていた。
スズランの花に、親友だったというカールハインツの兄のことを思い出していたのかもしれない。
おまけ小話
(本編とは全く関係ありません)
◇ある朝のマリエット◇
なんとはなしに振り向いたら、木崎と目が合った。あんなヤツの顔を見るとは、朝からついていない。
と、向こうもげっそりした顔をして、中指を立てた。
「はぁっ? ありえない、今の見た?」
隣の後輩の腕を掴むがきょとんとしている。
コツコツとヒールの音がして、
「宮本、男性社員に触らない。セクハラになるよ」
そんな声を掛けられる。先輩だ。
「でも、見た。社内ですることじゃないね」
「ですよね」
再び第一営業部のほうを見ると、木崎のアホは部長に叱られていた。ザマアミロ。
「木崎先輩っすか」と後輩。「自分にも他人にも厳しいって話ですよね。俺、宮本先輩の下で良かったっす」
「でしょお」
さすが私の後輩。よく分かっている。
「だけどねえ」と先輩。「厳しいのは誰にでもだけど、意地悪なのは宮本にだけだよ」
「ほんと、性格悪いヤツ」
「お互い様でしょ。嫌いなら無視してりゃいいのに」
「確かに」 後輩が大きくうなずく。「これはアレですね。意識しているからこそ、ひねくれた態度をとってしまう。小学生男子あるある」
「ちょっと! 聞き捨てならないよ」
後輩に抗議をしかけたところで、社歌が流れてきた。昔々は毎朝歌ったらしい。今は始業時間を知らせる合図として流れるだけだ。
「で、オッケーすか?」
後輩が企画書を見て、仕事の話に戻っている。
「いいよ」と答えつつ、もやもや。
誰が小学生男子だ。こっちはアラサーだし女子だし。そりゃ女子さは少ないかもしれないけどさ……。
「第一、意識なんてしてないし」
自分の声の大きさにびっくりして目を開く。
しばし状況が分からなかった。
どうやら前世の夢を見ていたと気づくまで数十秒。
「……社歌か。懐かしい」
酔っぱらうと、よく先輩と肩を組んで歌った。
というか。何なんだ、木崎のヤツ。人の顔を見るなり、あの仕草。社会人としてありえない。
……ありえないあんなヤツが、今は驚くほど近距離にいて、あれこれ助けてくれる。
訳が分からない。
もやもやとしたものを感じたまま、ベッドを出た。今日もムスタファの髪を整えに行かねばならない。それが私の仕事だから。




