31・2デートの波紋②
カルラの癒しタイムが終わり、もらったスズランを両手で抱えて彼女の部屋を出た。
まずはこれを頂いたことを、ロッテンブルクさんに報告だろうか。
だけど今は外にいるはずだ。年長の王女たちが、庭で多くの令嬢を招いてのお茶会をしている。侍女たちの多くもそちらに参加だ。やるべき仕事があるというより、これだけの侍女がいるという一種の御披露目というか見栄張りというか、そんな感じで待機させられているらしい。朝食のとき、近くの席の侍女たちがぼやいていた。
私はカルラのお相手を優先していいと、王妃直々のお達しがあったそうで参加せずに済んだ。
まずは侍女頭の仕事部屋を覗いてみて、いなければメモを残せばいい。だけどパウリーネにも伝えたほうがいいのだろうか。
階段に差し掛かる。数段降りたところで、背後から
「そこの見習い!」
と声がかかった。聞き慣れない、若い女性の声。高圧的で、どこか侮蔑感がある。お茶会の客だろうか。何故、こんなところに。それよりも、この呼び止めはきっと良くない理由でだ。
一瞬の間にそれだけ考えて、突き飛ばされても、水を掛けられても、物を投げつけられても大丈夫なように心構えをして鉢をしっかり持ち直し、足場を確認してから、振り返った。
とたんに水が浴びせられ……
と思ったら、目の前で水が霧散した。
「ひぃっ!!」
「熱っ!!」
階段の上にいたふたりの令嬢が、叫びくずおれる。
何が起こったの?
「大丈夫か」
今度は階段下から声がした。振り向くと、オイゲンさんが上ってきた。
「み、見習いにやられましたわ!」
令嬢のひとりが顔を押さえながら、叫ぶ。
「何を言う。下からだが、ちゃんと見えていた。水を掛けたのは君たちだ。花瓶が足元で割れているではないか」
彼はそう言って私の脇で止まった。
「しかも水を熱湯に変えたな。自業自得としか言い様がない」
パタパタと走る音がして、近衛や侍従侍女が集まって来た。階段を上り、オイゲンさんが状況を説明する。令嬢たちは侍女たちに廊下の隅に連れていかれた。
オイゲンさんは数秒だけ防御魔法が使えるそうだ。私に掛けられた水が霧散したように見えたのは、彼がシールドを張ってくれたためらしい。
それにはね返った水の一部が令嬢たちにかかったのだが、彼の言うとおり、熱湯だったようで顔が斑点状に赤く腫れ始めていた。魔法で花瓶の水を沸騰させたみたいだ。
もし私が水を頭から被っていたら、頭部すべてが火傷をするところだった。
まさか熱湯が来るとは思わず、水なら乾くから被っていいやと考えていた。考えが甘過ぎたのだ。
オイゲンさんが通りかかったのは偶然ではなく私に用があり、カルラの部屋を出る頃合いを見計らって来たそうだ。彼がもし来なかったら危ないところだった。
今朝受けた意地悪でも、木崎のムスタファはデートが原因と考えてかなりのショックを受けていた。髪の手入れに行ったとき顔を強ばらせた彼に、考えが足りなかったと謝られた。
日に二回も被害を受けたと知ったら、ますます気にするだろう。知られたくないけれど、そうも言えないほどの騒ぎになっている。
参ったなと、オイゲンさんの傍らで考えを巡らせていると、硬い表情をしたフェリクスとツェルナーまでやって来た。
開口一番、
「ケガは?」と尋ねてきたから、何が起こったか分かった上で来たらしい。相変わらず情報が早い。
オイゲンさんに助けられたおかげでないと答える。
オイゲンさんが、始めからをまた説明する。
それが終わるとフェリクスは、
「マリエットは私の部屋に来い」と言い出した。
珍しくツェルナーさんもうなずいている。
「ムスタファが外出先から帰って来るまで、保護をする」と真顔のチャラ王子。
ツッコミどころしかないセリフですけど!
「いえ、仕事がありますから、お気持ちだ――」
「今朝も階段で突き落とされたのだろう。怪我がなかったのは、たまたまだったと聞いている」
フェリクスが珍しくひとの話を遮り、口調も強い。
「ムスタファは迂闊だったと後悔している。それなのに、今朝からまだ数時間でこれだ。する仕事が必要ならば、ツェルナーの手伝いをすればいい」
と、大人たちの合間を縫って、カルラが顔を出した。
「マリー、どうしたの? 怒られているの?」
不安そうな表情だ。
「違いますよ」とオイゲンさんが優しい顔で答える。
「よかった!」
ほっとした様子のカルラを乳母が抱き上げ連れて行く。
去り際に彼女は、
「マリエット。次は明後日ですよ。カルラ様は楽しみにされていますからね」と言った。
乳母が分かりきったことを殊更強調したのは、ケガをするなと言外に伝えたかったのかもしれない。
「ほら、カルラ姫のためにも」とフェリクスが変わらず真顔で言う。
「そうなさい」と集まった侍女の中からも声が上がった。先日アップルパイをくれた女性だ。「ロッテンブルクさんには私が伝えます」
「どのみち君にも聴取しなければならないから、終わるまでは仕事はできない」とオイゲンさんまで言う。
それから彼は私のそばに来て耳に口を寄せた。
「あちらは貴族だ。王族のバックアップが目に見える形であったほうがいい」
忸怩たるものがあったけれど、素直にうなずいた。みんな、私を思って勧めてくれているのだ。すっかり大事になっている。
それにまた防犯宝石が光っていたら。木崎は心配していることだろう。これ以上、光ることのないようにしておいたほうが良いのかもしれない。




