30・3防犯グッズ
フェリクスとツェルナーさん、そしてヨナスさんも帰り、部屋にはムスタファの木崎と私だけになった。
テーブルの上に書かれた魔方陣は消され、鏡はフェリクスが持って行った。そもそも彼のものなのだ。
「毎晩遅いのもな。すぐに終わらせる。話はふたつ」
私に残るように指示したムスタファは、そう言ってから、
「遠いから、こっち」
と自分の隣を示した。
先ほど灯りも落としたから、だいぶ薄暗い。この場所ではムスタファの表情がよく分からないから、近いほうが話しやすいのは確かだ。
だけどな、と躊躇う。
現在、ムスタファルートを進んでいて、本人はおふざけが高じて溺愛っぽいセリフを楽しんでいる。本人的には対策は講じているつもりのようだし、余裕ある態度をとるのはいつものことだ。
でも私は不安なのだ。
「フェリクスがやけに変な絡みをしていたけど、ムスタファルートに入ったせいかな」
動かずそう尋ねる。
「だろうな。アイツの言動はほっとけ」
「もちろん、そうするけど気になるもの。木崎は心配じゃないの?」
「ビクビク生きるのは性に合わない」
「確かに。でもなあ」
今日のデートの対外的な理由付けというものを、みんなが揃っているときに聞いた。正直なところ世間はどうあれ、それがゲームに有効かどうかは分からない。
というより、意味はないのではと思う。だって傍目から見たら、雰囲気ある温室で手繋ぎデートだ。親密度がアップしている気しかしない。
そう言うと、木崎は笑った。
「エンドは二ヵ月先だろ。今から細かいことを気にしていたら、精神がもたねえぞ。俺がちゃんとハピエンを回避してやるって」
「そうだけどさ」
「だが、やっぱり無理か」
立ち上がったムスタファはこちらに来ると、私に近い長椅子のひじ掛けに腰を乗せた。
「ひとつめ。俺の専属にならないかっていう提案。ゲーム終了まで保留のつもりだったが、俺ルートになったから」
と木崎は、私が勉学や孤児院に関するプレゼン資料の作成のための時間を確保できるように、と説明した。
それはあいも変わらず魅力的な話ではある。
「俺としてはゲームよりも宮本の睡眠時間が足りてるのかが、心配だ」
なんだそれは。こそばゆいことを言うな。
「自分こそ」と平静を装って反論する。
「俺は宮本と違って自分の限界についてはよく分かってるの」
「前世の話でしょ」
「前世で真面目に向き合っていたから、今世でも分かるんだよ。ま、やる気になったら、教えろ」
「どう考えても、専属侍女はゲーム展開だよ」
「エンドの前に過労死するかもしれねえぞ。ゲームのマリエットは夜中に経済の本なぞ、読んでいなかっただろ?」
む。一理ある。
「ふたつ目」話題を変えた木崎は懐から巾着を取り出した。
「魔法アイテム。防犯ブザー」
ふざけた調子でそう言って、右の掌の上に中身を出す。青い宝石のついたペンダントだ。サファイアだろうか。ドロップ形で鎖と土台が金。
「ヒュッポネンが話していた例のヤツ。身に付けた人間の命の危険、もしくはその者が恐怖を感じたときに発光する。メンテは月イチ」
「すごい。もうできたの?」
「ヒュッポネンもベネガス商会も仕事が早い」
ムスタファの左手に目を向ける。
「気づいていたか」と彼は手を見せる。
中指に同じ石のついた指輪がはまっている。
「ヨナスも指輪にした。これが一番目に入りやすいからな。宮本は服の下に付けとけ」
「……見えないじゃない」
「俺はピンチになんて陥らねえから」
「でも」
「なにひとつ装飾品をつけてないお前が急にこれを付けたら、それこそマズイ噂が立つぞ。俺とお揃いの高級ブルーサファイアを自ら身にまとう、つまりは自らムスタファとの仲を認めたって」
木崎はひょいと立ち上がると私の背後にまわり、さっと首に装着した。
前世で相当、彼女につけてあげたのだろうと思われるスムーズさだ。
「手慣れすぎ」
「……気にすんな」
胸元に存在感のある宝石。小粒だけど濃い青と華やかな煌めきが目を引く。確かにあることないこと、噂されそうだ。
元のひじ掛けに腰を下ろしたムスタファを見る。
「ありがとう。慰謝料があるから代金を払うね」
「足りねえから、いい」
「え」
一体幾らなんだ。
「瀕死になる可能性があるムスタファルートにしろと言ったのは俺だ。これは俺の安心料」
「……昨日から木崎が優しすぎて怖いんだけど。中身、本当に木崎?」
「当たり前」
温室の帰りには、ふたりで例の彫刻があった場所を見に行った。今そこは、何もない。ヨナスさん調べでもフェリクス情報網でも、新しい彫刻を置く予定はないそうだ。
ただ、串刺しの危険がなくなっただけで、窓から突き落とされる危険は残っている。
そこでも木崎は似合わない優しさを発揮して、
「溺愛なんてしねえから、ケガも回避する。心配するな」
と断言した。
なんだかな。
「ヨナスからも貰ってないから、いいんだよ」とムスタファ。「ちなみにあいつは彼女に見せてから付けるんだそうだ」
「分かった。ありがたく、いただくね」
「よし。話は終わり。送る」
「二日連続、王子に送られる見習いってどうなの?」
「俺専属になって、隣の部屋に住めよ。それなら送りを省ける」
「それ、愛人の位置じゃない?」
「そうか。じゃあ、まずいな」
木崎はそう返して立ち上がった。
◇◇
ベッドに入る。今夜は満月に近い月が出ているお陰で、灯りがなくても部屋は明るい。見慣れた天井を見上げ、胸の上の重みを感じる。
ペンダントを寝ているときも付けていろ、と木崎に言われた。強化魔法もかけてあって、寝返り程度で壊れることはないから、と。
どうにも木崎が優しくて気持ち悪い。前世のアイツだったら、私がフェリクスと望まないハピエンを迎えようが、気にしないだろう。
ムスタファの木崎は、前世の木崎でしかなかった木崎とは違う人間だ。ここ数ヶ月でそれはよく実感している……のだけど、調子が狂う。彼のルート選択をしたことによる影響なのだろうか。
溺愛のようなセリフを言うのがブームみたいなのも、そのせいなのだ、きっと。
そのくせ、と温室でのことがよみがえる。
ひとの手を握りしめて、デートみたいなシチュエーションにいても平然としているのだ。
こっちは王子の中身が木崎とはいえ、慣れない状況に落ち着かなくて大変だったのに。緊張しているなんて知られたら確実にバカにされるから、必死になんともないフリをしていたけれど、疲れた。
手を繋いで歩くなんて、前世でだって最後にしたのは学生のときのはず。
ひとのことを喪女とあげつらうくせに、そのへんの配慮は無頓着なのだから、頭にくる。きっと木崎には普通のことすぎて、気にも止めていないのだろう。ちゃんと距離感を考えてと頼んだのに。
ゲームエンドまで二ヵ月。誤判定されずに乗り切ることが、本当にできるのだろうか。




