30・2調査の確認会
今夜もムスタファの部屋に集合。
ただし昨晩と違って本人、ヨナスさん、フェリクス、ツェルナーさん、私の五人。鏡に映った温室内をみんなで見るのだ。鏡が小さいから無理ではと考えたのだが、フェリクスはそれを大きな鏡に投影することができるという。密偵の基本魔法として習得させられたそうだ。
私が部屋に着いた時には他のメンバーは揃っていて、いつもより灯りが灯されている中で、お酒を飲みながら談笑していたようだ。
挨拶をして円卓の元から運ばれたひとり用の椅子に座ろうとしたら、すかさず立ち上がったフェリクスが近寄ってきた。
これはまた腰に手を回されると察して避けようとしたら、別方向から伸びてきた手に肩を捕まれ引き寄せられた。ムスタファだった。
「なんだい、ムスタファ。参戦するのか?」
ニヤニヤとした軽薄王子。
それを無視したムスタファは私から手を離さず、
「宮本。あいつに密着されたいか」と訊いてきた。
「ものすごくイヤ」と正直に答える。それから「あの、この手を……」
「だそうだ」ムスタファは今度は私を無視して、フェリクスに話しかける。「本人が嫌がっている。二度と触れるな」
「卑怯な手だな」チャラ王子はまだニヤニヤしている。「だが仕方ない。善処しよう」
「次に彼女に触れたら、城からツェルナーを追い出してやる」
「ツェルナーを!」フェリクスは真顔になった。「それは困る」
「ならば答えは簡単だ」
フェリクスが私を見た。ニヤリとしている。
「ムスタファは己の嫉妬深さを隠すことをやめたようだ」
そうじゃない。私は本気で困っているし、木崎は八つ当たりの材料にしたから罪滅ぼしなのだ。
ムスタファを見る。紫の瞳で見返される。
「対策はとった。これでもセクハラされたら教えろ」
ようやく肩を掴んでいた手が離れる。
「……了解。ありがと」
なんだかモヤモヤしながら、ひとり掛けの椅子に座った。
どうしていつもみたいに、『フェリクスがまた戯れ言を言っている』と言わないのだろう。言わなくても分かっているだろう、ということだろうか。
私が気にしすぎなのだろうか。
全員揃ったからと、フェリクスが呪文を唱え始める。既にテーブルの上に魔方陣は書かれていて準備万端だ。
やがて鏡に温室が映る。胸につけたブローチの映像だから、揺れが大きい。だけれどしっかりと見られる。
全員でそれを覗き込み、時おりフェリクスがする質問にムスタファと私が答える。
そうして見終わったフェリクスの第一声は、
「予想が外れた。キスをしたと思わせる様子を映してくるかと考えていたのだが」
だった。
ムスタファの表情が険しくなる。
「頭が沸いているのか」
「『デート』のコツを訊いてきたのは君じゃないか。うまいキスへの誘い方を教えただろう?」
木崎みの感じられる顔で、ムスタファが私を見た。
「嘘だからな」
「分かっているって」
木崎にそんな初歩の知識なんて必要ないのだから。
「本当だぞ、マリエット。彼の侍従に訊くといい。昨日、私の部屋にそれを求めて訪ねてきた」
「口実でしょう?」
そう、と木崎。つまらん、とフェリクス。
「殿下」
とツェルナーさんが映像を見ながら紙に書いていたものを、フェリクスに渡す。
それを見たフェリクスの方は、
「ああ、こんなものだろう」と答えてからそれを私たちに見せた。
それは温室を真上から見た図で、くねくねとした線が入っている。ムスタファと私が歩いた小道だろう。長椅子と卓らしき四角、所々に植物の絵や名前もある。
「今の鏡からこれを起こしたのか」
感嘆の声をムスタファが上げる。
「そうだ。ツェルナーは凄いだろう。王家に召し上げられて一年ほどで、この技術を会得したのだ」
フェリクスは心持ち顎を上げて、得意げな顔だ。
「凄いな」
とムスタファ、賛同するヨナスさんと私。
「訓練すれば、誰でもできます。これより自由奔放王子の側仕えのほうが余程難しい」真顔のツェルナーさん。
「お前は一言余計だ」
「残念ながら主に似てきてしまいました」
ふはっとムスタファの木崎が楽しそうに笑う。
「仲が良いな」
「ですね」とヨナスさん。
仲良しなのは、ふた組ともだ。ルーチェがいてくれればなと思い、淋しくなった。誰かが侍女の仕事なんて、出会いと別れの繰り返しよと慰めてくれたけど。
「それで、怪しい箇所はありそうか」と、木崎。
「これで見る限りは、ここだけだな」とフェリクスは出来立て見取り図の、椅子と卓の部分を指差した。「ここだけ石畳に見えた。そうか?」
確かに石畳ではあったけど、鏡に映っていたかは覚えがない。フェリクスは訓練とやらを受けたから、目敏いのだろう。
ムスタファはそうだと答える。
「何かあるなら、この下」とフェリクス。「出入りしやすいからな」
「もう一度入ったほうがいいか」とムスタファが尋ねる。
「いや、そこまでではないな。他の候補を潰してからでいい。君がまたマリエットと手を繋いでデートをしたいというのなら再潜入を依頼するが、どうする?」
木崎が険しい目をチャラ王子に向ける。
「私はふざけていない」
「私もだよ」と笑顔のチャラ王子。
どうして今日のフェリクスは、ムスタファに変な絡みをするのだろう。ルートに入ったから? ムスタファ煽り要員とか?
「別ベクトルで気になることは、ある」とフェリクス。「南方の国々で使われる薬草が混じっている。この辺りでは乾燥した輸入物しか手に入らない類いだ」
「彼は薬草学も修めています」とツェルナー。
「ツェルナーも、だ。パウリーネの母方は魔術師の血筋だと聞いている。意図して育てている可能性もあるだろうな」
「危険な植物か」
「使い方次第で良薬にも毒にもなる。なんでもそうだがな」
スズランも毒だな、と思い出す。
それを幼児が植えて大丈夫なのだろうか。種蒔きなら問題ないのかな。
そうか。外に植えていないのは、お転婆なカルラが大人の目を盗んで、手折ると危ないからかもしれない。
「とにかくも大収穫だ。ムスタファ、マリエット、礼を言うぞ」
チャラ王子のチャラくない声に目を向ける。晴れ晴れとした顔つきだ。
「頼んだのはこちらだ」とムスタファ。
「だが私たちも、ここだけは誰も入れなくて困っていたのだ。まさか王妃をたらしこむ訳にはいかないしな」
「あのおしどり夫婦にお前なぞがつけ入る隙はないだろう」
「私に落ちない女性はい……るな、マリエット」
フェリクスがこちらを見る。
「殿下って、国でもこんなに軽薄だったのですか」
王子を無視してツェルナーさんに尋ねる。
「有名だったようですよ。彼に口説かれても本気にしてはならないと、令嬢方の間では共通認識だったとか」
ムスタファが笑っているが、微妙に伝聞形なことが気になる。
「私は引きこもりでしたから。従者が決まってからも、あちらでは社交は遠慮させていただいてました」
そう言ったツェルナーさんは、急に表情を変えた。どこか疲れた顔に見える。
「……ということにしていますが、本当は違います。身内がとんでもないことをやらかしましてね。うちの家族は公の場に出られないのです」
「本来はそんな必要はないのだぞ」
すかさずフォローしたフェリクスを見て、ツェルナーは弱々しげな笑みを浮かべた。
「彼の家族は父の政治の道具にされたようなものなのだ」フェリクスは言葉を重ねた。
「浅慮な質問だったでしょうか」そう言うと、ツェルナーさんが私を見た。「申し訳ありませんでした」
「いいえ。殿下がアホなのが悪いのです。あなたとムスタファ殿下に構ってもらいたいからと、余計なことばかり言うから」
ツェルナーさんがにこりとすれば、すかさずフェリクスが
「構われたいなどと思っていないぞ」と反論する。
仲良く応酬するふたりを三人で見守りながら今後の話を幾つかして、やがてお開きとなった。




