29・〔幕間〕異国の王子はにんまりする
異国の王子、フェリクスのお話です。
晩餐前の隙間時間。第一王子ムスタファから先触れが来て、本人が私の部屋にやって来た。今は秘密の協力関係にあるし友情も深まったのだから、もっと気軽にやって来ればいいのに。
侍従をひとり連れた彼は、感情のない顔で『デートのコツ』を尋ねてきた。
つまり訳すると、パウリーネの温室に入れる段取りがついたということだろう。侍従は、パウリーネに向けたパフォーマンスに違いない。今回の温室の件に裏はない、という。
「成る程なるほど」
わざとらしくにんまりとして、ムスタファの隣に座り直し、その肩に腕を回す。
「君もついに、そのような時が来たか」
ムスタファは不愉快なのか、僅かに目を細める。
「侍従君。君は外してくれるか」
別にと言いかけたムスタファを手で制する。
「デートのコツは本来秘密にしている。ムスタファ、君のような朴念人は哀れだから教えてやろう。だが他の男には聞かせられない」
すると侍従は納得したのか、素直に出ていった。すかさずツェルナーが扉を閉める。
「で、いつだ?」
座る位置は変えずに、そのまま問いかける。
「明日の昼」とムスタファ。「上手く三人目を入れたかったのだが無理だった。マリエットと私だけ」
「三人目? デートには余計だろう?」
「私はそのつもりでも、彼女は困っている状況にしたい。理由は面倒だから省く」
「何だそれは」
ツェルナーを見ると、彼も肩を竦めている。
「まあ、いい。ふたりきりで温室だな」
頷くムスタファ。彼もツェルナーを見た。
「念のため、媚薬などが効かない魔法を掛けてもらえないだろうか。私と彼女に。パウリーネのニヤニヤ顔が不気味でな」
「私は構わないが、ツェルナー、可能か」
「問題ありません」
それから幾つか温室調査の確認をして。終えると、
「良いことでもあったのか」とムスタファに訊いた。「今日は厳しい顔をしていないな」
ここ数日の彼はどんな鈍感でも気がつくほどに、不機嫌な顔をしていた。
紫色の瞳がじろりとこちらを見る。
「フェリクス」
「何だろう」
「マリエットに軽々しく触るな。不愉快だ」
不愉快。そうか。
思わず顔が弛む。
「君自身が不愉快だ、とようやく認める気になったのか」
「そうだ」
「私が触れる前に自分でしっかり捕まえておけば良いのではないかな」
「これも面倒だから説明を省くが、今はできない。最短で二ヶ月後以降だ。それまで私は彼女に何も言えないし、できない」
どういうことだ。首を傾げる。
「話せないことばかりで、悪いとは思う」
「なるほど。ムスタファの言い分は承知した。ただしそれを聞き届けるかどうかは別問題だ。私の好きにやらせてもらう」
ムスタファは面白くなさそうな顔をした。
「分かっている。ただ私の意見をお前に知っていてほしかっただけだ」
「宣戦布告と受け取っていいのだな」
「お前なぞ、彼女の眼中にはないけどな」
「君なんて友人としか認識されていないではないか」
目くそ鼻くそ、と隣部屋から声がした。ツェルナーだ。恐らく魔法に使う薬を調合している。
「ツェルナー。せめてどんぐりのほうにしてくれ」
「畏まりました。では五十歩百歩で」
「私は戦いから逃げるような卑怯者ではないぞ」
「お話の内容に即しています」
何故かムスタファの表情が弛んだ。
「お前の従者は容赦がないな」
「そうなのだ。分かってくれるか」
あの生意気な男の、主を主と思わない態度の数々を列挙しているうちに、晩餐の時間となってしまった。
「話し足りない。ムスタファ、今夜、飲まないか」
すると彼はニヤリとした。
「先約がある。来るなよ、邪魔だ」
それから彼は隣部屋に向かって、
「今夜は主人の手綱をしっかり握っていてくれ」と叫んだ。
「お任せ下さい!」と返ってくるツェルナーの声。
と、扉を叩く音がして、先程の侍従が顔を出した。
「ムスタファ様。そろそろお時間ですが」
今行く、とムスタファが立ち上がる。
「全く。デートのコツを聞きたかったのに、従者へのノロケを聞いているだけで終わってしまったではないか」
「ムスタファ!?」
月の王と呼ばれる感情が乏しい筈の王子は、侍従に見えないように嫌みたらしい顔をした。
「コツはまた明日教えてくれ。昼までに必要なのだ。ではまた」
かつてのアンニュイさが全く感じられない、颯爽とした足取りでムスタファは部屋を出ていく。
「ノロケではない、愚痴だ!」
去り行く背中に向かって言うと、彼は振り返ることなく片手を上げた。
これはもしかしたら、彼との仲が深まったがゆえの意地悪なのだろうか?
最初に朴念人と言った仕返しか?
それなら友人と認められて、嬉しい……のだろうか?




