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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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29・3久しぶりの夜

『俺の部屋に集合』

 とのことだったけど、ムスタファの部屋に集まったのはムスタファ本人と私だけ。ヨナスさんは今日は恋人とデートだそうで、早めに仕事を上がって街に出ているという。


 ゲーム判定が気になって仕方ないのは、私だけなのだろうか。やや薄暗い部屋に沢山のおつまみとお酒。向かいあって座る。いつも通りなのに私は落ち着かず、対して木崎のムスタファは普段と変わりなかった。

 強いて言えば、やや素っ気ないというか木崎みが薄めというか。

 でも気のせいかもしれないレベルだ。





 最初の話はファディーラ様のことだった。シュリンゲンジーフから二日前に届いたという肖像画を見せてもらった。


 いかにも古いものらしく、描かれているのは木の板だ。だけど何百年も昔の絵とは思えないほど、色艶が美しい。

 劣化を防ぐため数十年ごとに保護するための魔法をかけているそうだ。


 ファディーラ様はやはりムスタファによく似ていた。気になるのは角がないこと。彼女の顔を息子に見せるためのものだけど、多分だが、人間に見られてもいいように描かれなかったのだろうということだ。


 次に目を引くのが、以前のスケッチと同じ額飾り。これについては絵の裏側にその解説があった。壁から外すことがなかったために、シュリンゲンジーフ王家も解説があることを今まで知らなかったらしい。


 書かれていたのは、額飾りは魔王の象徴で、古より代々受け継がれたもの。人間の勇者に討たれた魔王も身につけており、側近が命と引き換えに魔王の子に託し守った、という内容だった。

 古い文体だったので私には読めなかったけど、ムスタファが細かく説明してくれた。


 この額飾りが木崎は気になるらしい。フーラウムがベネガス商会に作らせていることが、引っかかるという。


 肖像画が届いたのとは後先になるが、孤児院を訪れ寄付の手筈を整えたあとにムスタファは、実父に約束なしに突撃して、あれこれ問いただしたそうだ。だがその答えは

「何を言っているのかさっぱりだし、お前の母親については思い出したくない。二度と私の前で口にするな」

 というものだったという。不快さ不機嫌さ最大限の表情と態度で、とりつくしまもなかったそうだ。


 後になって、その時に控えていたフーラウムの近侍がこっそりムスタファの元を訪れた。気の毒そうな表情をしたまだ若い彼は、

「一度、聞いたことがあります」と前置きをしてから言った。「何故ファディーラ様と結婚に至ったか、覚えていない。恐らく魔法で操られたのだ、と」

 その後彼は急いで付け足したそうだ。

「ファディーラ様自身は魔法が使えなかったようです。だからムスタファ殿下も魔力がない、というのが非公式ながらも上部の見解になっています」





 この話をしたムスタファは、怒っているかのような表情だった。

「全く真実が見えてこねえ。フーラウムが魔法で本当に操られていたのなら、操っていたのは誰なんだ。魔王化する俺の魔力は、どこから来るんだ」


 妄想の域を出ない推測ならばいくらでもできるけれど、ムスタファが欲しているのは事実だ。


「フーラウム以外に黒幕がいるなら、目的は何なのか。もしかすれば魔王化は、第三者の企みによるものなのか」

「……ここのところ苛立っていたのは、そのせいもある?」

「皆無、とは言いきれないな」ムスタファは息をついた。「だが俺は真実がどうであれ魔王化しないし、そのために全てを知りたいだけだ」


 そうか、とだけ答える。

 私がムスタファルートを選択しなければ、簡単なことなのに。


「前にも言ったと思うが」とムスタファ。「ゲームがムスタファ、バルナバスのハピエンルート以外で終了すれば俺の危険はなくなる、とは考えていないぞ。その先にも俺の人生がある以上、魔王化と討伐の可能性はあるんだ」

「そうだった」


 ついつい問題のルートを選択しなければ、ムスタファの身は安全と考えがちだけど、そうじゃない。木崎だってずっと不安を抱えての人生は嫌だろう。


「溺愛ルートは回避する。これは大前提。その上で危機管理を徹底する。当然のことだな」

 うん、とうなずく。


 ムスタファは身をポスンと背もたれに預けた。

「とはいえ結構な難題だ。溺愛ルートなら、『鋭気を養いたい。こちちに来て膝枕をしてくれ』とでものたまうのかね」


 え、と聞こえた言葉に目を見張る。

 膝枕!? 木崎のくせに!

「甘えたなの? 間宮さんとはそんな感じだったの?」

「前世の付き合いを引き合いに出すな。今の俺は年齢イコール彼女いない歴だぞ」

「それをそんなに堂々言う人は初めて見たよ」

 薄暗いから表情ははっきりとは分からないけど、ドヤ顔をしているときの声音だ。

「大事なことだからな」

「どうして?」

「喪女には難しい話」

「またバカにして」


 おふざけはそこまでで、それからまた、真面目に幾つかのことを話し合った。


 魔族の認識がシュリンゲンジーフ側とフェリクスの国とで異なること。

 木崎は、自分に都合良く語るのはあるあるだろう、と気にしていなかった。


 例の慰謝料が支払われたことと、服を仕立てるのは貰い物があるから見合わせたこと。

 木崎は慰謝料は孤児院に寄付しないで、貯金に回せとしつこく主張した。


 ムスタファが財政・経済面を学びかつ対策を講じるに当たって、オーギュストに協力を頼んだこと。二つ返事をもらい、見通しは明るいそうだ。


 たった数日ろくな会話をしなかっただけで、話題は幾つもたまっていた。終わる頃にはすっかり深い時間となっていて、気の利く木崎は送っていくと言い張った。


「誤判定が心配じゃないの?」

 そう問うと、

「そんなのを気にして、また何か理不尽なことが起こるほうが嫌じゃん」

 とムスタファはさも当然といった風に答えた。「いくら宮本とはいえ、寝覚めが悪い」

「木崎は起きた瞬間から、フルスロットルっぽそう」

「『明日の朝、確認してみるか?』」

「起こしに来ればいいの? 何時?」


 とたんに吹き出して笑い出す木崎。

「溺愛ルートらしいセリフを言ってみたんだよっ。さすが喪女!」

 ひぃひぃ笑うムスタファを見ながら、先ほどの言葉を反芻して……ようやく意味が分かった。顔が熱くなる。


「紛らわしいことをしないでよ。誤判定されたら木崎の責任だからね」

 ムスタファは目尻を拭っている。涙が出るほど笑うことか。失礼な。


「そんな宮本に誤判定案件の続報だ」

 ようやく落ち着いたらしいムスタファが、私を見る。切り替えが早い。

「明日の昼、デートな。パウリーネに先手を打たれた。魔法のロック解除はお前と俺のふたりぶんのみ」


 ということは第三者は同行できない。密室の温室で、月の王とふたりきりでロマンチックな散策……。

「私、マリエットとしては初デート!」

「俺だって」


 突如脳裏に浮かぶ『選んだのはムスタファとの恋』との言葉。


「ていうか」ムスタファはなぜか部屋の中をぐるりと見回したあと、天を仰いだ。「デートじゃねえから。ただの調査。確認。それだけだからな」


 どうやら木崎はゲームに釈明しているらしい。果たしてその手法は通用するのだろうか。


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