26・〔幕間〕第一王子はアイテムを手に入れた?
第一王子ムスタファのお話です
定位置の長椅子に座り、考える。やるべきことが多過ぎて、どうしても時間が足りない。仕方ないから独りよがりである剣術の時間を削る。魔力開発はキープ。ゲーム展開に関わるから。ジョギングも必要。
それから……
頭を軽くふり、卓上のグラスに手を伸ばす。空だった。
ヨナスはしばらく前に、宮本を見送ってくると部屋を出て行った。そんなことはしなくてもいいのに。
飲み物は諦め思考を再開しようとしたところで、扉がノックされた。返事をする前にそれは開き、なんとパウリーネが顔を覗かせた。
彼女が予告なく訪れるなんて、初めてだ。
「ムスタファさん、ひとり? 少しいいかしら?」
こちらの意思を訊きながらも、彼女はするりと勝手に部屋に入り扉をしめた。彼女もひとりらしい。やけにニマニマ顔だ。気味が悪い。
「どうかしましたか」
「昨日ね、お友達が素晴らしいものをくれたの。ぜひムスタファさんに差し上げてね、って」
意味が分からない。こんなことも初めてだ。パウリーネは両手を背にまわしているから、そこに何かを隠しているのだろう。
彼女はつつつとそばにやってくると、ひとの手を取り、その平に
「はい」
と陶器の小さな器を置いた。パウリーネが蓋を取ると、中にはチョコがひと粒。丸くて上にはピスタチオの欠片が飾ってある。
ますます意味不明だ。
「なんとね」パウリーネがうふふと笑う。「効果絶大な媚薬入りですって!」
「媚薬?」
「そう。これをマリエットに食べさせるのよ。そうすれば……」更にうふふと笑うパウリーネ。「ムスタファさんが勇気が欲しいときに自分で食べてもいいのよ。奥手なムスタファさんにぴったりでしょう? 一気に仲を進展させられるわ」
器の中のチョコを見る。
つまりこれはマンガに出てきそうなお色気アイテムってことか?
アホらしい。
「いりません」
パウリーネに突き返す。
「いいのよ、照れなくて」
また話が噛み合わない。
「本当にね、義母としてはムスタファさんには女性慣れしてもらって、早く結婚して欲しいの。あなたがそうしないと、バルナバスも婚約できないでしょう?」
またその話か。
何年も前から、この話は幾度となくされてきた。俺には一応婚約者候補がいるのだが七つも年下だ。相手は隣国の姫君で、勿論政略的な婚姻だ。元々はその姉と婚約する予定だったのだがその直前に病で亡くなり、あちらの王室は代わりに妹をと推してきた。
だが七つ下。今年でようやく十三歳。
まだまだ子供だ。
いくら政治的に必要と言われても、少女なんかと到底結婚する気になれず、元来他人に興味もなかったから拒否していたのだが、そうなると兄より先に弟が婚約するわけにはいかないからとバルナバスも婚約ができないのだそうだ。俺のことは気にせず、弟を優先してくれと伝えてはいるのだが。
「せっかくマリエットに興味を持ったのだもの。さ、どうぞ」
パウリーネは器を押し返す。
「いりません」
「ノロノロしているとフェリクス王子に取られてしまうわよ」
「別に」
ひとの話を聞かないパウリーネとしばらくの間、押し付け合う。
「まずはあなたを異性として意識してもらいたいでしょう? これは役に立つわよ」
「……」
「彼女はあなたの気も知らないで、シュヴァルツ隊長や求婚してきた近衛兵と楽しい休日を過ごしているのでしょう? とてもおめかしして出掛けたというじゃない。いいのかしら? 可愛いマリエットを見られないのはムスタファさんだけ」
「……」
パウリーネは器を卓に置いた。
「ここへ置いておきましょう。がんばってね。応援しているわ」
そしてさっさと部屋を出て行ってしまう。
卓の中程に置かれたチョコレート。
媚薬だって?
そんなものが実在するのか?
本物かどうかはともかく、パウリーネは何を考えているのだ。こんなものを義理とはいえ息子に渡す母親なんて、おかしいだろう。
『異性として』
パウリーネの声がよみがえる。
いや、あいつにそう思ってもらいたいなんて微塵も考えたことはないから。好みのタイプとは正反対の女だ。
俺が好きなのは恋愛にしたたかで可愛い女。きちんと自分を演出できて、男の考えを計算できる、そんな努力家タイプがいいのだ。呑気に行き当たりばったり、好きな男の前で慌てふためくなんて女は、傍観者として見て楽しむだけで十分。
ヨナスが戻ってきたら、処分させよう。
ふと。宮本がシュヴァルツに殺風景な部屋を見られたくないと言ったことを思い出した。
俺のことは無頓着にほいほい部屋に入れるくせに。推しにだけは女ぶりやがって。
そうだ。あいつがシュヴァルツに食べさせればいいんじゃないのか?




