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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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4・1カエルが飛び込む

 やられた。


 目の前のスープに浮かぶカエルの死体。投げ入れられたせいで皿の周りにスープが飛び散っている。

 クスクスと聞こえてくる笑い声。


 朝の食堂。狭いけれど重厚なテーブルと布張りの椅子、壁には風景画、と居心地が良いようにしつらえてある。ここは侍女とその見習いの専用で、給仕係もいる。基本的に侍女になれるのは身分ある女性だからだ。


 そんな中で孤児院出身の私は異物。最初から歓迎されていない。私のほうは普通の新人の態度を崩さないでいるけれど、ここにいる半数はロッテンブルクさんの目が届かないところで突き飛ばしたり足を引っ掛けたりする。残りのほとんどは見て見ぬふりだ。


 カールハインツの《守る会》について、わずかにいる良識派にそれとなく訊いてみたときも、誰ひとり答えなかった。


 その質問が悪かったのか、カールハインツに関する誤った噂が回ったのか、はたまた昨日のフェリクスの『気に入った』発言が知られたのか。

 どれが原因だか知らないけれど、私への嫌がらせはより上の段階にレベルアップしたらしい。


 カエル入りスープはゲーム中盤に起きることなんだけどな。

 というかそれなりの階層ご出身の侍女が、よくカエルの死体なんて掴めたものだ。嫌がらせへの努力がすごい。


 クスクス笑っている周囲を見渡す。

 給仕たちも素知らぬふりをしている。侍女たちと同じで、私を気に食わないか関わりたくないかのどちらかだからだ。


 悪いけど、これがいつか起きると知っていたからショックはないのだよ、と心の中で意地悪連中に告げる。ついでにゲームの選択肢と同じ反応をするつもりもないから、と宣言をする。

 そして


「大変だわ!」とわざとらしく叫んで立ち上がった。「カエルが食堂に入りこんでいます! 私のスープに飛び込みました!」


 あくまでスープ皿の中のカエルは、自分で飛び込んだもの。

 そのていで声を上げ、離れた席にいるロッテンブルクさんにも聞こえるようにする。彼女がこちらを見ると、私の周りで笑っていた奴らはさっと口を閉じて目を逸らした。


 給仕がひとり寄ってきて、カエル入りスープの皿を取った。

「すぐに取り替えます」

「ありがとう」にこり、と優しく見えるように微笑む。それから周囲を見渡して「他にカエルはいませんか? 大丈夫ですか?」と声をかけ「良かった、あの一匹だけですね。ああ、驚いた」と言って座った。


 棒演技だけど、いいのだ。犯人捜しをするつもりはないし、上手く新しいスープと交換できた。なおかつ侍女頭に状況を伝えられた。


 ロッテンブルクさんは何かを言いたそうな顔で私を見ていたけど、やがて食事を再開した。

 私もパンを食べる。私を睨んでいる見習いもいるけど、無視する。パンは孤児院で食べていたものより格段に美味しいけれど、毎回私の分だけ少ない。ない時もある。皿から堂々と消えることもある。


 仕方ない。ゲームではそんな設定だった。私は陰湿ないじめを受けることを承知の上で侍女になったのだ。カールハインツと結婚するために。

 意地悪にめげているヒマはないし、根性だけは誰にも負けない自信がある。


 給仕が新しいスープを置いた。量は半分以下。またクスクス笑いが起きるが、無視。代わりに給仕の顔をしっかり見ておく。ふふんと意地悪な表情をしているその女は、これでマウントを取っているつもりなのだろう。


 侍女たちも使用人たちも所詮、貧しさを知らないのだ。一食分のパンがなくなろうがスープが半減しようが、私にはなんてことはない。慣れているから。


 孤児院のスタッフは良い人たちだった。だけど貧しかった。子供の中にはひどい奴もいて、スタッフの目を盗んで年下の食べ物を奪うなんてことは普通のことだった。

 逆に自分が年嵩になってからは、小さい子たちに満腹になって欲しくて譲っていた。あそこにいた時に食事で満ち足りたことは、ほとんどない。


 半分しか入っていないスープだって、私には十分だ。今日はパンも食べられたし。


 なんてこともない顔をして、スプーンを握った。




 ◇◇




 朝食を終えてロッテンブルクさんとふたりでパウリーネの私室に向かっていると

「食堂の件は」

 と切り出された。廊下には誰もいないけれど、低く抑えられた声だ。


「王宮内にカエルがやって来るなんて、驚きですよね」

 そう答えると、侍女頭はちらりと私を見た。

「それで良いのですか」

「はい。酷いものは報告しますけど、ロッテンブルクさんは基本静観でお願いしたいのです。私が自分で対処できる限りですが」

「たくましいのは大いに結構ですが、私もあなたの身を預かっているのです」

「ご迷惑はお掛けしません」

「迷惑がどうこうではありません。私はあなたを監督だけでなく庇護する義務もあるのですよ」

「なるほど!」

「なるほどって、あなた」

 ロッテンブルクさんが密やかに笑う。


 実は、私を侍女に迎える決定をしたのが誰かは知らない。ある日王宮からの使者という子爵がやって来て、私が先代国王の落とし胤であると告げて、侍女採用やらなんやらの話を進めた。その人が私の担当らしいけれど、誰の指示で動いているのかは教えてもらえなかった。複雑な事情があるそうだ。


 現国王は40歳ぐらい。その異母兄である前国王は生きていれば55歳らしい。私が生まれる直前に病死していて、そのせいもあって市井の孤児院に入れられたようだ。あまり子供に恵まれなかった王らしく、現在も生きているのは隣国に嫁いだ35歳の王女ひとりのみ。私は会ったことも見たこともない。


 ちなみに私は父親似らしい。髪の色や質、青い瞳の濃さなんかはまるっきり同じで、二重の幅や鼻筋の通り具合は瓜二つなのだそうだ。

 ロッテンブルクさんにはいつか前国王の肖像画に案内すると言われているけど、まだ実現していないので父の顔は知らない。似ていると言われて嬉しかったから、早く見たいなと思っている。


 とにかくそんな訳で私は何も知らない。母が誰なのかも。生きているのかも。ロッテンブルクさんも何も知らなくて、件の子爵から依頼されているだけらしい。他に私のことを知っているのは侍従長のみと聞いている。


「多分、ロッテンブルクさんが考えているよりずっと私はたくましいですよ」

 何しろ前世の記憶があって享年30歳。ただの17歳より経験値はある。

「困らせるような事態にはならないと思います」

「あなたのそういうしっかりした所は好ましいですけどね。見習いなのだからベテランを頼っていいのですよ」

「ありがとうございます。いざとなったらロッテンブルクさんが助けて下さると思っているから、泰然としてられるんですよ」

「17歳とは思えない口の上手さだわ」


 しまった、初々しさがなかったか。もうちょっと新人らしさがないと可愛く見えないぞ。


 失敗したかなと思っていると、

「あなたは心配なさそうね」

 ロッテンブルクさんはそう言って微笑んでくれた。

 良かった、呆れられた訳ではないらしい。


 ほっとして通りがかった階段に目を向けると、上階からヨナスが降りてくるところだった。バチリと目が合う。

 けれど一瞬のことで、彼はすぐにロッテンブルクさんに会釈をして下階へ向かった。


 木崎のことだから、もう私との間の『設定』は話したのではないだろうか。誤解が解けているといいのだけど。


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