25・1私の両親①
普段は王族貴族が使う広いサロンに、たったの四人。長椅子に並んで座る私とロッテンブルクさん。向かいにはエルノー公爵がひとりでゆったりと座っている。
窓の外は茜色で、魔石を使った燭台がすでに幾つか灯されている。もう少し夕闇が濃くなったら、天井から吊るされた豪奢なシャンデリアも出番となるのだろう。
公爵は従者から渡された書類を一瞥すると、私に差し出した。
受け取る。それは今朝提出した要望書だ。ぱらりと表紙をめくると、朱色のインクの書き込みがあった。読んでみると、まるで小論文の添削のようなコメントだった。
今は夕刻。公爵は、忙しいだろうに当日中に判断を下すという約束を守り、しかもそれが適当ではない証拠をしかと残してくれたのだ。
顔を上げると公爵と目があった。
「マリエット・ダルレ。素晴らしい文章力だ。感心したよ」
「ありがとうございます」
「褒美を」公爵が傍らの従者に声をかける。すると彼は盆を運んできた。小さな巾着がひとつのっている。それが私の前の卓におかれた。
ロッテンブルクさんを見る。次に公爵。
「申し訳ありません。このように丁寧な下賜を想定しておりませんでした。礼儀が分かりません。普通に手に取って構いませんか」
「もちろん」と答えた公爵の声は楽しそうだった。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
巾着を両手で取る。公爵に促されて懐にしまった。
それから彼の講評が始まり、例の伯爵令息に話が移った頃合いで扉がノックされた。
どうぞとの声に扉を開き、顔を見せたのは公爵の長男オーギュストだった。
「父上。ムスタファ殿下が、マリエットのことならば自分も臨席するべきだと仰られるのですが」
彼の後ろにムスタファの顔が見え、目が合った。
立ち上がりつつ、どういうこと?と無言で尋ねてみたけど、反応はなし。
「そうだな」と公爵も立ち上がる。「当然殿下にもお声がけするべきだった。配慮が足らずに申し訳ない」
その言葉に、オーギュスト、ムスタファ、ヨナスさんが入って来た。しっかりと閉じられる扉。
「何の企みだ」とムスタファが公爵を見て尋ねる。
企み? 今朝、彼にはエルノー公爵と要望書の件は話した。企みという言葉は違和感がある。
彼は私とロッテンブルクさんを見た。
「私はあのようなことは言っていない。オーギュストに黙ってついてこいと言われて来たのだ」
「もっと丁重にお願いしましたよ」とオーギュスト。
「殿下には、この場に予定外に加わったふりをしていただきたい。耳目を憚る話をするのでね」
公爵の言葉に心臓がどくりとする。
仕切り直しで、公爵の隣にオーギュスト、私を挟んでロッテンブルクさんとムスタファという位置で席に座った。
「さて、マリエット」と公爵。「君に子爵を遣わしたのは、私だ」
やっぱり!
「ひとつずつ、話そう」公爵がムスタファを見る。「彼女、マリエット・ダルレを侍女として王宮に上がらせたのは、私だ、殿下。何故なら彼女は先代国王マルスラン陛下の落とし胤だが、理由があってそれを明らかにできない。善後策で、侍女として礼儀作法と教養を学んでもらう予定だ」
ムスタファが私を見る。驚いている顔だ。
「知ってたのか?」
うなずく。
「なんで教えてくれない!」
「秘密を厳重に守る必要がある」公爵が私に代わって答える。「彼女に、私が支援者であることを隠していたぐらいだ。だが彼女はどうしてもムスタファ殿下に伝えたいと何度も望んでね」
「黙っていて、ごめんなさい」
木崎は軽く頭を左右に振った。
「母親は?」
「教えてもらっていないのです」
再び公爵を見る。
「マリエット。君に謝らなければならない。先代国王が君の父親というのは嘘だ」
……は?
「どういうことだ!」ムスタファの鋭い声が飛ぶ。
「正しくは」と公爵。「祖父なのだ。君は彼の娘が人知れず生んだ子だ。複雑な事情があるゆえ、とりあえず分かりやすいよう国王の落とし胤ということにしてしまった。だが昨日、肖像画の前に立つ君を見て、己がいかに浅薄だったか気がついた。申し訳ない」
体から力が抜ける。ようやく会えたと思った父は父でなかった。
茫然となる私の、手が突然圧迫された。見たらムスタファが強く握りしめていた。
「ならば彼女の母は? 父は?」と木崎。
反対側では泣きそうな顔のロッテンブルクさんが私の背に手を回している。
「残念だが」と公爵。「ふたりとも既に亡くなられている」
◇◇
私の母は王女だった。だけど身分の低い近衛兵と恋仲になり駆け落ち。怒った先代国王は、王女は死去したことにして葬儀まで営んだ。
ところが三年後、夫を亡くした王女はひとりきりで私を産んだ。かつて自分に仕えていた侍女を頼ろうとしたようだけど、その侍女はとうに亡くなっていたのだった。
ただ、そのことは国王の耳に入ったらしい。死の床で、当時宰相だった先代エルノー公爵に娘と孫のことを探してほしいと頼んだそうだ。
それからすぐに国王は崩御。それでも先代公爵は捜索を個人的に続けたが、難航。数年後に見つかったときには、既に王女は他界していた。
一方で政治の世界での公爵は非常に微妙な立場にあった。新国王フーラウムは彼を蔑ろにし、妻の父を重用。あまつさえ辞職を迫られていたのだ。
国王夫妻には不気味な噂が立ったこともあり、公爵は家名と家族を守るために政治から距離を置くことを決断。ゆえに先代国王の孫娘に関わるのも、ここまでとした。
幸い孫娘は都の公営孤児院にいる。遠くからではあるが、見守ることならできる。
そうしてエルノー公爵は沈黙し、私は何も知らないまま、育つことになった。
その先代公爵は昨年亡くなったのだけど、やはり死の床で息子に、一連のことを伝えたのだそうだ。
「先代は彼女を見捨てたのか」とムスタファ。声に怒りがある。
「父なりに怪しまれない程度の寄付はして、様子も見ていた。もう少し何かできたはずと私も思うが、宮廷を半ば追放された父にとって、それは人情の話であって義務ではないのだ」
ムスタファを見る。複雑な表情をしていた。穏やかならざる『追放』をしたのは、彼の父親だ。
「幸い私は無欲を貫いたため、宮廷に居場所はある。だがそれはやはり家と家族を守るためだ。息子には良い形でエルノー家を引き継ぎたいのだ。
私がマリエットに関わるのも、やはり同情でしかない。タイミングさえよければ、彼女は王宮で生まれることができただろう、というね。
彼女に血筋に相応しい教育と身の安全、生活の安定を提供し、尚且つエルノー家を守り続ける最良の方法を考え、出た結論が侍女だった。
だがこれも、浅薄だった。出身を理由に虐げられるとは夢にも思わなかったのだ。マリエット。すまない」
公爵が頭を下げた。
いつもお読み下さり、ありがとうございます。
前回の後書きに載せた『溺愛回避』のバレンタイン小話は、気にいらなかったので削除しました。
代わりに新しい小話(全4話)を掲載します。
◇おまけ小話『バレンタイン・イベント』①◇
マリエットのお話です。
本編とは全く関係ありません。パラレルワールドです。
目が覚めて半身を起こして伸びをする。清々しい朝。良い天気になりそうな空気だ。
と、ピコン!と電子音がした。空中に
『バレンタイン特別企画』というピンク×ブラウンの丸みを帯びた大きな字が現れる。
その下には小ぶりな字で『今日だけの好感度を爆上げするチャンス! 気になる攻略対象にチョコを贈ってみよう!』
これは、と目をみはる。バレンタインにちなんだ限定イベントだ。今のこちらの世界は初夏だけど、あちらが2月14日ということだろうか。だとしたら、のんびりはしていられない。このイベントは一日限り。しかも幸運なことに今日は休みだ。ようやく受け取れた慰謝料もあるから、チョコを買うお金もある。
急ぐのだ!
飛び起きると身支度を始めた。
◇◇
「街にチョコを買いに行きたい?」とルーチェが聞き返す。
身支度を終えると、すぐに彼女の部屋を訪れた。
カールハインツに贈るような良いチョコを買うためには、街中の専門店に行かなくてはならない。だけど以前の私には縁がなかったので、お店をひとつも知らないのだ。そこで同じく休日のルーチェに案内を頼んでみた。
「いいわよ。元々出かけるつもりだったから。私の買い物にも付き合ってくれるでしょ?」
「もちろん。ありがとうございます!」
ルーチェはにんまりとしたのだった。
その笑みの理由は、外出のために城を一歩出たところで判明した。綾瀬のレオンが待っていたのだ。
「あれ、なんでマリエット?」
綾瀬は見えないしっぽをぶんぶん振りながら、満面の笑顔で駆け寄って来た。
「チョコを買いに行きたいのですって」とルーチェ。
「トイファーさんはね、あなたへのプレゼント。私はアドバイザー。デートじゃないから勘違いしちゃダメよ。トイファーさんが可哀想だから」
「僕はマリエット一筋だ」
綾瀬が私の手を取ろうとしたので、急いで背中側に隠し、更に後ろにとびずさる。
「警戒しすぎだ! 泣くよ!」と綾瀬。
ルーチェは楽しそうに笑っている。
「あ」とレオン。上を見上げている。振り返ると、窓からムスタファがこちらを見ていた。ルーチェが膝を折って挨拶する。仕方ない。私も侍女らしく儀礼的な挨拶をした。
ムスタファは挨拶を返すことなく、ふいと背を向けて姿を消した。
◇◇
綾瀬は私にどうしてもプレゼントを贈りたいのだと譲らなかったので、手頃な値段のハンカチを買ってもらった。『手頃』というのは、あくまで伯爵令息にとってで、私にとってではない。それをルーチェとお揃いで。ルーチェには今日、付き合ってくれたお礼だと言っていた。
私たちふたりにもらったのだと思えば、なんとなくは気が軽い。
それからチョコ専門店に行って、三粒入りのセットをたくさん買い込んだ。
「そんなにいっぱい食べるの?」
ルーチェが驚いている。
「違いますよ」
「僕が持つ」と綾瀬。
「いいの。これは私が持たなきゃいけないから」
「ふうん?」
帰り道、ルーチェが私には敷居の高いお店に入っている間に、
「ゲームイベントなの。どうやら前世のほうだと今日はバレンタインみたい」
と綾瀬に説明をした。
「なるほど。というか、まさか攻略対象全員に配るのですか?」
「ううん。そこは厳選」
「僕もほしいなあ」
レオンが屈託のない笑みを浮かべて、両手を差し出す。
「お手かな?」
私は握った手をその上にのせた。
「マリエットが犬なら、めちゃくちゃモフりますよ?」
「私は犬じゃないから」
「じゃあチョコ」
「ムリにもらって嬉しいの?」
いつの間にか戻ってきたルーチェがそう言うと、レオンは肩をすくめて素直に諦めたのだった。
◇◇
城に帰りつき、レオンは
「別れの挨拶」
と言ったが早いか、私の頭に口づけた。
「手慣れた感じが女ったらしっぽくないですか?」
とルーチェに言ってみると彼女は爆笑して、綾瀬はあせあせし始めた。
抱えていた紙袋から、チョコをひと箱取り出す。
「はい、レオン。義理ね」
そう言って差し出すと、綾瀬の頭に幻の犬耳がぴょこんと立ち上がった。
「マリエットぉ」
と言って抱きついてくる。
「殴るよ!」
「いいよ!」
「チョコあげない!」
「……仕方ない」
しぶしぶと離れるレオン。
ほっとする。
「次にやったら、絶交だからね!」
レオンは何故かふふっと笑った。
「あなたはなんだかんだで、人を突き放せないでしょう」
ぐっ。バレている。
「確信犯ね」とルーチェ。「ムスタファ殿下に密告しちゃうわよ。クビになってもしらないから」
いや、それは色々おかしい。ムスタファとはそんなのではないと、彼女は知っているのに。
だけど、綾瀬は
「クビは困る。じゃあおとなしく退散するか」
と言って爽やかな笑みを浮かべ、チョコを大事そうにしながら帰って行ったのだった。
《続く》




