24・〔幕間〕第一王子と宝石商
卓上に広げられた白い天鵞絨。そこに大粒の宝石が並べられていく。サファイア、エメラルド、アメシストにルビー等々。どれも大粒だ。
「ムスタファ殿下から初のご依頼ですからね。特に上等なものをご用意いたしました」
俺は月の王らしくアンニュイに頷いてみる。今まで一度も自ら宝石商を呼びつけたことはない。彼も太客獲得のために力が入るのだろう。
卓を挟んだ向かいで宝石商のクリストバル・ベネガスがビジネス笑顔を浮かべている。この男も攻略対象だが、宮本は今のところほとんど接点はないと言っていた。人払いをしたサロン。いるのは彼と俺、ヨナスの三人のみだ。
「殿下のお好みはアメシストだったかと思いますが」とベネガス。
「私の好みというより、ヨナスの好みだ」
ベネガスの視線が探るように動いた。呼びつけたことがないだけで、初対面でも初購入でもない。だがまともに会話をしたことは、ないはずだ。
「そうでしたか。では、本日はいかがいたしましょう」
必要なのは、ヒュッポネンに魔法をかけてもらうためのものだ。宝石としての美しさより、三分割したときに小さくなりすぎないサイズであることが重要になる。
「だけどやはりアメシストでしょう」
傍らに立つヨナスが言う。睨んでやるが涼しい顔をして素知らぬふりだ。
欠片のひとつは宮本が持つし、彼女は先日俺を想起させるアメシストの髪飾りを拒んだばかり。
「エメラルドはなしです」とヨナスが勝手に決める。「天敵フェリクス殿下の瞳の色ですから」
ベネガスは頷いて、ひとつのサファイアを絹の手袋をはめた手でとった。この中では小ぶりのものだ。
「こちらのブルーサファイアなどいかがでしょう。彩度が強くベルベットのような質感が美しい。大変に良質な品でございます。大きすぎないサイズですから、どんな方でも身につけやすいでしょう」
どことなく引っかかる物言いだ。どんな方とはどういう意味だ。いや、俺の気にしすぎか。
「今回は大ぶりのものが欲しい」
ベネガスはなるほどと手にしていたものを置き、大きなルビーを手にする。
「フェリクス殿下のお髪ですね」とヨナス。
そんな横槍を受けながらも、予定が詰まっているので短時間のうちに大粒のブルーサファイアに決めた。
「代金は倍、払う」
ベネガスのビジネス笑顔が一瞬だけ固まった。が、
「畏まりました」と何でもないように答える。
「訳があってこれは後程分割せねばならない」
ベネガスは無言で頷く。
「その後に装身具にする。その際はまたベネガス商会に頼むから、大粒の購入、分割のことは内密に」
「望まれるならば、我々からは一滴の雫すら漏れることはありません。だからこそ長きにわたり、こちらへの立ち入りが許されているのです」
「頼もしい」と褒めておく。
ベネガスはサファイアを豪奢な小箱に詰めて銀のトレイにのせてヨナスに手渡す。これで用件は終了。椅子から立ち上がろうとしたところでベネガスが、
「しばしお待ちを」と引き留めた。
そうして床に置かれた荷物の中から、箱を取り出した。年月を経た白木のもので、細長い。
「こちらは会長から殿下への贈り物でございます」
今回の依頼には会長自ら馳せ参じたかったのだが、どうしても外せない地方での仕事があり都を出ざるを得なかった。その詫びも兼ねて、とベネガスは説明したあとに、
「こちらもまた、秘密にと仰せつかっております」と恭しく述べたのだった。
「中には何が」とヨナス。
「存じません」
木箱を受け取ったヨナスが俺に確認をしてから、卓上で静かに蓋を外した。中には巻いた紙と一通の手紙。手紙は新しかったが、紙のほうはやや古びている。止めるための平紐は紫で、真珠とタッセルが付いていた。
巻物を手に取り、紐をほどく。カサリと立つ音。二枚ある。
開いたそれは、青みを帯びたインクで描かれた装身具のスケッチだった。首飾りなのか、繊細な細工物で真ん中には紫色の彩飾がされたチャームが下がり、『アメシスト』との書き込みがある。
何故これを俺に、と思いながら下の紙を見る。それが何か理解した瞬間、息を飲んだ。
こちらは一枚目の装身具を額に付けた女性のスケッチだった。髪は白に近いグレイに塗られ、瞳は紫。何より俺によく似ていた。
「これは……!」とヨナスの声がする。
目前では困惑顔のベネガスが首を左右に振っていた。
◇◇
白木の箱はベネガスに返し、スケッチと手紙は懐に隠して自室に戻った。
定位置に座り、改めて、会長――クリストバル・ベネガスの祖父コンラッドの手紙を読んだ。
それによれば、二枚のスケッチを描いたのは父フーラウムだという。母との結婚が決まってすぐにこれをコンラッドに渡して、この通りに作るよう依頼したのだという。その時の話ではファディーラを驚かせたいから秘密厳守だ、ということだった。
実際にこの額飾りをファディーラは相当に喜んだそうで、あまり社交界に顔をみせなかった彼女がわざわざコンラッドに礼を言いに来たそうだ。
ファディーラ没後に実物がどうなったかは分からないが、ベネガス商会は手掛けた商品のデザイン画は残す方針なので、このスケッチを今まで保管していたという。
ただこの通り、スケッチにはファディーラの似顔絵がある。そこで、恐らくは母の顔を知らない王子に、お付き合いの印にと贈ることにしたそうだ。
思いもよらずに見ることになった母の顔。それは魔王なんて言葉とは縁遠い、優しい表情をしていた。これをフーラウムが描いたとは、どういうことだ。ますますふたりのことが謎になる。
「ムスタファ様」
向かいから、ヨナスの固い声がした。見れば顔も強張っている。
「こちらの額飾り」と彼は母の絵を示した。「我が家に伝わる肖像画が付けているものと同じです」
ゆっくりとその言葉の意味を考える。シュリンゲンジーフに伝わるそれは、人間に氷漬けにされる前の母を、義妹が描いたもの。
スケッチは父が母に内緒で描いたものと思われる。
このふたつが同じ額飾りをしているのは、何故だ。
ヨナスを見るが彼も戸惑い顔のままだ。
「そうだな……。ふたりが出会ったときに母はオリジナルを所持していて父も見知っていた。だが何らかの理由で失われ、父が新しく作り直した」
「それなら説明がつきますね」ヨナスの顔から力が抜ける。
この考えが正解だろう。そうなるとやはりフーラウムは、少なくとも最初のうちは母を大切に想っていたことになる。
スケッチの母は優しい笑みを父に向けているのか。父はそれを写し取ったのか……。
「ヨナス。母の肖像画の到着はいつだったか」
シュリンゲンジーフに伝わるそれは俺がもらえることになった。だが母の肖像画が他国にあることを説明はできないから、あくまで秘密裏の譲渡だ。だからヨナス宛ての荷物に隠して通常の輸送ルートで届くことになっている。
「二、三日の内に」とヨナス。
「……その母とこちらは似ているか」
スケッチに目を落として訊く。
「ええ、とても。ですがこちらのほうが、お優しく見えますね」




