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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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3・4再び夜の会合②

 王宮の外の話をきっかけに、私のことも聞かれて少し話した。


 生まれて間もない頃に孤児院の前に捨てられていたこと。名前はおくるみに刺繍してあったこと。

 孤児院のスタッフは良い人たちで、生活に必要な知識と魔法を教えてくれたこと。

 王宮に上がる前に、公爵邸でメイドとしての教育を受けてきたこと。


「木崎……、いや王子はどんな人生を送ってきたの?」

「別に。普通。語ることなんて何もねえな」

「ふうん」


 もぐもぐとチーズを食べる。

「おかわり」

「ねえよ! 食いしん坊か」

「だったらワイン」

 木崎がこちらの様子を伺っているようだ。

「大丈夫。さっきと同じ量をちょうだい。それで終わりにする」

 ため息と共に差し出された瓶。

「王子に注がせちゃって悪いね」

「1ミリも思ってないくせに」

「正解。むしろ木崎に酌をさせるなんて、優越感」

「不敬罪でしょっぴいてやろうか」

「本当にそんな罪があるの?」

「お前限定で作ってやる」

「それならこっちは、半魔だって言いふらしてやる」


 注がれたワインを口に運ぶ。

 私、また調子づいているな、と思う。やっぱり木崎と話すのは遠慮がいらないから舌がよくまわる。お酒のせいもあるかもしれない。


「うん、酔ってるかも」

「自分の足で帰れよ」

「もちろん。……別に言いふらさないから」

 ぷっ、と吹き出す音がした。

「分かってるって。お前は卑怯な手を使わない。それが欠点。ときには姑息な手も搦め手も使え、でないと行き詰まるぞとしょっちゅう指導されてるだろ」

「……よくご存じで」

「みんな知ってるだろ。お前んとこの課長は声がでかすぎるんだよ。全部筒抜け」

「だよねー」


 はははと笑いながら、ふと木崎の言葉が過去形でなかったと気がついた。

 私も木崎とこうやって話していると、明日普通に出社するような感覚になってしまう。だけど冷静になれば、目に見えるのはビル街ではなく城で、聞こえる声は木崎のような喋り方をする耳に馴染んでいない声だ。


 少しだけしんみりして、でも直ぐに立ち直る。


「そうだ。《隊長を肉食女から守る会》について、何か知っている?」

「何も。ヨナスから、そんなものがあるらしいって聞いただけだ」

「ちょっと引っかかるんだよね」


『肉食女』という言葉が。こちらの世界で聞いたことがないのだ。王宮内で流行りの言葉かと思い、先輩見習いたちに尋ねてみたけど分からなかった。


 そう話すと木崎のムスタファは、確かにとうなずいた。

「草食系、肉食系って前世の言葉っぽいでしょう? ゲームには多分だけど存在していなかった会だし、もしかしたら他にも社の人間がいるのかもしれない」

「だとしたら誰だ? 可能性が高いのは、避難誘導していた奴だよな」


 それは私も考えた。けれどその先には進んでいない。

 カールハインツ隊に転生者がいるのか、他にいて頼まれて会を結成したのか。見当もつかない。


 ちなみに隊員は全員男だ。この世界に女性の騎士や兵士はいない。魔法に秀でた数人の女性が魔法戦士として存在するけど、平和な世の中だから古い魔法戦闘の研究に携わっているようだ。


 私が近衛兵に接触できればいいのだけど、新人見習い侍女には自由時間なんてほとんどないから難しい。


「お前、カールハインツ隊の前で社歌を歌ったら?」と木崎。

「できるか!」

 機会もないし、愛しのカールハインツの前でそんな奇行はしたくない。

「なんで。手っ取り早いじゃん」

「それなら木崎がやってよ」

「俺はそんなキャラじゃない」

「大丈夫、最近のムスタファ王子は奇行が多いと思われているから」

「なんでだよ!」

「早朝ジョギング」

「あ」

「『登ったりおかしな動きをしたり奇行が報告されています』って聞いてる」


 月の王ムスタファ王子はがくりと頭を下げて、額を押さえた。

「……人目は避けてたつもりだけど、見られていたんだな」

「自分が目立つ王子だって自覚ある?」

「ある」きっぱり。「まあ、それは今はいい。俺は歌わないからな」

「ケチ。私は歌いたかったとしても無理。自由時間はないし、カールハインツ隊の勤務シフトが分からないもん」

「それぐらいは入手できる。けどお前の勤務時間はな。口出しできるだろうが、表立って関わりたくない」

「私だって困る」


 ふたりして腕を組み、ううんと考える。

 社の人間がいるなら気になるけど、それが苦手な人なら関わるのは遠慮したいし。難しいところだ。


 パチン、と木崎が指を鳴らした。

「さすが、俺。いいアイディアだ。お前、侍女なら裁縫できるだろ? 社章のワッペンを作って近衛の詰所辺りに落とす」

「社員なら驚く?」

 そう、と王子。


 正直なところ面倒な作戦だ。私に余分な時間はない。だけど策自体は悪くない。もっと簡単にできないだろうか。というかワッペンじゃなくて木崎が書いた社章でいいのでは?

 ううむ。


「ああ、そうか。見習いは自由時間がないと言ったな」

 黙っていたら、木崎が済まなそうな声を出した。やめてくれ気色悪い。

「いや、策は良いと思う。ここは発案者として一肌脱いでくれる?」

「裁縫を覚えているか分からん。ボタン留めしか自信がない」

 思わずぶっと吹き出す。

「ボタン留めできる王子、いいね」

「宮本に褒められるとか、恐ろしすぎる。何をさせる気だ」

「木崎のプライドを刺激しつつ、資金提供?」


 豊かな生活をしている王子に、いらない指輪か何かをくれと頼む。ムスタファはためらうことなく、金の指輪を抜いて差し出した。

「ありがと」

 二人の間にハンカチを広げて真ん中に指輪を置いた。ランプの灯りを大きくして木崎に持たせる。


 指輪に手をかざして呪文を唱える。難しくはない。短い、簡単なもの。


 指輪はすぐに形を失くし砂金の山になった。真ん中に宝石がひとつ埋まっている。それを指先でつまみ上げて

「これは返す」

 と渡した。


 ため息をつく王子。

「すごいじゃん、お前」

「これは中級の下。まだまだこれから」


 再び指輪だったものに手をかざして呪文を唱える。今度は長く難しい。集中力も魔力も倍使いながら、頭の中には社章をしっかり思い描く。


 金の粒がさらさらと動きだし、やがてそれは形づくった。


 ほっと息をつき、額の汗をぬぐった。

 ムスタファがそれを手にする。

「社章……」

「わりと完璧じゃない?」

「……すごいな」

「まあね」

 木崎は憮然としている。同等のライバルだった私との魔力の差がショックなのだろう。


「金属なら何でも出来るんだ」

「……すごいじゃん」

「だけど顆粒状に出来るのは掌サイズ以下で、多分だけど500グラムぐらいまでのものかな。形に出来るのは指輪ぐらいのサイズが限界。実用的ではないんだよね」

「十分実用的だろ」


 この魔法。ヒロインマリエットとしては、ものすごく重要だ。

 金属を顆粒状に変化させるのはゲーム中盤で、攻略対象の魔術師に習う。イベントをこなして習得しないと先に進めない。なにしろ倉庫に閉じ込められたときに、蝶番を変化させて扉を外して脱出しなければならないからだ。

 逆に形作るほうは、やはり攻略対象の宝石商に習う。習得しないと彼とのルートはバッドエンドになるらしい。


 前世の記憶を思い出したときに、公爵邸の銀食器なんかをちょっとばかりお借りして練習しておいたのだ。ほとんどのものが元の形に戻らなかったけど。だって指輪サイズにしか形成できないとは思わなかったからさ。

 ……執事は銀食器が複数の珠に変わる怪奇現象に頭を悩ませていた。まあ、それは置いておいて。


 木崎は社章をまだ見ている。だけどその映像は脳には届いてはいないのだろう。奴の性格を考えたら、きっと相当に悔しいはずだ。

「王子は『王子』の力で貢献してよ」

 ムスタファが顔を上げ、目が合う。だけど何も言わなかった。よほど悔しいのだろう。


「これを詰所前で拾ったとカールハインツに届けてさ」

「食い付く奴がいるかどうか、か」

 そうと答える。

「ヨナスに頼むか」

「お願いします」


 それから幾つか打ち合わせをして、お開きとなった。


 結局この先もムスタファと距離をおけないぞ、と気づいたのはベッドに入ってからだった。


 けれど、まあいいか。カールハインツ攻略のために利用できるものはしないと。謎の会には対抗できないかもしれないからね。





◇おまけ小話◇

◇異国の王子フェリクスは叱られる◇


「昼間のアレ、何だったんです?」

 従者が寝酒を差し出しながら訊いてきた。

「どの『アレ』だ?」

「ムスタファ殿下に見習い侍女の話。あの殿下は噂話には興味がないでしょう」

「そうだけどな」と答えつつグラスを受け取り、故郷の酒をクイッと飲み干す。「最近のムスタファは私に寛容になったと思わないか? 目付きが違う」

「それは思いますけど」と従者。

 グラスを返し、ベッドに横になる。

「その確認、というところだ。低俗な女絡みの話をしても、嫌悪を見せなかった」

「確かに」

「あの『月の王』に何があったのだか」

「奇行の噂は耳にしていますが、原因までは」

「堅物近衛もおかしいようだし、面白くなりそうだな?」


 はあっ、と大きなため息が聞こえてきた。

「あなた、自分が何をしにこの王宮に来たかを分かっていますか?」

「分かっているって。そう怒るな」

 従者をなだめつつ、昼間の見習い侍女を思い浮かべる。近衛の噂とは関係なしに興味がわいた。

 なかなかちょっかいの出し甲斐がありそうな娘だった。


「義務を果たしつつ、日々も楽しむ。いいじゃないか、そのぐらい」

「あなたは割合が逆転しているから問題なんですよ」

 ガミガミと小言を言い続ける従者。面倒なので目をつむり、夢の中に逃げることを試みた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 夜の会合、何とも言えないドキドキ感があります。コソコソとワインを飲んだり社章を作ったりするところにリアリティーを感じました!
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