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溺愛ルートを回避せよ!  作者: 新 星緒


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23・2突撃作戦

 足早に階段を下りていると、上ってくるルーチェに出くわした。


「ああ、良かった! 運が向いている!」

 彼女は私の顔を見るなり嬉しそうに声を上げると、

「来て! 急ぐのよ!」

 と一言、スカートをつまんで今度は階段を下り始めた。彼女らしくない早足だ。


 切り替えだよマリエットと、もう一度だけ念じて先輩侍女のあとに続く。

「何のお仕事でしょう」

「昨晩の夜勤はカールハインツ隊だったの。終了が遅れているみたいで、急げば間に合いそう」


 ん?と考える。


 ルーチェが振り向く。いたずらげな表情だ。

「お仕事ではないわ。あなたのためのミッションよ」

 それはカルラの誕プレの相談をして、尚且つデートに誘うアレか。

「……仕事をサボって大丈夫ですか?」

「サボりではないわ。姫様への贈り物ですもの、重大な用件よ」


 ルーチェの話だと次のカールハインツの仕事は明日の日勤で、城への出勤時は私はムスタファの元にいるから無理、仕事中のシュヴァルツ隊長に余計なことを相談すると印象が悪くなりそうで良くない、ということで、今がベストタイミングなのだそうだ。


 私のために話しかけるタイミングまで考えていてくれたらしい。もやもやが落ち着き、代わりに嬉しくなった。




 ◇◇




 近衛府がある側の庭には隊専用の広場があり、ルーチェと私はそこを目指して急ぎに急いだ。出退勤する近衛はそこでミーティングをする。


 すれ違う侍女に、何の仕事かと尋ねられたときに頼もしい友人は

「秘密だそうよ!」

 と巧みにかわした。


 そうしてたどり着いた広場は、城での勤務を終えた隊員たちが散り散りに去っていくところだった。

 カールハインツはと探すと、引き継ぎをしたらしき別の隊長と今まさに別れたばかり。

「よし。行くわよ」とルーチェ。

 とたんに心臓がバクバクいいはじめた。


「怯んでいる場合じゃないでしょう!」

 と、彼女に腕を取られて引っ張られる。まるで女子中学生の告白だ。三十路でこれは痛い。

 だけど。前世の私は友達の恋を応援するばかりで、逆はなかった。これはこれで楽しい気がする。それに今の私は十七歳だし。


 周囲に目を配り、離れたところに綾瀬のレオンをみつけた。こちらを見ている。軽く頭を下げて挨拶をする。

 彼には、これからはもっと積極的に行動すると、昨日伝えたばかりだ。綾瀬は不満げだったけど、彼だって私の意見を無視して積極的にぐいぐい来るのだ。同じではないか――とルーチェが主張していた。


 近衛だらけの広場に侍女ふたり。視線が集まりだし、カールハインツも私たちに気がついた。

「失礼します、シュヴァルツ隊長」とルーチェ。「少しお時間をいただけますか」

 黒い瞳の鋭い目が彼女と私を見る。

「他にどなたに相談してよいか、分からないものですから」

 ルーチェは堂々とそう言ってから私を見て、ね?と可愛く同意を促した。


 私のために、こんなにがんばってくれているのだ、私も前世三十路の意地をみせなければ。


 そう考え、ぐっと気を引き締める。

「そうなのです、やはりシュヴァルツ隊長の意見が一番確実です」

「おやおや、何事だろう」ニヤニヤ顔のオイゲンさんが近寄って来た。「言ってごらん」

 副官の言葉にカールハインツがうなずく。

 良かった。


「カルラ殿下のお誕生日が近いと伺いました」

 そう切り出すと、黒騎士の顔がわずかに緩んだ。


 姫様には良くしてもらっているから、贈り物をしたい。今までのように手作りで、彼女が喜ぶ品がいいのだが何も思い付かない。そこで姫様憧れの人、本人の意見を聞かせてほしい。


 そう話すと、

「なるほどね」オイゲンさんが腕を組む。「いっそのことカールにリボンをつけて贈ったらどうだろうか」

 カールハインツにリボンをつけたプレゼント……。想像するだけで鼻血が出そうだ。

「って、それは君が欲しいかな?」再びニヤニヤ顔のオイゲンさんが、私の目をのぞきこむ。

「滅相もないことです!」

 オイゲンさんはプハッと吹き出して、冗談だよと笑う。


「どうでしょう。何か良案はないでしょうか」

 頼もしい友が再び仏頂面になった騎士に尋ねてくれる。

「私は姫様に女らしく育ってほしいのだ。ままごとセットを勧めたい。だが姫様が喜ぶ贈り物を、という心意気は良い」

「本当に面倒だな、お前は」と副官。「私はうちの隊の記章を勧めるね」

「それは駄目だろう。偽造は罪になるぞ」カールハインツはにべもない。

「偽造じゃない」オイゲンさんは左二の腕にあるそれを指差した。部隊名を表す三本の剣と、デザイン化された三が刺繍されている。「明らかに違うように大きくして、『三』の代わりにカールの『K』にする」

「いいですね!」

 だろ?としたり顔のオイゲンさん。「カールの許可も得たし、問題なし。姫様も喜ぶこと、間違いなしだ」

「俺はまだ賛否を言ってない」

「まあまあ」


 オイゲンさんは上司をいなして話を進める。どうやら彼は、幼い姫が憧れの人の服を着て騎士ごっこをしていることを知っているらしい。記章は貸せないし基本的にはスケッチも不可だから、よく見て覚えなさいと、なかなかに協力的だ。

 カールハインツとの親密度アップはいったん忘れて、オイゲンさんとの話に夢中になっていると。


「失礼します」と聞き慣れた声がした。綾瀬、ではない、レオンだ。

「ひとつ提案があるのです」

 真面目な顔をして、邪魔をしに来たのだろうか。そう疑ったけどレオンは、例の騎士のお守りを挙げた。


「それも良いな 。セットで贈れば、近衛の気分により浸れる」とオイゲンさん。

「今度、僕が案内するよ」レオンが私に笑顔を向ける。

 それは困る。私はカールハインツを誘いたかったし、何より目的がなんであれ綾瀬との外出はよくない。気を持たせてしまう。


「ごめんなさい。お守りは欲しいけど、あなたと二人での外出はできません」

「それは悲しい」レオンは眉を下げ、それからカールハインツに顔を向けた。「隊長も一緒に来てもらえませんか」


 え?

 聞き間違いだろうか?


「二人きりだと彼女に警戒されてしまう。隊長がいれば、了承してもらえると思うのです。お願いです、可愛い部下を助けて下さい」

「……捨て身の作戦だな」オイゲンさんは気の毒そうな声音だ。


「ルーチェと、四人で行きましょう。それならみんな、安心でしょう?」

 レオンが言葉を重ねる。

 一体何を考えているのだろう。『隊長を肉食女から守る会』会長としても、私の恋には反対のはずなのに。そうまでして私と出掛けたいのだろうか。


「彼女の外出には誰かしら近衛が付いたほうが、()も安心すると思いますし」

『彼』?

「確かにな」と、オイゲンさんは納得している。


 彼とは誰のことだ。やけに強調した。あまり考えたくないけど、やっぱりムスタファのことだろうか。だとしたらオイゲンさん、簡単に納得しないでほしい。


「……そうだな。殿下は大分心配性のようだし」

 レオンがぼやかしたところを無視したカールハインツは意味ありげにそう言って、私を見た。「仕方ない。警護として同行しよう」

「決まりだ」

 嬉しそうに私を見る綾瀬のレオン。

「良かったじゃない」

 ルーチェも笑顔だ。


「ありがとうございます」

 みんなにお礼を言いつつ、私は嬉しいような、納得いかないような、複雑な気分だった。だってカールハインツは、完全に誤解を元にした王家への忠誠心からだ。嬉しそうな綾瀬にも胸が痛む。


 それに近衛たちだけで話が決まり、私は何もしていない。

 教会への案内を頼む段取りをルーチェと一緒に考え決めていたから、実行できなくてちょっとばかり淋しい。




 ◇◇




 外出の日取りまであっさり決まり、ルーチェとふたりで来た道を戻り、建物の中に入る。もう近衛たちの姿はない。


「上手くいきすぎていて、びっくりです。ルーチェさんの作戦のおかげですね」

「そうね。あと、レオンさん。良いアシストをしてくれたもの。敵に塩を送るようなことなのにね」

 そうですねと答える。


 別れ際、綾瀬はこそっと私の耳に、

「貸しです。あとでご褒美をもらいますからね」

 と囁いた。むしろ下心ありだった、ということにほっとする。


「……ねえ、マリエット。ムスタファ殿下と何があったの? あんな顔で歩いていたら、またあることないことを噂されるわ」

 頼りになる友人は、いつもの噂好きな興味津々風情ではない。周りの人気ひとけも確認していた。


『別に何も』と答えようかと思ったけれど、彼女には話を聞いてもらいたいような気がする。だけど、どのように説明すればいいのだか。悩み、結局

「殿下は私には弱音を吐きたくないみたいです」

 とだけ伝えた。

「なるほど。あなたはムスタファ様に弱っている姿を正直に晒してほしいのね」とルーチェ。


 ……改めて言われると、なんだかすごい恥ずかしい。


「最近の殿下の頑張り様は凄まじいものね。きっとみっともない姿を見せたくないのよ」

「それは分かっているのですが」

「分かっているのに望むの? マリエットは案外欲張りね」

 ルーチェは楽しそうなにんまり顔だ。

「だけど」と彼女の顔から笑みが消える。「私としては健気なレオンさんのことも、それぐらいに考えてあげてほしいわ」


 彼女と綾瀬はすっかり仲良しだ。

「善処します」

 私はそう答えるので精一杯だった。


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