22・〔幕間〕魔術師は戸惑う
魔術師ヴォイトのお話です。
「魔力を封印?」
思わず言葉を復唱しちまった。もしかしたら地の顔が出ていたかもしれん。仕事用の仮面を心の中でかぶり直す。
「そうなのだ」
月の王と称賛される美しい王子は、憂いを帯びた顔を保っている。俺の声が裏返り気味だったのはスルーを決め込むらしい。
「古い魔法書を調べてみても、魔力が皆無というのは珍しいとある。ましてや王族には例がない。私の母については不穏な噂もあるようだし、何らかの理由で私の魔力が封じられているのではないだろうか」
なるほどと返事をしながら金銀の箔押しがされた魔法書の表紙を指でなぞる。
こいつが突如、魔法を使えるようになりたいと言い出したのはいつだったか。マリエットが見習いを始めた、前か後か。必死になる理由は彼女なのか違うのか。
月の王は深く悩み、たどり着いた可能性を私に尋ねている風情だ。玲瓏とした美貌には苦悩の影が見え……なくもない。
以前の彼なら、ああ、悩んでんだなと思っただろう。けども今の彼じゃ。魔力ゼロの事実を気合いで覆そうとしているパワフルさだ。悩む時間があったら実戦練習をするに決まっている。
となると封印云々は誰かの入れ知恵か、俺には話せない根拠があるかのどちらかじゃなかろうか。
「体の動きを封じる術があるのなら、魔力を封じる術があってもおかしくはない。どうだろう」
「理論的に考えれば、あるでしょう。魔法を戦に使っていた時代もあるのですからね。ただ、ひとりの人間を永続的にとなると、どうでしょう」
温和で懇切丁寧、高い魔力を鼻にかけない腰の低さ。それが売りの魔術師ヒュッポネンだ。
『そんな凄まじく魔力を消費しそうな高度な術を使える奴なんていねえよ』と言いたいところを、穏やかな言葉に替えて口にする。
相手は王子。今のところ次期国王になる可能性は五分五分。全力で、媚びに見えない媚びを売っておいて損はない。いずれ俺が魔術師団のトップになるためには、必要なことだ。無意味な魔力開発にだって付き合ってやる。
「あるとするなら、分類的には何になると思う」
憂い顔の王子のはずが、目付きが鋭くなっている。
「そうですね。攻撃系なのか防御系なのか。いや、そもそも戦闘系なのか」
一応は真面目に考える。
「先ほどバルナバス殿下が使っていた防御魔法の系統で、場に魔法が無効化される術をかけることはできます。一定時間のみですけどね」
これも結構な大技だ。滅多に使うことはないが、魔力の大きな人間が犯罪をし、なおかつ生きたまま捉えておかねばならないときに、牢獄にかけると聞いている。だから魔術師団では常時、この術を使える者がふたり以上いなければならない決まりだ。
……だが。よく考えたら場にかけるより本人にかけたほうが効率が良くないか? んん?
「まずは魔法による戦闘が盛んだった時代の、その系統を調べてみましょう。心当たりの書物が幾つかあります」
「そうか」パッと王子の顔が明るくなる。「やはり本職は心強い。私では片端から読み漁るばかりでね」
月の王の儚さはどこ行った。生き生きとして、今すぐ書物を取りに駆けていきそうな顔をしている。
ぶっちゃけ以前より、今の王子のほうが面白い。
こいつが少年の頃にも魔法を教えていた。年が近いほうが打ち解けやすかろうなんて上っ面の理由で。実際には魔術師団のじじいどもは、魔力なし、やる気なし、国王夫妻の興味なしの三ない王子の教育をしたくなかっただけだ。
あの頃の王子は存在感が薄く陽炎のようだったっけ。今は相変わらず涼やかな顔かたちだが、漲る生気で印象が180度違う。
しばらくの間、封印の魔法に関して話していると、片隅の椅子に控えていたヨナスが立ち上がってやって来た。ビミョーな面をしている。
「仮定の話を基にする質問ではないかもしれませんが」ともったいつけた前置き。「魔力を封じる術は、やはりかける相手より大きな魔力を持っていなければなりませんか」
「いや、使い方次第ではないでしょうか」
ですよね、とヨナスは言って椅子に戻る。
何を確認したかったんだ。
どんな魔法だって『使い方次第』だ。相手を油断させ罠にかけるとか、複数人で力を合わせるとか、色々とやり方はある。
ああ、そうしたらあのバルナバスを俺が封じることもできるかもしれん。自信過剰のあの鼻っ柱を折ってやったら、さぞかし気持ちいいだろう。
想像するだけで、楽しい――。
はっとする。俺が王子を封印できる?
ヨナスに視線を向ける。
「どうかしたか」と向かいの王子。
今度は王子を見る。
魔力を封印する魔法。実在するなら危険この上ない。バルナバスみたいに魔力の強い王族にだって刃向かえる。上級魔術師団が一丸となったら、成功する確率はより上がるだろう。
ガキがマリエットに使った、動きを封じる術。今の今まで何の疑問も抱かなかった。だが何故、数十秒しか保てない術式なんだ?
あのガキの魔力は強大だが千年に一度の逸材ってわけでもない。今までにだって数十秒以上を使える魔力を持った人間はいたはずだ。
これが全てを語ってる。
魔法府に伝わる戦闘系の『高度な術』は『高度』ではない。王家を危ぶませる術を使われないようにするために。
戦闘系魔法は使う機会がほぼないから興味も湧かず、研究もしてなかった。魔法書にある高度な術が使えれば満足していた。そのせいでアホみたいに簡単なことに気付けなかったんだ。
ヨナスはこの可能性に気付いて質問をしてきたに違いない。
「殿下。魔力を封印する術が存在するなら、危険極まりありません」
そうだろうなと王子。何も分かっちゃいない。
「謀反に使えます」
王子の目が見開き、そのあと従者を見た。ヨナスがうなずく。
「くそっ、そうか」
聞こえた言葉に耳を疑った。今の乱暴な口調は月の王なのか?
「平和ボケだな、こんなことも考えつかないなんて」
珠のような美貌を歪め、王子は握りしめた右手で額を叩いている。
「存在するなら王家か」
「ムスタファ様」
ヨナスが早足でやって来て、王子の右手を握る。
「魔法府には存在しなくとも、フリーランスの魔術師の間で受け継がれている可能性はあります」
あくまで可能性のひとつとして言ってから、はっとした。パウリーネの親がそれだったはずだ。余計なことを言っちまったかもしれない。
「……そうだな」
冷静さを取り戻したらしい王子は、まだ顔にらしくない表情を残していたが、
「やはり相談して良かった」
と言い、ヨナスは複雑な顔で追従した。
こりゃやっぱり、今回の突拍子もない質問には理由があるとみた。
変なことに俺を巻き込まないでくれよ。




