22・2魔法レベル①
やはり昨日の王子との外出のせいなのだろうか。
ムスタファの私室から引き上げて早々に、以前カミソリを仕込んだ侍女たちに捕まった。王女たちが庭園散歩をするから付き添いなさい、と。
もちろんのこと私は荷物係だ。声を掛けてきた侍女たちはおらず、ベテランがひとりだけ。あとは護衛の近衛兵が三人。そんな中で、私は完全におもちゃ扱いだった。というより、私をおもちゃにするための散歩なのだろう。
この飲み物は嫌いだから別のを持ってこい、冷えるから(夏間近なのに)肩掛けを取ってこい、やっぱりいらないから片付けてこい。ここで一休みするから菓子を用意しろ、これは違うからやり直し。
そんな命令の数々で、庭園と城を何往復もする。普段は走ると怒られるけど、このときばかりは例外だ。寝不足の体には堪える……。
一体何往復めになるのか、足が痛い靴を変えたいと喚く第二王女のために取ってきた新しいそれを両手で抱え、庭園の石段を駆け降りる。すぐ先のベンチに座ったふたりは、私を見て嫌な笑みを浮かべ、優雅に冷えたジュースを飲んでいた。
こっちはフラフラで倒れそうなのに。だけど意地悪な奴には絶対弱味は見せたくない。
と、足がスカートに突っ掛かった。前のめりに倒れる。
――王女の靴を壊したら、何を言われるか。
咄嗟にそう考えて離れる寸前の足で階段を蹴り、半身を捻って靴が階段と私の体に挟まれないようにする。
背中に来る衝撃を覚悟した瞬間、ふわりと宙に浮いた。そのまま王女たちに向かってふよふよと進む。一瞬、彼女たちのどちらかが魔法で助けてくれたのかと思ったけれど、ふたりとも目をみはって驚きの表情だ。
「さすがだな」と背後から聞き覚えのある声。
返答の代わりにパチリと指を鳴らす音。
とたんに私は落ちて、横抱えに抱き止められた。それはバルナバスだった。静かに地面に下ろされる。
「……ありがとうございます」
まだ上がっている息を整えながら膝を折り、頭を下げる。
鷹揚にうなずくバルナバス。心臓がバクバク鳴っている。今のは彼の魔法なのだろう。見たこともない、凄技だ。呪文も聞こえなかった。
そのとなりにはオーギュスト。さすがと言ったのは彼にちがいない。
それにしても午前中から男ふたりで庭の散策だろうか? 従者も近衛もついていない。
「お前たち、彼女に何をさせている」
バルナバスが妹たちに問う。
「足が痛くなったから、靴を持ってきてもらったのよ」と屈託ない笑みの第二王女。
「何往復もさせているだろう。上階から見ていたぞ」
「まあ、ヒマなお兄様」
「従者たちがだ。母上から聞いているはずだ。マリエットは兄上の大事な女性だ。苛めるな」
なんてことだ。バルナバスまでその説を信じているのか。パウリーネの影響力、恐るべし!
「だって」と王女たちが言うのと、
「誤解です」との私の抗議が重なった。
無礼かもしれないけど、スルーしてはならない。
「王妃様の誤解なのです。違うのです。決して、百パーセント、そんな間柄ではないのです。本当です!」
バルナバスに訴え、それから王女たちの顔も見た。
「あら」と第一王女が意地悪な顔をする。「それならムスタファお兄様とは何の関係もないのね」
「はい」と大きくうなずく。
「恋人だと言っておけば、苛められないのに」
そう言ったのはオーギュストで、残念なものを見る目で私を見ている。
「オーギュスト様。苛めてなんていませんわ」と王女は科をつくった。どうやら彼女は彼を狙っているようだ。立ち上がり、すすすと寄って行く。
「嘘をついたらムスタファ殿下がお困りになるではありませんか。それに、苛められてなどおりません」
ダメだ、やめておけ、口を開くな。冷静な自分が頭の隅でそう言っている。王女たちの意地悪なんて可愛いもの、私は享年三十の大人だ、受け流すのだ。
だけど寝不足のせいで働かない脳ミソは機嫌が悪く、性格の悪い王女たちに負けたくなくて気が立っている。
「パウリーネ妃殿下は孤児院出身の私にも、他の侍女と代わらない態度で接してくれるお優しい方です。あんな素晴らしい方のお子さまがたが意地悪などする訳がありません!全て必要なことなのです」
……ああ、言ってしまった。自らケンカを売った。ふたりの王女は言外に貶められていることに気がついているようで、ぐぬぬとうなりそうな表情になっている。
「……へえ」そう呟いたバルナバスは、爽やかな笑顔を浮かべた。「なるほど、こういうところか」
どういうところが、何なのでしょう?
「階段を落ちたときに、足首を捻ったようだな」
「いえ、な―」
突然、口が動かなくなった。
「乗りかかった船だ、私が医務室に運んでやろう」
私の口はぴくりともしない。バルナバスが笑顔のまま、立てた人差し指を私に向けている。まさか魔法で動きを封じているのだろうか。意図が分からず血の気が引く。
「兄上の恋人ではないのなら、構わないな」
清廉なイメージの第二王子はそう言って、人差し指を少しだけ動かした。私の体が宙に浮いた、と思ったら、彼にお姫様抱っこをされていた。
「おろして下さい!」
あ、口が動いた! 広がる安堵。
「案ずるな。私はフェリクスとは違うから、ちゃんと医務室に連れていく」
「ケ……」
ケガなどしてないと言いたかったが、また口が動かなかった。それだけではない。手も足も首も、全てだ。私を抱えているバルナバスの指が動いている気配はない。見たことのない魔法の数々。本当に魔力レベルが高いのだ。
この人にムスタファが討伐されるルートもある。そう思ったら突如底なしの恐怖に駆られて、体がぶるりと震えた。




