第7話:最強聖女決定戦
聖都オシャンティは聖地であると同時に、大陸有数の大都市でもある。
だが、その都市の中心部には激震が走っていた。
聖都オシャンティを治める王、オシャリティア王が突如病に伏したのだ。原因不明の奇病で、高名な医者を呼んでも首を横に振るばかり。
あまりにも急な出来事であり、動揺を避けるため市民にはまだ情報を開示していない。
「王の容体はどうかな? 聖女様のお力で治りそうかい?」
聖都オシャンティの中心部に位置する城の最奥部、王が伏している部屋の前で、一人の男がそんな言葉を口にした。長い金髪の先端部をカールさせた背の低い細目の男だ。その雰囲気は、なんとなく意地悪な狐を思わせる。
声を掛けられているのは小柄な少女だった。銀髪だがどちらかというと白に近い色で、ふわふわとしたゆるいウェーブの掛かったその髪や、ふんわりした丸みを帯びたローブは羊のようだ。
「王様はきっとお元気になりますわ。わたくしが……いえ、オシャンティ神様の加護があります」
「そうかい。それは結構、だが、この一週間毎日治療してもらってるのに、ちっとも効果が出ないねぇ」
狐のような男は、その外見にたがわぬ性悪な笑みを浮かべた。聖女と呼ばれた少女の方は、反論せずに黙って立ったままだ。その後ろに付き従っていた女性信徒が、聖女の代わりに一歩前に出る。
「オジャル王子! いくら王子とはいえ、あまり聖女様に無礼な口をきかないでいただけますか? 聖女様は全身全霊をもって治療しているのです」
「それはありがたい。でも、オシャンティ神にもっとも近い位置にいる聖女様の魔力で効果が無かったら、僕達は何を信じればいいのかねぇ。僕としては、金と権力と武力だと思うがね」
「オシャンティ様は偉大な最高神です。必ずや王も民を救ってくれます」
「期待しておくよ。ま、父ももってあと数日だろうし、戴冠式の準備も進めておくけどさ」
狐男――彼こそが聖都オシャンティの第一にして唯一の王子オジャルである。王が亡くなった場合、自動的に彼が王位を継ぐことになるが、その性質はこれまでの態度から推して知るべし。
父のオシャリティア王ですら、彼が即位する事をあまり望んでいない。もちろん市民達もだ。王はまだ若く、第二子、あるいは養子などを代わりに王にすると噂されるほどだ。
「……だからこそ、王には治ってもらわねばなりません」
「アレクシア様、あまりご無理をなさらぬよう」
「大丈夫です。オシャンティ様はきっと天の上から私たちを見守っていてくれます」
アレクシアと呼ばれた聖女は、付き人の女性に健気に笑いかけたが、額には脂汗が浮かび、顔色も土気色だ。それでもアレクシアはふらつきながら王の部屋に入り、意識の戻らない王の胸に両手を触れる。
「霊薬をお願いします」
「アレクシア様! これ以上の使用は危険です! 最悪、命すら……」
全てのセリフを言い終わる前に、従者の女性は口をつぐんだ。アレクシアのまっすぐな視線から、覚悟のほどを感じ取ったらしかった。従者は、あまり気乗りしない様子で、青色の飴玉のような物を小瓶から一つ取り出す。
アレクシアはそれを受け取り、そのまま口に放り込む。
直後、アレクシアの全身が淡く輝き、それと同時にアレクシアが膝から崩れ落ちる。
「アレクシア様っ!」
「だ、大丈夫です。うっ! げほっ! げほっ!」
アレクシアは大丈夫と言い張るが、激しくせき込んだ。それと同時に口から少し血を吐く。アレクシアはローブのすそでその血を拭うと、燐光を放ったまま、王の胸元に手を伸ばす。その光はアレクシアから徐々に王の身体を包み、少しずつ霧散する。
「……いかがですか、王?」
「…………」
地面にへたり込んだアレクシアがそう尋ねるが、王は全く反応しない。
「すみません。私の信仰心が足りないばかりに……」
「アレクシア様のせいではありません! オシャンティ神が……!」
「やめなさい! オシャンティ様を侮辱するのはわたくしが許しません! きっと、何か深いおぼしめしがあるのでしょう」
従者が暴言を吐くのを、アレクシアは荒い息を吐きながら必死で止めた。そのまま、アレクシアは地面に座り込み、両手を組んで天に祈りはじめる。
「偉大なる最高神オシャンティ様、わたくしはアレクシア。貴方様に比べ、塵のような存在にすぎません。ですが、わたくしの祈りが届いているのなら。どうか王を……民を救って下さい。そのためなら、わたくしはオシャンティサンクチュアリに行けなくても構いません」
アレクシアは、偉大なる最高神オシャンティに純粋な祈りを捧げた。己の全てを犠牲にしても、愛する人々……いや、それ以外の全ての民までも救おうとするその姿は……。
「ま、マジモンの聖女だ……」
天を仰ぐ聖女アレクシアを、インチキ教祖聖女エクリプスは上から覗きこむような形で鏡で見て、思わずそう呟いた。その横には悪魔従者アンドラス。半透明天使ザフキエルと、ついでに真の最高神ゼウスの面子もいる。
『……とまあ、遠見の鏡を使って見せた通りだ。聖女エクリプス、貴様の行動のせいで、いたいけな少女が命を散らそうとしているのだぞ』
「ウワーッ! すごい罪悪感!」
エクリプスは頭を抱えた。オシャンティ神にいくら純粋な願いを捧げようと、いないんだからなんにもしてくれない。とはいえ、聖女アレクシアをはじめ、誰一人そんなこと分からない。
「霊薬は強力ですが、一時的に魔力をブーストするだけ。ドーピングのようなものですからね。あんなに短期間に使用していては、聖女アレクシアとやらの身体が持たないでしょう」
酷薄な笑みを浮かべながら、アンドラスはそう言い放つ。基本的に彼は悪魔なので、こういう無駄なあがきを見たりするのが大好きらしい。
「……とはいえ、これは利用するには最大のチャンスと言えるでしょう。聖女アレクシアから聖女エクリプスにすり替われば、事実上オシャンティ教を制圧するようなものですからね。王に恩を着せる事も出来る」
「なんかすごいやらせ感が……」
『貴様のやり方では千年掛かっても終わらん。聖女エクリプス、貴様の力を聖女アレクシアに見せつけ、偉大なる最高神ゼウス様のお力を見せつけるのだ。どちらが最強の聖女か決めようではないか』
「最強の聖女ってなんなの……」
勝手に最強聖女決定戦を開催しないで欲しいのだが、エクリプスとしては乗らざるを得ない状況だ。自分で作ったオシャンティのせいで人間がえらい目にあっているのを見ると、なんかこう、つらいものがある。
「このねーちゃん、ええチチしておるのう」
「はいはい、ゼウス様はいつまでも鏡に張り付いてないで」
「えぇー」
天に祈りを捧げるアレクシアの胸の谷間を、ゼウスは笑顔で眺めていたが、エクリプスがザフキエルに頼んで鏡を引っ込めさせる。ゼウスは不満そうだが、ここに置いておくわけにもいかない。
「もー、しょうがないから行きますか。アルバ君に道案内頼もう」
真なる聖女アレクシアを救済しつつ、ついでに教団を乗っ取って破滅させるというややこしい目的のため、偽聖女エクリプス軍団は、やる気の無い反逆を開始した。