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第6話:聖女護衛役アンドラス

「申し遅れました。既にお嬢様が仰りましたが。私の名はアンドラス。聖女エクリプスの従者であり、身辺警護を担当しております。というわけで、君のボディガードは必要無いのです」


 アンドラスは、実に紳士的な口調でアルバに不採用通知を叩きつけた。


「なんだ……てめ……!」


 てめぇと言い捨てる前に、アンドラスはアルバの腕の中に居たエクリプスを奪い取っていた。一瞬の早業なのに、傷一つ付けずお姫様抱っこでエクリプスを抱え、アルバに向き直る。


「見ての通り君は隙だらけだ。このように簡単に奪い返せてしまうくらいにね」


 アルバは絶句した。アンドラスという男から一瞬も目を離さなかったのに、彼はエクリプスを抱きかかえている。奪われた事すら認識できなかった。


「人間かよ……」

「さて、どうだろうね」


 アンドラスは皮肉っぽく笑う。そんなムカつく態度すら恐ろしく似合うのがなおさら(しゃく)に障る。抱きかかえられた純白の聖女と、すらりとした漆黒の従者は恐ろしいほど絵になっていた。


「アンドラスとか言ったか? 確かにあんたが強いのは理解出来た。でも、あんた一人で常に聖女様を守れるとは限らねぇだろ。あんたが目を離した一瞬の隙にさらわれたりするかもしれないぜ?」

「ふむ、つまり?」

「俺はこの辺の地理を把握してるが、あんたはそうじゃないだろう。確かに俺はあんたより弱い。でもな、強さだけが全てじゃねえんだよ」


 そういったものの、これが苦し紛れの弁護である事は、アルバ自身が一番分かっていた。このアンドラスという男、只者ではない。もしかしたら本当に一人でエクリプスを守りきる事が出来るのかもしれない。


(でもよ、ここで退く訳にはいかねぇんだよ)


 けれど、アルバは必死に食い下がった。もちろん妹の礼として護衛したいという気持ちに偽りはない。だが、それ以上に、この聖女のそばに居たいという気持ちが強かった。


 アンドラスは内心を見透かしたように、くっくっと息を殺して笑っている。小馬鹿にされているようで腹立たしいが、実力差が分からないほどアルバは馬鹿でない。


「なるほど、君の言う事にも一理ある。ならテストをしようじゃないか」

「テスト?」


 お姫様抱っこしていたエクリプスを丁寧に下ろすと、アンドラスは近くにあった古ぼけた椅子に腰を下ろし、両腕を椅子の後ろに回し両足を組む。そのままスーツのボタンを外し、ネクタイを緩ませる。完全にだらけきったポーズだ。


「さあ、どこからでもかかってきたまえ。私に傷を……だとハードルが高すぎるな。私の服に1ミリでも傷を付ける事が出来たら、君に護衛を頼もうじゃないか」

「……舐めてんのか?」

「すまないね。これ以上気を緩めるのはなかなか難しくてね」


 本当にすまなそうにアンドラスは言うが、それはアルバにとって最高の挑発だった。


「馬鹿にすんのもいい加減にしやがれっ!」


 言うが早いか、アルバは一陣の風のごとく短刀を構えてアンドラスに突進した。


「はやっ!」


 横で見ていたエクリプスが思わず小声で呟いた。そして、その呟きが終わる前に、アルバは短刀を突き出していた。アンドラスの眉間を狙った躊躇ない一撃だ。そのくらいでやらないとこの男には通らない。


 ――だが、その刃がアンドラスに届く事はなかった。


「……冗談だろ?」

「現実だよ。なるほど、君はその年代にしてはなかなか才能がありそうだ」


 そう言いながら、アンドラスは爽やかな笑みを浮かべていた。アルバの短刀を人差し指と中指で挟みながら。


 アルバが眉間に短刀を突き入れようとした数センチ前まで、アンドラスは前の姿勢のままだった。つまり、眼前に迫ってから後ろに回した手を動かし、全力の一撃を指で挟んで止めたという事だ。


「……バケモンかよ」

「失礼だね。私は聖女エクリプス様の身辺護衛。それ以外の何者でもない」

「チッ」


 そう言うと、アルバは苦々しい表情で短刀を引きぬいた。完敗だ。


「それだけ強い護衛がいりゃ俺なんか必要ねえな。邪魔したな」


 アルバはそれだけ言って、くるりと背を向けた。本当は悔しさで泣きたい気持ちだったが、彼女の前でそれを見せるのが恥ずかしかったので、必死でこらえた。


「ああ、ちょっと待ちたまえ」

「……なんだよ」


 ただでさえ敗北感に打ち負かされているのに、この男はさらに追い打ちを掛けるつもりなのか。アルバは振り向きもせずに相槌を打った。


「約束通り、君に聖女様の護衛を頼もうじゃないか」

「は?」


 予想外の返答にアルバは目を丸くするが、アンドラスはゆっくりと椅子から立ち上がり、手袋の左手の人差し指の部分を、もう片方の手で指差した。よく見ると、本当に一筋だが切れ目が入っている。


「私の服に傷を付ければ合格と言ったじゃないか。君は見事クリアした。おめでとう」

「なんか馬鹿にされてるみたいだな」

「いやいや、なかなか大したものだよ。私の服に傷を付けるのはなかなか難しくてね。君は将来有望だ。聖女様もきっとお喜びになるだろう」

「……じゃあ、俺も護衛役って事でいいんだな?」

「もちろんさ。お互い、聖女様を支える役割を担っていこうじゃないか」


 そう言って、アンドラスは手を差し伸ばす。

 なんだか釈然としないが、アルバもその手を握り返した。


「……いずれあんたを追い抜くからな」

「そうか。それは楽しみだ。確かに我々はこの地にあまり詳しくは無いからね。よろしく頼むよ。アルバ君」

「……チッ、よろしく」

「よ、よろしく」


 舌打ちしながらアンドラスに向かって礼を言ったアルバに対し、エクリプスも慌てて挨拶をした。アルバはそれを一瞥(いちべつ)すると、廃教会の外へと足を向ける。


「妹を待たせてる。俺があんたの護衛役になったって事、伝えてこなきゃならないからな」


 そう言うと、アルバは廃教会から出ていった。エクリプスとアンドラスが二人きりになると、エクリプスは上目づかいにアンドラスを睨む。


「……それ、自分で破いたでしょ」

「当たり前でしょう。あんな(なまくら)で私の服が傷付くはずがない。これでも魔界の大公爵ですよ?」


 おどけながらアンドラスは肩をすくめた。彼の名はアンドラス。魔界の軍勢を率いる大公爵であり、魔界側からエクリプスの護衛役として派遣された悪魔だ。


 その実力は折り紙つきだ。彼一人で地上に魔王として君臨するくらいの力はあるだろう。


「なんでアルバ君を採用したの? 別に必要無い気が」

「ありますよ。彼はあなたに惚れこんでいるようでしたからね。まさか、聖女エクリプスお嬢様はご自身の役割をお忘れですか?」

「……オシャンティ神の信仰を破壊する事」

「その通り、そのためには信者が必要なのですよ。恋は盲目。盲信するタイプの人間は多ければ多いほどいいですからね」


 要するに、アルバの実力というより、エクリプスに対する信仰心が目当てらしい。


『相変わらず打算的な奴だ。反吐(へど)が出る』

「うわっ!? ザフキエルさん!? 居たんですか!?」


 唐突に半透明になったザフキエルが現れたので、エクリプスは飛び上るほど驚いた。幽霊じゃあるまいし、急に出てきて耳元でささやかないで欲しい。


「これはこれは、麗しくも堅物で融通の利かない天使様ではありませか。お会いできて光栄ですよ」

『私は貴様の顔なんか見たくもないがな。魔界と組んでいるから仕方なく顔合わせしているだけだ』


 にこやかなアンドラスに対し、ザフキエルは仏頂面だ。おそらく、アンドラスの方も表面だけで内心は似たようなものなのだろう。


「まあまあ、ここは共同戦線と行こうではありませんか。このままではオシャンティ神に我々も滅ぼされてしまいますのでね」

『ふん、それで首尾はどうなっている』


 アンドラスからわざと視線をずらすようにして、ザフキエルの投影はエクリプスの方を見た。


「ええと、スラム街の人達に徐々に浸透はしてきてるんですけど……」

『まだそれだけしか出来ていないのか! まさか草の根活動をずっと続けていく気か!?』


 ザフキエルは責めるが、そう言われてもエクリプスにはどうにもならない。廃教会で地道にやっていくくらいしか思いつかない。


 そんな事を考えていたら、ザフキエルが溜め息を吐いた。


『それではオシャンティ神への信仰を奪うのに何千年も掛かるぞ。ゼウス様もさすがにそこまでは持つまい』

「だってそれ以外に方法が……」

『いい方法がある』


 ザフキエルの言葉に、うつむいていたエクリプスが顔を上げる。それと同時に、後ろに控えていたアンドラスがおかしそうに笑う。


「ザフキエル、あなたが考えている計画、当ててみてましょうか?」

『……言ってみろ』


 不快げな口調のザフキエルを流しながら、アンドラスはこほん、と一つ咳払いをする。


「既存のオシャンティ教を乗っ取るのです。それなりに大きな派閥の前で奇跡を起こし、オシャンティ教徒を奪い取る。そしてそこの教団にエクリプスお嬢様を据え改宗させる、といった所でしょうか?」


 アンドラスがそう言うと、ザフキエルは余計険しい表情になる。


『……正解だ。聖女エクリプス、聞いた通りだ。聖都オシャンティの教団を乗っ取れ』


 ザフキエルは狙いを当てられた事に不愉快そうな表情になり、アンドラスは逆に愉快げに笑っている。そして、エクリプスは顔面蒼白になっていた。

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