第11話:オシャンティ……
オジャル王子の野望が速攻で潰えた直後、王はエクリプス一行を謁見の間に呼び出した。昏睡から目覚めたばかりで頬はこけていたが、身体の調子は良さそうだ。
玉座の傍らにはアレクシアが付き添っていた。王の介護役兼立会人と言ったところか。
「さて、私の愚息がとんだ迷惑を掛けたが、まずは礼を言わせてもらおう。しかし……なんというか」
王はとりあえず礼を言ったものの、その後の対応に困っているように見えた。
聖女エクリプスとそれに抱きかかえられた幼女ゼウスまではいい。問題は、その後ろに立っているスーツ姿のカラスの悪魔だ。
「アンドラスと言ったか? その悪魔は本当に無害なのか?」
「私利私欲に走る低級悪魔と一緒にしないでいただきたい。これでも魔界の大公爵と呼ばれた者ですよ。公爵ならそれ相応の振る舞いというものがあるでしょう」
アンドラスは優雅にそう答えた。もはや人間の姿をする必要はないと判断したのか、アンドラスは元の姿のままでオシャリティア王と対話をしている。
『アンドラス。貴様の考えている事は大体分かるぞ』
正体を隠そうとしないアンドラスに対し、ザフキエルが念話をアンドラスに飛ばす。この会話はエクリプス一行にしか聞こえない。
『国王と聖女アレクシアの記憶を操作する気だろう? 前に修道院でやったようにな』
「今度はあなたの方が考えを当てましたか。その通りですよ」
アンドラスは嘴を少しだけ開く。カラスの頭なので表情はよく分からないが、恐らく笑っているのだろう。
「我々悪魔としては、人間達の恐怖や畏怖の感情のほうが効果的なのでね。王と聖女には少々恐怖を与えておこうかと」
『待て。完全に恐怖で洗脳するのは無しだ。それでは天界側の取り分が少なくなる』
ザフキエルはすかさず反論した。悪魔が負の信仰を重視するのに対し、天使達は聖なる信仰を糧とする。特に最高神ゼウスを崇められれば、その恩恵を全体に被る事が出来る。
(醜い派閥争いだなぁ……)
天使と悪魔がお互いの取り分で口論しているのを、エクリプスはうんざりした様子で聞いていた。
「異端の聖女よ、そなたには何か褒美を取らせよう。オシャンティ信仰でないのが残念だが、今回の件に相応の報酬を出そうではないか。何を望む?」
念話で騒いでいる天使と悪魔の声が聞こえないオシャリティア王は、上機嫌でエクリプスに微笑みかけた。
「ええと……」
さてどう答えたものかとエクリプスは思案する。
理想はオシャンティ信仰を国民に捨てるようにお願いしたいのだが、そんな事を言ったら、地下牢に入っているオジャル王子と同じ釜の飯を食う羽目になるだろう。
『まどろっこしい! 私が交渉する!』
エクリプスが口を開く前に、ザフキエルが半透明状態から姿を顕現させた。突然空中から現れた美しい女性天使に、オシャリティア王とアレクシアがひっくり返りそうになる。
「天使!? 今度は天使か!?」
「いかにも。私は裁きの天使ザフキエル。そこにいるカラス頭と同等の力を持つ者だ」
「まさか天使まで降臨するなんて……」
オシャリティア王とアレクシアは、驚きのあまり口をぱくぱくさせている。エクリプスは普段から見慣れているが、普通、天使だの悪魔だのは伝説上の存在なのでほいほい出てきたりしない。
「まったく……私は総括をやっているから余計なエネルギーは使いたくないのだがな。よって手短に要求する。いいか? 人間の王」
「は、はい……!」
ザフキエルの凛とした声に、オシャリティア王は気を引き締める。一国の王といえど、天使や悪魔の前ではただの人間に過ぎない。ザフキエルは咳払いを一つすると、聖女エクリプスの抱いているゼウスを指さす。
「お前達はこれから、このお方を最高神として崇めるのだ!」
ザフキエルは言い切った。ザフキエルにとって、最高神ゼウスこそが唯一の神だ。オシャンティなどという偽りの神に信仰が流出するのだけは防がねばならない。
「お、オシャンティ……」
「は?」
ザフキエルの要求に対し、王はしばらく無言だったが、絞り出すように「オシャンティ……」と呟く。エクリプス一行は意味が分からず、全員同時に首を傾げた。
「オシャンティ様が顕現なさったわ……聖女エクリプス……い、いえ! オシャンティ様!」
「えっ? えっ!? 何でそうなるの!?」
アレクシアは可愛らしい瞳に感激の涙を浮かべながら、エクリプスの前に跪いた。国王までもだ。オシャリティア王が跪くなんて前代未聞の出来事だ。
「何ですか!? 何で!?」
「我々の願いはついに天に聞き届けられました。偉大なる最高神オシャンティ。まさかこの世に顕現されるとは……」
「私、オシャンティ神なんかじゃないんだけど!?」
「オシャンティ様、ご謙遜なさらなくてもいいのです。後ろに控えている天使と悪魔、それこそがオシャンティ様がオシャンティ様である証拠ではありませんか」
「あっ」
そこでようやくエクリプスはある考えに至った。設定上、オシャンティは神と悪魔を超越した存在という事になっている。
魔界の大公爵アンドラス、そして裁きの天使ザフキエルが後ろに控えている今、エクリプスは、王やアレクシアから見たら、まさに神と悪魔を超越した存在に見えているのだろう。抱っこしているゼウスは、見た目が幼女のせいか、エクリプスのオプションみたいに思われている節がある。
「ま、待て! そうではない! 私が崇めろと言ったのはこちらのお方だ!」
妙な勘違いを訂正するため、ザフキエルは慌ててゼウスの方を強調して指差した。ゼウスを崇めろという意味だったのだが、抱っこしているエクリプスの方に視線が行ってしまったらしい。
「大臣! 大臣はおらぬか!」
「はっ! こちらに!」
だが、王もアレクシアもザフキエルを見ていなかった、別の方向に大声で叫び、大臣を呼び出す。
「聞いて驚くな! オシャンティ様が顕現なされたぞ! バカ息子の処遇など後回しだ! 国を挙げて盛大にパレードを行う! すぐに準備しろ!」
「な、なんということでしょう! 実は、オジャル王子が戴冠式のために準備していたものがあります! 国家予算の無駄遣いと嘆いておりましたが、まさかこのような事になろうとは!」
「それだ! それを全てオシャンティ降臨祭に回すのだ! いや、予算をさらに足しても構わん! 急げ!」
「かしこまりました!」
王と大臣はやたらでかい声で喋り、速攻で打ち合わせを終える。その直後、大臣は老体のくせに矢のようにすっ飛んでいった。
「待て! 話を聞けと言っておるだろうが!」
「承知しております。天使様、悪魔様、そして偉大なるオシャンティ様。あなた方をこの国で最高のもてなしをさせていただきます。私の代で顕現された事、一生の誇りにいたしますぞ!」
「くっ……こいつはもう駄目だ! エクリプス、そっちの聖女になんとか説得を頼む」
「ええっ!? いきなり無茶ぶりを……」
王は薬でもキメたみたいに興奮状態で話にならない。仕方なく、エクリプスはアレクシアの方に近寄る。聖都最高の聖女なら王を諌める事も出来るかもしれない。
「あの、聖女アレクシア様……」
「アレクシアと呼び捨てにしていただいて結構です。聖女エクリプス……いえ、オシャンティ様、わたくし、どれほどこの日を夢見た事でしょう……」
アレクシアは陶酔したような瞳でエクリプスの方を見る。こっちはこっちで別方向に意識をすっ飛ばしている。これはあかんやつだ。
「いやだから、私はオシャンティじゃなくて……」
「オシャンティ様、私の身も心も全てを捧げます。もちろん、聖アレクシア修道院も全てあなた様の物です。これからも我々は、オシャンティ様に全ての信仰を捧げます」
そう言って、アレクシアは両手を組んで深々とエクリプスに頭を垂れた。
「オシャンティ様、わたくしは一度修道院に戻らせていただきます。オシャンティ様が現世に降臨された事を皆に伝えねばなりません。皆と幸福を分かち合うための不敬をお許しください」
そう言って、アレクシアはぱたぱたと走って出て行ってしまった。
誰よりもオシャンティを崇拝している彼女からすれば、一刻も早く仲間に最高神オシャンティの顕現を伝えたいと思うのは当然だろう。
「オシャンティ様……私も一度席を外さねばなりません。国民達に、最高神オシャンティ降臨祭を告知せねばなりませんので。本当ならアレクシア共々、ずっとお傍に居て説法を聞きたいのですが、王と聖女という立場はつらいものですな」
本当に名残惜しそうにそう言いながら、オシャリティア王は謁見の間から一足先に出て行ってしまった。後に残されたのはエクリプス一行のみ。
本来、王城にこのような連中を放置していいはずないのだが、最高神オシャンティが受肉したエクリプスなら話は別だ。多分、今のエクリプスなら、街中で大量殺戮を行ったとしても、神のおぼしめしと思われて責められないだろう。
完全に人の話を聞かないテンションになってしまった権力者たち相手に、天使も悪魔も、呆然と立ち尽くす。
「ねー、わしは?」
抱っこされていた最高神ゼウスはエクリプスの袖を引っ張るが、皆、固まったままだ。ザフキエルは両手を床についてがっくりと項垂れた。アンドラスも同じポーズで絶望している。
エクリプスはゼウスを抱いているからそのままフリーズしているが、もし手ぶらなら同じ体勢を取っていただろう。
「修道院どころか、国を丸ごとエクリプス嬢に奪い取らせる作戦は大成功しました。ただ、結果的に大失敗ですね……」
アンドラスは、彼にしては珍しく苦渋に満ちた声でそう言った。
確かに、エクリプスに信仰心を集中させる事には成功した。だが、エクリプスがオシャンティの顕現した姿だと思われているなら話は別だ。この状態では、信仰心は全てオシャンティに流れてしまう。
要するに、天界、魔界、ついでに人間界も滅亡待ったなしルートに入ってしまった。
「これ、どうすりゃいいのよ……」
エクリプスはぽつりとそう呟くが、それに答えられるものは誰もいなかった。
次回、感動の最終回!