『我輩の名はレモン。』
【プロローグ】
はじめまして。
あなた様の素敵な御顔を拝見出来ず残念です。
ただの文字で申し訳ないのですが、よろしくお願いします。
私、僕、俺、あたし、我、わたくし、と色々ありますが、ご想像にお任せします。
そんなに面白くもない、一般的、いや、普遍的とも言いましょうか、インパクトのないただの話です。
『それでもいいよー!!って方、手を挙げて!!』
失礼しました。急に言いたくなったのです。
手を挙げてくださった温かいそこのあなた様。
どうぞ少しの間ですか、お付き合い願います。
大丈夫です。数にしてほんの5分です。
【この思いがあの方に届くことを願って】
さてさて、紹介させていただきましょう。
我輩、名前を『レモン』と申します。
レモンというと、あの有名歌手の名曲を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。
何故、我輩の名前がレモンなのかは自分自身でも気になるところではありますが、なにせ我輩のことをあの方は嬉しそうに『レモン』と呼ぶんです。
私にはレモンと似ているようなところはどこもないのに…。
『レモン!!』
『レモン!!早く来なさい!!』
おっと! このタイミングでキッチンの方で呼ばれてしまいました。声のトーンが低いし、なんか荒々しいから起こってるのかもしれません。
おやつを盗み食いしたのばれてしまいましたかね?
ああっと!どうしましょう!みなさん!!
足音が聞こえる。こっちに向かってる。
ドンッドンッと一歩一歩ゆっくり 階段を上がってる。
見つからないようにしなきゃ。
『もぉ〜お、レモンどこよ?』
一部屋一部屋開けて確認している様子です。
見つかってしまったら、もう終わりです。
大丈夫。我輩は今、あの子の学校用バックの中でヒッソリと丸くなってるし、隠れんぼ得意なんです。
それに、あの子の携帯を使ってこれ書いてますし。
一生懸命慣れないこの小さな手で頑張って打っています。
どうにか人様と仲良くなりたくて、言葉、文字、ひらがな、カタカナ、漢字、沢山勉強したんです。
それはそれは大変でした。本当に。
毎朝こっそり、パパさんの膝の上で眠ってるフリして新聞読み1年間続けて、ようやく今に至ります。
そうまでして、自分の気持ちを伝えたかったんです。
どうしても人様と繋がりたかったんです。
言いたいこと、伝えたいのはことが沢山あるんです。
あの方は、いつも我輩の青のビー玉みたいな目をみて『可愛い』と言い、我輩のふわふわした真っ黒色の中に白髪がちらほらある腹や尻尾、さらに手のひらのピンクのお肉まで隅々触りまくり、笑顔を見せてくださります。
何が楽しいのか、毎日です。
我輩はそれがとても嬉しくてたまらないのです。
あの方が、学校に行き帰ってくる間、どれだけ会いたいことか、どれだけ寂しいことか。
そして、我輩にとってどれだけあの方が大切な存在なのか、どれだけ愛らしく、側に寄り添いたいものか。
あの方と過ごしたこの人生がどれだけ素晴らしく楽しいものだったことでしょう。
あの時拾ってくれてありがとう。
我輩を生かしてくれてありがとう。
生まれ変わってもあなたの側で生きたいです。
その思いをどうしても伝えたいのです。
いえ、もう時間が残されてない手前伝えなきゃいけないのです。
そのために今まで生きてきたといっても過言ではありません。
どうか、お願いします。
あの方がこの文章に気付きますように。
我輩の思いが伝わりますように。
あぁ、、瞼が重いです。もうだいぶ前からよく見えてないのですが、あの方の小さな時、あの懐かしい景色が目に広がっています。
あぁ、あの方が呼んでいます。
あの優しい温かい声が聞こえます。
最期ぐらい返事をしなくてはね。
さようならって。
-fin-