3:ワイバーンさんと現状確認
遅くなってしまってごめんなさい!そして今回は長々とした説明回です。
あまりの衝撃にぱかりと口を開けたままでいると、エセルさんがそっと口を戻してくれた。
目線でどういうことだと促すと、言葉を選んでいるのか彼はゆっくりと口を開いた。
「まず言葉が違ったこと。……ああ、今は翻訳魔法をかけているから言葉は通じているぞ。他にもお前の服がこの世界にしては非常に丁寧に縫製されていることとか色々あるが、決定的だったのは俺の家に突然メイが現れたことだな」
「テリトリー……」
エセルさんはこくりと頷き、自分の頬を示した。そこにはきらきら光を反射する、ウロコ。
「俺が只のヒトじゃあないことは、理解できてるな?」
「まあ、少しは」
「俺はワイバーン、つまりドラゴンなんだ」
「どらごん」
それって所謂あのドラゴン。大きくて硬いウロコで翼があってトカゲっていうと怒る。
「そう、そのドラゴンだ。まあ俺は龍種の血も濃く出ているから、龍でもあるな。……ま、その話は一旦置いておこう」
え、置いておくの?!
大分混乱しながらもそれはないでしょ、と引き攣る顔を見てか、少し考え込むそぶりを見せた後、エセルさんは仕方がないと呟き、長い足を組み直した。簡単に話をしてくれるらしい。
「……龍とドラゴンは別の生き物だと理解してほしい。
龍種というのは神話時代に登場する龍のその末裔のことだ。この大陸を女神と共に豊かにしたという伝説の龍、それが龍種の祖先。
俺たちのようなワイバーンやエキドナ、ムシュフシュのような所謂魔族や魔物よりの生き物とはそもそもの成り立ちが違う」
「ええと、コウモリは空を飛べるけど鳥の仲間じゃないってこと。みたいな感じですか。いや、イモリとヤモリの違い?」
「まあ、そんな感じか。今はそれくらいの認識で十分だ」
異世界にもイモリとヤモリがいるのか。そうなのか。実に興味深い……と昔見たドラマを真似てみる。
何だか生暖かい視線をもらったような気がする。
「……え、てかエセルさん、何で普通に理解できるの」
「心の声がダダ漏れだな。それも追い追い話す」
ぱん、と一つ手を叩きエセルさんは姿勢を正す。思わずわたしもベッドの上でできる限り身を正した。今更ですがわたしはこの状態で良いのでしょうか。小心者ゆえ何も言いませんが。
「だいぶ話が脱線したな……元に戻そう。メイが何故此方へ来たのかだが」
元々怜悧だった顔を更にきりっと引き締めて、エセルさんは言葉を選ぶように慎重に話し始めた。
「此方にくる直前、メイは生まれた場所から別のところにいた……いや、引っ越していた、か?」
「え? はい、色々あって地元から離れてましたけど」
大学だけは地元から出たいと思っていたからなあ、と暫く帰っていない故郷を思う。父や母は元気だろうか。兄よ、わたしの漫画コレクションはどうか隠し通しておくれ。
ほげっとしていると、それだなとエセルさんが呟いた。
「恐らくそのせいで、本来来るべき場所に落ちなかったのだろう」
「本来、来るべき場所」
「メイは元々こちらの世界……ここはイュレニスというが、この世界に呼ばれていたのだと、思う」
「は? 呼ばれる?」
そんなバカなと目の前の人を見つめてみるも、彼はこっくりと頷き、例えばと例を挙げてみせた。
「水たまりに不思議な街が映り込んだり、髪の毛を引っ張られたり、知らない街で迷子になりやすかったり、しなかったか?」
「な、んで、それを」
確かにそれはわたしが体験したことだ。ある日を境に突然起こり始めた出来事。まるで何かに憑かれているようで、怖くなって神主の子である年下の友人にも聞きに行った。そこで友人はこう宣った。
『お前、呼ばれてるよ』
何に、とは言わなかった。怖いものではないし、わたしを害するものではないから気にしなくていい。多分生きているうちにどうこうはないから。それだけを告げてわたしを家へと帰した。ただその日から不思議現象は起こらなくなったので、そういうものかと一応納得したのだ。
「ど、して」
「推測だが、お前の生まれた場所は、この世界と通じる扉のようなものがある。そこを通りさえすれば人里もしくはその近くに来るはずだったんだ。だがお前が死にそうになったので、空間を捻じ曲げ無理矢理こちらへ呼んだため、俺のテリトリーである森の奥に落ちた……所謂不法入国のようなものになってしまったのだろう」
さっぱりわけが分からないという顔をしていたのだろう。もしくは三行で説明してと言わんばかりの表情で見つめていたのか。一人納得しているエセルさんは、悪いと一言謝り、つまりだと言葉を続ける。
「メイは元々こちらの世界に呼ばれていた。でもそれは死後の話で、お前が生きているうちにこちらへ来ることはないはずだった。だが、向こうで死ぬような目に遭ったせいで世界は無理矢理お前をこちらへ攫ってきた。本当なら人の街に落ちるはずが危険な森に落ちた。それを俺が拾った」
「なるほどさっぱり分からない」
別に今理解しなくてもいい、と頭を撫でてくるエセルさん。大きくてごつごつとした手で撫でられると気持ちが良い。何だか擽ったくて目を細めると、彼はほにゃりと笑った。
いや待て。和んでいる場合ではない。
もしかして、わたし帰れないのでは?
「あの、……元の世界へ、帰る方法ってありますか」
「……あるにはあるが、やめておいたほうがいい」
「っどうして!」
「一つは手順が面倒なこと。一つは帰っても死ぬかもしれないこと。もう一つは、お前の望む時代へ帰れる可能性が限りなく低いからだ」
「わたしの、望む時代……?」
「……俺の、友人の話だ」
そいつは知的好奇心が強くてな。それはそれはもう実験が三度の飯より大好きで、その結果こちらが大変な目に遭うことばかりだ。世の為になる実験もあるし、悪いことをしているわけではないが、何分やらかすと被害が大きくなってしまうというやつだな。で、そいつはある日突然こう言った。
『ちょっと異世界行ってくるわ』
友人はもともと異世界からやって来たやつで、長いこと元の世界に帰りたいと願っていたらしい。今も誰にも言わないが、実験を繰り返していたのは恐らく元の世界へ帰る方法を探していたからだろうな。
ちょっと里帰りしてくるわ、と言わんばかりの軽さでそいつは元の世界へ帰っていったよ。でもそれから一月も経たないくらいか、こっちに戻って来たんだ。曰く、
『自分が居なくなってから、恐ろしいくらい時間が進んでいた。もう自分がいた世界じゃなくなっていたよ』
こちらと友人がいた世界では時間の流れが違っていたそうだ。友人が消えてから数百年は経っていたらしい。真っ青な顔でそいつは震えていた。
『誰も自分のことを知らないんだ。俺だけが時代に取り残されていた。それがあまりにも恐ろしくて、必死になってこちらへ帰って来てしまったのさ』
友人は残り少ない魔力を使ってだいぶ無理をしてこちらへと戻ってきたと言う。これは魔導師なんて呼ばれた自分にしか出来ない芸当だとも。普通の人間なら戻ることは叶わないだろうし、そもそも次元の狭間に巻き込まれて存在すら消え失せるだろう、とも。
実に神妙な顔つきで話し終えたエセルさんはこちらを向いて、結論を告げた。
「だからまあ、帰るのはやめておいたほうがいい」
「そんな怖い話聞かされたら帰ろうなんて思えませんよ!」
まさに命がけ! 怖い! わたしは命が惜しい!
「そうか。それなら良い」
「ええ。本当なら今すぐ帰りたいんですが」
「……もっと怖い話、するか?」
「まだ、まだ上があると……?」
「存在が消えるってのはどういうことかを、懇切丁寧に説明してやるだけだ」
「つまり?」
「お前がこの世に生まれていたことすらなかったことになりたい、と言うことを一から丁寧に」
「すみませんごめんなさい」
瞬時に謝ったわたしを見て、ちょっぴりほっとしたように笑う彼は、よしと椅子から立った。
「で、だ。お前、暫くうちにいろ」
「いや、あまり世話になるわけには……怪我が治ったら出て行きますし」
そういった瞬間、何言ってんだお前、とエセルさんの顔つきが冷ややかになった。
やめて! バカな子を見るような目でわたしを見ないで!
どうしようもない子だと言わんばかりの目線なのに、エセルさんの纏う空気がぐん、と威圧的になった。
「ハッ、行くとこあるのか? そのなりで?」
「そ、それはそうだけど」
「ついでに言うが、服もこの辺りじゃ見かけないものだ。なかなか上質な布を使ったものだと見りゃすぐにわかる。街に行くまでに人攫いに捕まって売り払われるだろうな」
「……」
「頭の傷抱えてちゃ仕事もまともにできやしないだろうよ」
それでもおまえはここを出て行くと? と無言で圧力をかけてくるワイバーンさん……もといエセルさん。
あまりの迫力に冷や汗が出てくる。目を逸らせば瞬く間に頭からバリバリ食べられそうである。これが肉食獣……ごくりとつばを飲み込んだ。びっくりして思わず握り締めた手には爪が食い込んでいる。
何か言わなければ、と考えを巡らせるも真っ白な思考ではまともな言葉など出てこず。焦りで口の中がからからに乾いている。こめかみを冷や汗がつう、と滴ったところでエセルさんが大きなため息をついて、前髪を掻き上げた。
「良いから何も考えずお前はここにいろ」
「いやいやいや」
「煩いお前は今日からうちの子だ!」
はい決定! と半ば強引に宣言したエセルさん。
そんなわけでわたくし、鳴はワイバーンさんのおうちの子になりました〜!
……って、どういうことなのよ!