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2:ワイバーンさんに拾われる

 


 ゆらゆらと揺られる。

 水にぷかりぷかり浮いて風に流されるように、意識が揺蕩う。


「まったく、どうして――」


 誰かの呆れたような声が聞こえる。これは、たぶんあの人。

 優しく髪を梳かれる。まるでガラス細工に触れるかのように、慎重に、慎重に。その仕草に思わず声が漏れた。そう簡単には壊れないよ、とくすりと笑えば頭上からため息が聞こえる。苦笑交じりの声は、仕方がないなと言うようだった。


「俺の名を呼べば良いのに」


 ごめんね、思い出せないんだ。ただ、貴方が大切な人だっていうのは、知っているよ。

 彼にそっと手を取られ、彼の両手で包み込まれるようにして握られる。


「早く、はやく目を覚ましてくれ」


 彼は何かに懇願するように、呟いた。そのひとに握られた右手がゆっくりと動いて、温かいものに押し付けられる。

 ああ、多分額にくっ付いたんだろうな、心配させてごめんね、そう言いたいのはやまやまだったけれど。

 再びわたしの意識は暗闇に落ちていくのだった。




 ■□■




「んんん……」


 ぱちりと目を開ける。視界には木の板が打ち付けられた天井がいっぱいに広がった。ぼんやりと辺りを見回すと左手側に窓があり、茜色が差し込んでくる。どうやら夕方のようである。


「……目が覚めたか」


 その声がした方――つまり反対側、わたしの右手の方だ――へゆるりと顔を向けると、夕日に照らされる青年が椅子に腰掛けていた。青年の側にはサイドテーブルがあり、水差しと包帯、軟膏のようなものが入れられていると思われるビンが置いてある。


「ここは……」

「俺の家だ」


 ぼそりと呟いた疑問に青年が答えてくれたところで記憶が蘇る。そうだ、彼に出会った直後に倒れたのだ。どうやら青年は本当に助けてくれたらしい。

 がばりと飛び起き……たかったのだが、頭の痛みによってすぐにベッドへ逆戻り。ぼふんと倒れこんだ衝撃でまた痛みが走る。思わず呻くと大人しく横になっていろと呆れたような顔をされた。すみません。

 寝転がったままという何とも情けない姿のままであるが、彼へお礼を伝える。


「助けてくださって、ありがとうございます」


 青年は答えるようにひとつ小さく頷いた。それからわたしの額にかかっていた前髪をそっとよけながら、怪我をしていたらしい場所へと手を這わせる。その繊細な手つきに背中が非常にムズムズしてきた。わたしたち出会ってすぐですよー、なんですかー。

 そわそわしているわたしの様子に気づいているのかいないのか、青年はそのまま話を続ける。


「額の傷はある程度治癒しておいた。が、出血が激しい。暫くは貧血の症状が出るだろう。数日は安静にしておくことだ」

「……はい。手当までありがとうございます」


 的確に処置を施してもらっていたようだ。有難い。

 感謝を告げると青年は別にそれくらい、と口をもごもごさせている。もしかして恥ずかしがり屋なのかと彼を見上げた。柳眉は不安げに少し垂れており、アクアマリンの濃く長い睫毛が目を縁取っている。すっと通った鼻梁は高く、きりりとした顔立ちである。象牙のような肌は現在西日に照らされ茜色に染まっている。ぼうとしていると、切れ長なエメラルドグリーンの瞳が切なそうにきゅるりと細められるのを見てしまった。


「……どうして」


 何がどうして⁈

 今の状態にツッコミを入れたいのだが、彼の寂しげな雰囲気が許してくれない。心の中で思う存分言っておこう。これは一体どういうことなのよ。気絶してから起きるまでに何が起こったというのよ。……小心者と言うなかれ、これは一種の処世術なのだ。

 もうどうにでもなーれ、とツッコミは放棄することに決め、彼の言葉に耳を傾ける。


「……いや、何でもない。俺の名前はエセルバート。エセルでいい。お前は?」

「わたしは真島鳴です。ええと、名前がメイ、苗字がマシマでいいのかな」

「メイ、な」


 青年は何かを振り切るようにして己の名を告げた。青年の謎の態度に困惑しつつも、自分も名乗る。そのとき、ふとぼんやりとしたものが頭の中をよぎったが、知らないふりをする。

 ただ何かを忘れているような、気がした。


「……それで? どうして森の奥なんかにいたんだ」

「う。あの、それはですね」


 果たして信じてもらえるだろうか。自分はどうやら別の世界から来たようだ――なんて話。例え話したとして良くて記憶の混乱、悪くて精神病院行きである。病院があればの話だが。……この場合は教会とかになるのか?

 ウンウン唸って見せると、エセルバートと名乗った青年は首を捻りつつ言葉をもらした。


「お前が異世界から来たことくらい知っているから、何故森にいたのか、その経緯を話して欲しかったんだが……問い方を間違えただろうか」

「ハッ?」


 はあ〜?!

 彼の衝撃的な発言に、わたしはあんぐりと口を開けてエセルさんを見上げるしかなかった。

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