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1:ワイバーンさんと遭遇する

 



 目が覚めたら森の中でした――



 なんて、小説だけの世界だろう。そう思っていた時期がわたしにもありました。

 しかし現状において、なるほどそれ以外に的確に今を表す言葉が見つからない。

 どうやらわたし、真島鳴(ましま めい)は異世界転生カッコカリを果たしたようです。もしくは異世界転移か。おそらく異世界転移の可能性のほうが高いだろう。


 異世界転移モノの小説に一時期ハマっていたのだが、まさか己に降りかかるとは思ってもみなかった。何も突拍子もない考えをしたのではない。一応ない頭を振り絞り、今思いつく限りの可能性を思い浮かべた結果が異世界転移なのである。

 起きた直後にこれは夢ではなかろうかと思い、自分の頬をつねると痛みが走る。手近に生えていた草をむしると、土のにおいと雑草独特の青臭いにおいが辺りに広がる。また周辺に満ちる生温かい空気や、風が通り過ぎる合間に聞こえる鳥の鳴き声などを含め、異世界に来たのだろうと考えている。むしろそうであってほしい。

 穏やかにパニックに陥っている鳴は、とりあえず自分は異世界にやってきた、ということで結論付けた。


 改めて周りを確認すると、辺りは見渡す限りの木、木、木。上を見上げれば重なり合う枝葉から木漏れ日が落ち、下を向けばぼうぼうと生えた背の高い草や小さな花が咲いている。今立っている地面は適度に踏みしめられており、ある程度人の通りがあるのかもしれない。もしくは獣の通り道か。


 土を確認しようと、俯いた拍子に頬を何かが垂れた。汗かと思い拭ってみると、その汗は赤い色をしていた。これは、もしや血ではないだろうか。

 頬に手を当て少しずつ位置を上げていくと、てっぺんでずきんと痛みが走った。額から出血しているようだ。


 何故だ、いるかもしれない神さま。何故怪我をした後にこちらへ連れて来たのか。どうせならば階段を踏み外した瞬間くらいで連れて来て欲しかった。もっと言うならばあのとき背を押した知らない誰かをどうにかして欲しかった。


 神さまのばかやろうと一頻り嘆いた後、さてこれからどうするかと頭を抱える。

 だくだくと流れ続ける血液は早めに止めたい。そろそろ貧血が起こるのではないだろうか。いや、出血多量で死ぬのでは? しかしおでこから出る血は見た目の割に量は少ないと聞くし、恐らくまだ大丈夫である。そういうことにしておく。

 とりあえずハンカチで押さえておこう。


 ハンカチを探すついでに自身を確認する。

 どうやら着の身着のままこちらへ来たようである。スーツは若干汚れているが破れはなく、例のパンプスもきちんと履いている。助かったら捨てるべきだろうか。

 周辺にバッグは無く、財布、スマフォなども置いてきたようだ。ポケットにはハンカチと小さな飴玉がひとつ。

 何とも心許ない装備だが、所詮通行人Aに与えられる装備とはその程度である。悲しきかな、勇者にはなれないようである。なりたくもないが。


 落ち着くために大きく深呼吸をすると、胸いっぱいに土の香りがたまる。空気はほんのりと湿っており、スーツを着ているとじんわり汗ばんでくる気温だ。これならば凍えて死ぬことはなさそうである。


 一先ず、どこか落ち着ける場所へと移動したい。少し開けたところか、あわよくば村辺りに行きたい。人と会わねば始まらない。幸いにして、この辺りは人の通り道らしきものがある。そこを辿っていけば道の利用者に出会えるはずだ。

 このまま何もしなければ死ぬだけである。それだけは勘弁してほしい。まだやりたいことがあるのだ。家庭菜園を始めるとか素敵な彼氏を見つけて結婚するとか。


 決意新たに一歩を踏み出した。これは未来へ繋がる大事な一歩である。なんてな。

 しかしその希望はおよそ三秒ほどで打ち砕かれるのであった。フラグ管理はバッチリですよ! と得意げに笑う神もどきの声が聞こえた気がした。



 かさかさと草が鳴る。



 それは小さな音だ。葉と葉が擦れる音。しかし風に揺られ出るものではない。明確に生き物がこちらへと近付いてくる印だ。


 はたと思い出す。ここは何かが定期的に通っている道ではないか、ということを。

 森の中ならいるであろう動物が頭の中を駆け巡っていく。野良犬、イノシシ、鹿、それともクマか。

 そもそも今いる場所は、日本の森と同じなのか。

 得体の知れない、それこそ化け物と呼ばれる何かがいるのではないか。


 己の流す血の匂いを辿っているのかもしれない。ハンカチを抑えた手にぐっと力を入れた。なるべく、なるべく血の匂いがしないよう。既に意味はないのだろうが、やらないよりマシである。


 がさがさと茂みかき分ける音は、段々と大きくなっている。何かの生き物は着実にこちらへ向かってきているようだった。


 逃げ出したくとも、怪我をしている今の自分では難しい。ならばこの場で待機するしかない。


 息を詰め、音のなる方向を見つめる。

 ああ、通り過ぎてくれますように。

 その想いも虚しく、目の前の茂みが揺れた。


 がさり、一際大きな音を立ててそこから出てきたのは、


「……お前、何してんだ。こんな森の奥で」

「……ひと?」


 まごう事なきひとであった。二本足で歩くクマなどではない。


 どうやら茂みの奥から出て来たのは男性のようだ。

 恐らく自分よりも二つ三つ年上で、背は日本人男性の平均身長を余裕で飛び越えている。海外のモデル並みだ。

 アクアマリンのような色素の薄い髪は襟足まである。頬にも髪と同色の鱗のようなものが付いており光っているが、顔面は恐ろしく整っている。エメラルドグリーンの瞳は南国のきらめく浅い海を彷彿させる色だ。

 彼の全身が青く輝いているような錯覚に陥る。木々から差し込む太陽の光と相まっていろいろと眩しい。目に痛い顔面とはこれいかに。

 ここは危険極まりない森のはずである。しかし第一遭遇者は目の前の青年なので、確かなことは言えない。


 ふと目の前が霞んだ。思っていた以上に身体は限界だったらしい。目の前に現れたのが頬に鱗のようなものがあろうと人ということで、無意識に張り詰めていた緊張の糸が切れたようである。


「助け、て、ほしい……」

「は、あ?!」


 名も知らぬ青年へ救助求むと声をかけたところで、体がぐらりと傾いた。

 何でこんなことになってんだ! と叫ぶ青年の声を聞きつつ意識はフェードアウトしていった。湿った地面へ顔面ダイブ。


 本日二度目の気絶である。なんてこった。

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