8. 一日の終わり
「ふ~、さっぱりした~」
シャワーを浴びて、僕は意気揚々と宿へと戻った。
頭をタオルで拭きながらも、おあばあちゃんから教わった魔法の練習をする。体内の魔力を自分で好きな場所に動かす訓練だ。おばあちゃんは簡単に手のひら集めていたけど、意外に難しい。
そんなことを考えながら歩いていると、この一日で聞きなれた小生意気な声が聞こえてきた。
「なにぶつぶつ言いながら歩いてるのよ。変な格好で変なことしてるとまるっきり不審者よ。ねー、メルちゃん」
「そうなのですよ。この人は不審者です。危険人物なのです」
「もー、なんでいつも酷いこというのよ。こんばんは、タイチさん」
声のする方を向くと、テレサとマリ―がおばあちゃん達と一緒にグラタンを食べていた。
「こんばんは。マリ―さんとテレサもご飯食べに来たんですね」
「ちょっとなんで私にはさんつけないのよ。マリ―にはつけてるのに!」
「ええ、タイチさんに紹介したら久しぶりに食べたくなってしまって。もう食堂は終わってたのにおばあちゃん達が用意してくれたんですよ」
「ちょうど材料が余ってたからね。もともと夜ごはんはグラタンにしようと思ってんだよ」
「そうなんですか」
この二人はおばあちゃん達とも親密な関係を築いているようである。
その社交性を僕にも少しわけてもらいたいよ。
「あんたも食べてくかい?もうひとつなら作れるよ」
「いいんですか?お金を全くもってないんですけど...」
「そんなのわかってるよ。いいから食べなさいな」
そう言って、おあばあちゃんが食堂にグラタンを作りに戻る。
「ではお言葉に甘えて」
僕はマリ―の横に腰をかけた。
なんでこんなやつにおばあちゃんのグラタンを食べさせなきゃいけないのよと、少女が愚痴愚痴と文句を言っているけど、準備してくれてるのに食べないのはもっと失礼だろうと平気な顔で座る。
「本当に美味しいですから、期待しててくださいね」
マリ―が美味しそうにグラタンを口に運びながら言う。
満面の笑みでグラタンを食べる姿は最初に会った時のりりしい姿と比べると、随分と幼い印象を抱く。やっぱりこの子もまだまだ若いんだな~。20歳をすぎると、途端に10代が若々しく感じてしまう不思議である。まぁ、実年齢はわからないんだけどさ。
「タイチって生活魔法も知らなかったんだってね?」
「メルちゃんから聞いたの?そうだよ。全く知らなかったよ」
「メルちゃんって言うな!」
「いいじゃない。可愛い名前なんだから呼ばせてよ」
僕がからかうと少女ことメルはきーっと頭から湯気がでそうな位に怒っている。
「よくそれで生きてこれたわね。本当にどこで生活してたのよ」
「ははは。本当にどうやって生きてたんだろね」
「大丈夫ですよ、タイチさん。私もテレサと会うまで生活魔法使えませんでしたから。普通ですよ、普通」
「そうなのよ。初めて会った時のマリ―は本当に無知でね~。私と会わなければきっと野たれ死んでたわよ、アタナと同じで。二人とも私に感謝しなさいよね」
「僕を助けてくれたのはマリ―さんだからテレサに感謝はしないよ」
「なによそれ!私が連れてかないって言ったらきっと草原で死んでたのよ」
「わかってるよ。本当はすごく感謝してます。テレサ様を崇拝しております」
「そうよ。それでいいのよ。私をあがめなさい。そうすればきっといいことがあるわ」
テレサはオ―ッホホホホと上機嫌だ。
なんて単純なんだろう。あんな簡単でいいのかよ。
「私も、だからテレサには頭が上がらないんですよね。友達であり冒険者仲間でもあるんだけど、命の恩人でもあるんですよ」
「そうなんですね。人はみかけによらないなー」
「なんですって!」
テレサがぎろりとこちらを睨んだ。
「違うよ。マリ―さんはなんでもできそうなのに、テレサ様に会うまで生活魔法が使えなかったなんて意外だな―と思ってさ」
「ああ、そういうことね。また私を馬鹿にしたのかと思ったわ。人助けなんてしなそうなのにって」
「そ、そんなわけないじゃないか。ははは」
若干そういう意味も込められていました。ごめんなさい。
「そうなんだー。ここでは生活魔法って普通に当たり前に使ってるからみんな使えるものだと思ってたよ。お兄さん、なんかごめんなさい。生活魔法が使えないだけで極悪テロリスト扱いして」
「わかってくれればいいよ」
マリ―のおかげでメルの僕を見る目がちょっぴりと優しいものに変わったようだ。
本当になにからなにまでマリ―には感謝である。
そうこうしていると、おばあちゃんがグラタンを持って戻ってきた。
「はい、どうぞ。私特製グラタンだよ」
「ありがとうございます」
グラタンからは湯気がほくほくと上がっており、とても美味しそうだ。
シャワーで冷えた体にとても合いそうだ。
「いただきます」
「はい、どうぞ召し上がれ」
パクリとグラタンを運ぶ。
「う、うまい!!」
具材は何を使っているかわからないけど、エビのようなぷりぷりとした海鮮物とブロッコリーのような野菜が入っていて地球のグラタンにそっくりである。
ここにきてから何も食べてなくてお腹がすごい空いてたのもあって、超絶上手い。
「でしょー。おばあちゃんのグラタンは世界一なのよ!」
「よろこんでもらったみたいでよかったよ」
ぱくぱくとグラタンを口に運ぶ。
「ごちそうさまでした」
「早!?」
みんなより遅く食べ始めた僕だったが、一番早くに完食してしまった。
それだけ美味しかったのである。
そのあとはみんなが食べる終わるまで、マリーとテレサの冒険譚やミルちゃんの看板自慢(なんとあの看板はミルちゃんが作ったのだそうだ)などを聞いて楽しく過ごした。久しくこんなに楽しい食卓は経験してなかった。女の子に囲まれてるってのも、いいよね~
ミルが最後の一口を食べて、楽しい夕食会もおひらきかという時、宿の扉ががちゃりと開いた。
扉の方を見ると、黒い隣人が帰宅してきたようであった。
「あ、おかえりなさい」
「......」
僕はまたもとっさに声をかけたが、案の定返事はない。
しかし、今回はちょっぴりと頭を下げて、二階へと階段を上って行った。
僕はがちゃりと扉を閉めた音を聞いてから、みんなの方へと向き直った。
「あの人ってな――――」
なんか不気味な感じだよね。僕は自分のことを棚にあげてそんなことを言おうとしていたのだが、みんなの表情を見て僕は何も言えなくなった。
「あー、やっぱり黒騎士様はかっこいいわね!」
「うん、あの影を背負った感じとか最高にかっこいい!」
「全身黒い装備ってのがいいんだよね」
なんと、女性陣全員が目をキラキラとさせていたのである。
そしてあの黒い隣人がいかにかっこいいかを女子3人でキャーキャーと語り始めていた。心なしかおばあちゃんも楽しそうに話を聞いている。
「へー、ああいうのがかっこいいんだ」
僕がぼそりとそう言うと、
「は~?ああいうのがってあんた何様よ」
「ちょっとタイチさん、今の言い方はすこし馬鹿にしてましたよね?」
「良い奴かなと思い始めてたのに、やっぱりお兄さんは人間の屑だ!」
女性陣からもの凄い罵倒を浴びせられた。
「す、すみません」
「わかればいいのよ」
「次からは気をつけてくださいね」
「謝ったって許さないんだから」
こうして楽しかったお食事会が一転して最悪の雰囲気になって終了した。
マリーとテレサは黒い隣人について楽しそうに話しながら帰宅し、メルとおあばあちゃんも黒い隣人について楽しそうに話しながら片づけに入っていった。
僕も片づけを手伝いましょうかといったのだけど、メルがいらないとつっぱね、しょうがなく僕はとぼとぼと部屋へと戻ることになった。
がちゃりと扉をあけて、僕はベッドへとだいぶした。
「はぁ、死にたい」
今日はいつもと違ってスッキリ眠れると思っていたのに。
僕は異世界最初の就寝をいつものように悶々としながら迎えるのであった。