5. 生意気な少女と寡黙な隣人
冒険者ギルドを出ると、まだ日は高い位置にあった。
結構あっさり登録が終わったからそんなに時間は経っていない。時間でいうと午後二時位だろうか。
「さて、とりあえず“グランマの家”を探そうか」
マリ―曰くこの近くにあるそうだけど、どこだろう。
二人に宿まで案内してもらえばよかったなか?いや、でもそれは頼りすぎだろう。今後も仲良くしたいし、あんまり頼ってばっかりだとうざがられてしまうかもしれない。いや、でも普通は仲良くなりたければ案内してもらった方が正解だったかな?どうだろう。人間関係はここでも難しいね。
道行く人に聞いてみよう。
「あの、すみません」
僕は歩いている人で比較的やさしそうな人に目をつけて声をかけた。
人見知りな僕だけど、こういうことは別に何の抵抗もない。
「ん?なんですか??」
狙い通り足を止めてこちらに意識をむけてくれた。
それにこっちを見ても睨んだりしてこない。若干眉をしかめてる気もするけど、多分僕の格好が珍しいからだろう。それでも逃げたりしないからやっぱり良い人そうだ。
「“グランマの家”という宿屋を探してるんですけどもどこにありますでしょうか?この辺って聞いたんですけど」
「ああ、それならあそこに見える教会の横の道を進むとすぐに見えてくるよ。看板も目立つからすぐにわかると思うよ」
「そうですか。ありがとうございます」
僕はぺこりとお辞儀をして、教えてもらった道へと足をすすめる。
教会はイメージ通りの建物だからわかりやすい。しかし、この教会も立派な建物だ。元いた世界なら世界遺産とかに登録されてるレベルだ。
今度じっくりみてみよう。
そして通りすがりのやさしい人に教えてもらった通り、教会の横の道を進む。
すると本当にすぐに見えてきた。教会の二つ隣であった。
「ここか」
これまた随分奇妙な家である。
雰囲気の良い木造の家なのだが、カラフルに色どりされた可愛らしい大きな看板が壁にかかっているのだ。正直雰囲気が宿と全然あっていない。というか町全体の雰囲気ともあっていない。しかし、言っていた通り目立つし、これ単体はとてもよくできていると思う。でもあんまりおばあちゃん感はないな。メルヘンな感じではるんだけど、もっとこう、しっくりする感じにすればよかったのに。いや、本当にいい看板だとは思うんだけど。
と、入る前から失礼なことを考えしまったわけだが、二人のおすすめだしこの宿にするという気持ちは変わっていない。
僕はそ~っと扉を開けて宿の中へと入って行った。
「ごめんくださーい」
扉を開けると、中は思ったよりもかなり活気であふれていた。
どうやら一階は食堂になっているようで、家の中は満員御礼であった。従業員さんも必死に配膳や片づけを行っており、こっそり入った僕の存在には気づいていないようだ。
「へ~、本当にご飯が美味しいんだなぁ」
「そうだよ!ここのご飯は天下一品!特にグラタンは美味しいんで是非食べていってね!」
「うわ!?」
僕は誰にも気づかれていないと思って話した独り言に、思いもかけず返事があり驚いてしまった。
僕は声のした方へと顔を向ける。そこには受付のような場所があり、小学生くらいの小さな少女がにこにこしながらこちらを見ていた。
「どうかした?」
「あ、すみません。ちょっとびっくりしてしまって。お譲ちゃんが店番してるの?」
「そうだよ。お兄さんはご飯食べに来たの?それとも泊りに?」
「泊りに」
そう言って、冒険者ギルドでもらった身分証を少女に手渡した。
少女は身分証を受け取って、ふむふむといいながら眺めてからこちらに返してきた。
「へ~、お兄さん。駄目人間なんだね?」
「は?」
僕はちょっと意味がわからなくて呆けた声をだしてしまった。
駄目人間?まぁ、確かに駄目人間ではあるんだけど、なんだいきなりこの子は。
「身分証の裏に押してある判子って一週間どこでも好きな宿に泊まれるやつでしょ?これってどうしようもなくなった人につけられるやつだよね?まだ一個しかないけど、これ押される人って家族からも見放されて居場所もない上にお金もなくてどう仕様もなくなった人だけだよ~。こんな判子を押されるくらいなら魔物に食われた方がましだってみんなこの制度利用しないんだよ?逆にお兄さんすごいよ!」
「そう、なんだ」
「そうだよ。お兄さんって本物の屑だよ。私この判子押されてる人初めて見たもん。みんなこの制度のこと知ってても利用しないもんね。すごいな~。お兄さんすごいよ~。私嬉し――――いて!!!!」
ごつんと少女の頭をこぶしが襲う。
もちろん、僕がやったわけではない。正直テレサの時以上にイライラしていたけれど。僕は耐えた。
「こら!やめなさい!!ごめんなさいね~。ほらあなたも謝りなさい」
感じの良さそうなおばあちゃんが少女の頭を下げさせる。
少女は瞳に涙を浮かべながら、納得いかないような表情ではあったが「ごめんなさい」と小さな声で謝った。
「いや、いいんですよ。小さい子の言うことですからね。僕は気にしませんよ。ははは」
「本当にごめんなさいね。ほら、あんたは皿洗いでもしてなさい」
「は~い」
そう言って、少女は厨房の奥へと駆けて行った。奥に入る前にこっちを向いて下を出していたけど、どうやらいきなり嫌われてしまったようだ。僕も嫌いになったけどな。
「それでは、冒険者ギルドの制度でお泊りになるんですね?」
「はい。そうです」
「あの子が行ったことは気にしないでくださいね。これから頑張ればいいんですよ。誰だってやり直す権利はありますよ」
「ありがとうございます」
「それではこちらが部屋のカギになります。あそこの階段を上がって一番奥の右側の部屋です。朝ごはんはパンをお出ししています。夜ごはんはお昼のあまりでまかないを作りますので食べたければお声掛けくださいね。あと、シャワーは庭にあるのでご自身で暖めてご利用ください」
「わかりました」
「それではごゆっくりお過ごしください。ではあたしは厨房に戻りますね」
そう言って、おばあちゃんは厨房へと戻って行った。
僕は言われた階段をのぼる。
しかし、やっぱりこの冒険者ギルドの救済って、社会的にあんまりいいイメージがないんだな。
身分証の判子ってずっと消えないのかな?なんだかこれから先身分証を提示するの嫌んなっちゃうな~。
そんなこと考えながら悶々としながら歩き、部屋の前までやってきた。
鍵をあけ、部屋に入ろうとすると、隣の部屋ががちゃりと開いた。
「あ、どうも」
僕はとっさに声をかけた。
「......」
隣の部屋から出てきたのは黒づくめの男であった。
黒い鎧を身にまとい、首には黒いマフラー?をつけ、背中には黒い大剣をしょっている。
僕のあいさつに何の反応も返さずにこちらをじーっと見つめる。
「今日から一週間となりでお世話になります」
「......」
依然男からは反応がない。
いや、うん、ちょっと挨拶するだけのつもりだったんだけど、挨拶を返すわけでもなく歩き去るわけでもなくこちらを見て動かないので無視して部屋に入るわけにもいかずに話し続けてしまう。
「名前はタイチっていいます。この町は初めてで、というか色々初めてづくしなんですけど、これから頑張ろうと思ってます。もしかしたら色々ご迷惑をかけてしまうこともあるかもしれませんがその時はよろしくお願いします」
「......」
僕は一体何を言ってるんだ?
「一生懸命頑張る所存でございますので――――」
男が僕の唇に指をあて、お口チャックをする。
「......頑張れよ」
そう言うとと男は去っていた。
男が見えなくなるまで僕は呆然と立ち尽くした。そしてがちゃりと扉を開けて部屋に入り、冒険者ギルドにもらった装備品やら何やらを床に放りだし、目に付いたベッドにダイブした。
「もう嫌だ。死にたい」