1. 猫耳少女との出会い:前編
それは遡ること三日前の出来事であった。
マリ―とテレサが街を出てからは、一角ウサギを討伐したり薬草を集めに行ったり、たまにはカカシをしながら生活していた。大きな事件もおきず、思いのほかのんびりとした生活を謳歌していた。異世界にきてからもう一カ月近くが経ち、この生活にも大分慣れてきていた。
そんな風に日々を送っていたある日、いつものように一角うさぎの討伐を終えて、くたくたになりながら帰宅していた時のことである。
「ひひひ~、遂に銀貨三十枚もたまったぜ~」
夕暮れ時の帰り道、僕は報酬で貰った銀貨を手にとって眺めながら、下品な笑みを浮かべて歩いていた。我が家が見え始めた時、ドアの前に誰かしらが立っているのを目撃する。どうやら子連れの人のようである。
「ボッスン、誰かいるみたいだから先に戻ってて」
「カ―」
僕は肩に止まっていたボスガラスことボッスンに向かってそう言った。
僕の言葉を受けて、ボッスンは肩から飛び立ち、庭にある一番大きな木にある自分の巣へと帰って言った。初対面で肩にカラスを乗せているのは印象が悪いからね。
そして、僕は家の前にたたずんでいた二人の人影の近くへとやってきた。
「あの~どうしたんですか?」
後ろからの僕の呼び掛けに、男はびくっとしたように振り返る。
フードをかぶった小さな子が男の足元にしがみついていた。
「あ、いえ、ちょっとこちらのお宅の人に用がありまして~」
「なんでしょうか?実は今、ここの家主は留守にしてまして、私が管理してるんですよ。何かあったら伝えておきますが」
「そうですか。困ったなぁ」
男は困ったような表情を浮かべる。
いまさらながら僕は男の様子を観察する。
びしっとした黒いスーツを身にまとい、頭には黒いシルクハットをかぶっている。靴も上等なものをはいているようだ。日本にいたころならシルクハットなんて奇抜な格好だなと思ったかもしれないが、こっちにきてから野蛮な冒険者を見なれた僕にとって、なんとも真面目な格好をしているように感じられた。
そのせいか、僕は無意識のうちにこの人を怪しい人ではないなと思っていた。
「なんだったら僕がききましょうか?こう見えて僕も冒険者ですから」
「本当ですか!?それなら話だけでも聞いてもらえないでしょうか」
「どうぞ。どうぞ」
そうして、僕は黒い衣装に身を包んだ男の話を聞いた。
なんでも、足にしがみついた子供は奴隷で、今日中に買い手がみつからないと鉱山に売り払わなければいけないらしく、鉱山に行く奴隷は安く買いたたかれる上、長生きすることができずにかわいそうだと必死に買い手を探していたんだそうだ。
僕はそんな話を聞いて、なんとも異世界でありがちな話だなと思うと同時に、こんなにも小さな子が奴隷にだされてしまうのかと同情心を刺激される。
僕はそっとしゃがみこんで、男の足元にしがみつく奴隷の子供の手を取った。
もふり、不思議な感触を感じる。そっと、その手を覗き込んで見ると、なんとその子の手は毛むくじゃらであった。
「―――!?この子――」
「ええ、獣人の子供なんですよ。獣人はおもに肉体労働なんかに使用されることが多いんですが、まだまだ子供なものでなかなか買い手がみつからず。しかも女なので余計に買い手がつきづらいんです。これが人間だったならまた違った用途で売ることもできたんですけどね。普段なら金貨百枚はするところを、金貨十枚で販売しているんですけれど、それでもなかなか」
「そう、ですか」
人をまるで物の用に話す男の言葉に少なからず嫌悪感を感じる。それと同時に、それに振り回されてしまう小さな子供がとてもかわいそうになる。この子もきっと事情があって、こんな状況に追い込まれているんだろう。奴隷になるというだけでも悲惨なのに、さらには買い手すらもみつからず、男に連れられて何度も商品のように扱われるなんて酷過ぎる。
獣人の少女はつぶらな瞳で僕を見つめていた。
しかし、金貨十枚ではとてもじゃないが買うことはできなかった。
マリ―とテレサが冒険に出て以来、必死に倹約して溜めても銀貨三十枚がやっとであった。金貨にすると三枚だ。とてもじゃないが買うことはできない。僕は、そっと少女から手を話して立ちあがった。
「お客様、どうですか?買っていただけますでしょうか」
「いえ、申し訳ないですが、どんなに頑張っても金貨三枚しかだせないです」
「金貨三枚ですか.......」
「ええ、なんとか買い手がみつかるといいですね」
「わかりました。しょうがないです。金貨三枚で売りましょう」
「え!?半額分も出せてないですけど?」
僕は男の予想外の返答に驚きの表情を浮かべる。
一瞬冗談かとも思ったのだが、男は真剣な表情のまま話し続ける。
「はい、鉱山に売るとなるもっと安くなりますし、そんなところに売る位ならお客様に売る方がよさそうですから。お客様はなんともお優しそうですし」
「そうですか」
「では、さっそくお売りします。今、お金の方は持ってますか?」
「ええ、まぁ、腰袋に入ってますけれど」
そう言って、僕が腰袋から銀貨を出そうとすると、男がそれをひったくって、中身を確認する。
「あ、ちょっと何をするんですか!」
僕が抗議しようとしても、男は手を止めずに僕の腰袋から出てきた銀貨を数え続ける。
なすすべもなくその様子を眺めているしかできない。
「...二十八..二十九...三十。確かに銀貨三十枚ありますね。それじゃあ、登録をするので手を出してください」
「手、ですか?」
僕がわけがわからず戸惑っていると、男が僕の手を無理やりとってチクリと何かを刺した。
「痛い!!!」
男が次は奴隷の少女の手を突き出した。そして、僕に突き刺した針のようなものに着いた血を一滴少女の手の甲にたらした。
「我が証人となり、汝と汝が主従契約を結ぶことを見届ける。いついかなる時もその絆が断ち切れんように」
男がぼそりと何かを呟くと、突然、少女の手の甲が光始める。
奴隷の少女は痛みで顔をゆがめている。
僕は突然の出来事に全く脳みそがついていけいていなかった。
そして、数秒でその光はおさまり、少女の表情も元に戻っていた。
「これで、この子とアナタ様は奴隷と主人の関係になりました。この血の契約によって、この子はアナタ様を傷つけるようなことは一切できませんのでご安心を」
「そうなんですか。でも色々とまだわからないことがあるんですけども」
とにかく状況の整理がしたくて男に質問しようとするも、男はなにやら急にあわただしい様子を見せ始め、僕の質問に答えようとはしかった。
「大丈夫ですよ。もう何も煩わしいことなんてありませんから。それでは私は色々と忙しいので、これにて」
「あっ、ちょ―――」
僕の制止をまったく聞かず、男はそそくさとその場を去ってしまった。
「―――うーん、一体全体何が起きたんだ?」
こうして、この場に僕と獣人の少女が取り残されたのであった。




