3. 初めての町
「モルカドの町が見えてきましたよ」
「あれが、モルカドですか」
自己紹介をして1時間ほど歩いただろうか、草原続きだった景色に違うものが見え始めた。
それは壁であった。万里の長城のような長い長い城壁のような壁が進行方向に現れたのだ。
その壁はかなり長く、遠くにいるから全貌が見えているが、近づいたら端が見えないくらいではないかと思われる。
「壁ですね」
「は?町なんだから壁があるのは当たり前でしょ?こんなに大きな町はみたことないって意味かしら?きっと田舎に住んでいたのね。よかったわね。少しは心辺りができて」
「もう、また馬鹿にしてるわよ」
テレサはなにかあるとすぐにこんな調子でからかってくる。自己紹介の後も、歩くのが遅いだとか水は飲ませないだとかいちいち突っかかってくるのだった。テレサも口が悪くなければ結構可愛いらしい感じなのに非常に残念である。まぁ、自分はロリコンじゃないので関係ないのだけれど。
こうして僕達は町の近くまでやってきた。
案の定町のすぐ近くまで近寄ると壁の端は見えなかった。そして長さだけではなく、近づいてみると高さも相当あることがわかった。五メートル位はあるだろうか。3階建ての建物位はあるんじゃないかと思う。
こんなに立派な壁がないと安心して暮らせないのだろうか。もしかしたらこの世界は思っているよりも危険なのかもしれない。
僕がそんなことを考えていると、二人が門番のような人の元へと歩いていく。
僕もそれについて歩く。
「こんにちは」
「おー、マリーちゃんにテレサちゃん。お疲れ様。今回も無事でよかったよ」
「当たり前ですよ。もうCランク冒険者ですからね。ゴブリンの討伐なんて朝飯前ですよ」
門番のおっさんが嬉しそうに二人を出迎える。
この世界にはゴブリンもいるのかーなんて考えていると、
「で、そいつは誰なんだ?」
門番のおっさんが彼女達に見せる温和な表情とは全く違う、不審者をみるような表情でこちらをいぶかしむ。まぁ、スウェット姿の男がこんな可愛らしい子達と一緒にきたら僕でも不審がるからしょうがない。でもこの門番のおっさん、地球だったら確実に裏の世界の人間だろうと思わせる位ごつくて怖いのでそんなに睨まないでほしい。僕が恐怖でしゃべれないでいると、代わりにマリ―が説明してくれた。
「依頼を終えて帰ってくる途中でみつけたんです。なんでも記憶喪失みたいなので、これから一緒に冒険者ギルドまでつれていくつもりです」
「んー、そうか。一応危険がないか調べさせてもらうか」
「はは、大丈夫だよ。カストルさん。こいつ一角ウサギに殺さそうになってましたから」
門番のおっさんが僕を調べようと近づいてきたが、テレサの一言で中断する。
「おいおい、まじかよ。そうか。だったらなんの危険もないな。通って良いぜ」
そう言ってテレサとおっさんががははと笑いあう。
「ちょっと二人とも失礼ですよ。ごめんなさいね」
マリ―が申し訳なさそうに言う。
「はは、いいんですよ。本当のことですからね」
この世界ではウサギに殺されそうになるのはよっぽど恥ずかしいことなんだな。
僕は恥ずかしさでしゅんと縮こまった。
「よーし、じゃあ三人とも通っていいぞ」
「はーい」
こうして僕はこの世界にきて初めての町へと足を踏み入れた。
門の中は石畳になっており、建物は、そうまさに中世ヨーロッパのようであった。
出店もたくさん出ており、町はとても活気づいていた。
街ゆく人も変わった人が多く、マリーの銀髪がかすむようにみな色とりどりの髪色をしている。中には毛むくじゃらな人もいる。獣人ってやつだろうか。
「すごいなぁ。まさに剣と魔法のファンタジーって感じだ」
僕が町に見惚れていると、マリーとテレサが「早く来て」と手招きする。
まだまだ全然見足りなかったが、二人からはぐれないようにきょろきょろするのもそこそこに歩き始める。
「やっぱり田舎人ね。どう?すごい活気がいいでしょ。この辺で一番発展してるからね」
「うん、すごいね。初めてみるものばっかりで興奮する」
「はしゃぎすぎてはぐれないでよね」
僕はマリ―とテレサの後をちょこちょことついていく。
油断をすると人ごみに呑まれてしまいそうになる。これだけ大きな町の市場だからそりゃあ人も多いよな。地元の駅も休日は結構人が多いけど、まさにそんな感じが門を抜けてしばらくずーっと続いていた。
人ごみの中をかき分けるように歩いて行くと、大きな噴水が見えてきた。
「うわ~、これまた凄い噴水だね。こんな立派な噴水初めて見たよ」
「そうでしょう。そうでしょう。この町の名物よ」
「この噴水から三つの大きな道が延びていて、住宅地域、商業地域、農業地域にわかれてるんですよ。今きた道は商業地域です、冒険者ギルドはこの噴水の近くにあります」
よく見ると噴水の周りの建物はどこか仰々しい建物が多い。もしかしたら主要な建物が町の中心に集まっているのかもしれない。
二人がとある建物の前で足を止める。
「それでこれが冒険者ギルド?」
「そうですよ」
他の建物は立派な感じだったのだが、ここは少し、うーん、いやかなり古い建物であった。
「なんか......ちょっと」
「言いたいことはわかります。一番歴史のある建物ですからね」
「そうなんですね」
そうして遂に冒険者ギルドの中に入る。
冒険者ギルドといえば、勝手なイメージだけど野蛮な人達が昼間から酒を飲んだりしているイメージがあるんだけどここはどうだろうか。
僕はドキドキしながら二人に続いて扉を抜ける。
「うわ~」
そこにはまさに思っていたような光景が広がっていた。
まだ日も高いというのに、門番のおっさんのような野蛮な感じのおっさん達が酒場らしきところでわいわいいいながら酒を飲んでいた。中には女もいたが、おっさん連中に交じって豪快に酒を飲んでいた。
「みんなこうみえて良い人だから心配しないでね」
「こいつらは冒険者の面汚しよ」
僕が幻滅した表情をしているのに気付いたのか、二人がそんなことを言う。
「おい、マリ―ちゃんとテレサちゃんが帰ってきたぞ~!!」
酔っ払いの1人がそう叫ぶと冒険者達がぞろぞろ集まってきた。
「どうだった今回の依頼は?怪我してないか?」
「二人がいなくてさびしかったよ~おかえり~」
わいわいと二人の帰りを喜んでいるみたいだ。
門番の人しかり、この二人はこの町の人達に随分と愛されているみたいだ。
「ちょっときやすくさわらないでよ。もう、みんなも昼間から酒飲んでないで働きなさいよ」
テレサが突っぱねようとするも、そんな様子も含めて楽しんでいる様子で絡んでいく。
テレサも口ではあんなことを言っているが心底嫌そうにしているわけではない。やっぱりあれが彼女のキャラなんだと改めて認識した。
「で、このにーちゃんは誰なんだい?」
その一言で険しい視線が僕へと集まる。
どうしてこうみんな僕に対しては挑発的な態度になるんだ?気持ちはわかるって言ったけど、流石に悲しいよ。そして怖いよ。一日で二度もこんな気持ちになるなんて思わなかったよ。
「あー、この人は依頼を終えて帰ってくる途中でみつけたんです。なんでも記憶喪失みたいなので、これからギルドの職員さんに引き渡しに来たんです。あてもなさそうだったので」
またしてもマリーが説明をしてくれる。
マリーの説明を聞いてもみんなの視線は険しいままだ。どこの世界も新参者は好まれないんだなぁ、そんな風に思っているとテレサがまたしてもウサギネタをぶち込んできた。
「こいつ、一角ウサギに襲われててギャーって泣きそうな顔で逃げてたのよ。そこを私たちがばしっと助けてあげたの」
「なんだって?一角ウサギってあの?」
「そう。あのルーキー御用達の一角ウサギよ」
そういうとみんながいっせいに笑いだした。
「まじかよ、そんなやついるのかよ。うけるんですけど(笑)」
「子供でも簡単に倒せるのに」
はいはい。面白い面白い。
どうせ僕は雑魚ですよ。でもしょうがないじゃないか、はじめてみたんだからさ。
てか、ウサギネタってなんか問題ありそうな気がするからもうこの辺でお終いにしてほしいよ、全く。
「もー、みんな失礼でしょう!」
マリ―さんが必死に止めようとしてくれているけど、一度笑いだしたらなかなか止まらないだろう。みんな酔っ払いだから沸点低そうだし。
「いまのうちに職員のところに連れて行ってくれない?」
僕がこっそりマリーに耳打ちし、ばれないように職員がいるフロアへと向かった。
そっと騒いでいる方を振りかえると、テレサはいまだ冒険者たちと一緒に爆笑していた。
めっちゃ馴染んでんじゃねーか、あの魔女っ娘。