二人の小人
少し悲しい感じのお話になりました。
昔々あるところに、ひとりの女の子が住んでいました。
名はマリー、5歳。家は小高い丘の上にありました。
お父さんとお母さんはどこかへ行ってしまい、帰ってきません。
なので、おじいさん、おばあさんと3人で暮らしていました。
実は、その家にはあとふたり、小人が住んでいたのです。
「おじいさん、見て!やっと芽がでたわ!」
ある春の日、マリーが朝の水遣りで花壇に向かうと、ある植物の芽がででいることに気がつきました。
先日、マリーがキッチンで見つけた種が発芽したのです。
「これは何の芽なの?」
おじいさんに尋ねます。
「はて、なんだろうね。わしも初めて見たよ」
おじいさんも知らないそうです。
物知りなおじいさんでも知らないことがあるだなんて、マリーはびっくりしました。
「実際に育つまで待つしかないね」
マリーはおじいさんの言葉に頷きました。
その日から、マリーは毎日その植物の芽を観察しだしました。
スケッチブックを持ち、すらすらと絵を描いていきます。
それを見たおばあさんは、マリーにこう言いました。
「マリーは絵がとても上手ねえ。将来は絵を描く人になれるんじゃない?」
マリーはこう答えました。
「マリーは絵を描く人にはならないわ。将来は木のお医者様になるのよ」
実は、おじいさんは樹木医でした。
おじいさんは昔から「植物の声」が聞こえるのです。
どこが悪いのか、どうすれば治るのか、木と話をしながら治療するのです。
その才能は、マリーにもありました。
まだおじいさんのように鮮明に聞き取ることはできませんが、いつかおじいさんのような立派な木のお医者様になる。それがマリーの夢でした。
マリーは植物とまだ単語ででしか意思疎通をすることができません。
当然、不思議な植物の芽とも試みています。
ですが、返事はありません。
困ったマリーは、おじいさんにお願いしてみました。
おじいさんならなんとかしてくれる、そう淡い期待をこめて。
帰ってきた言葉は、意外なものでした。
「あの植物は、おそらくできないよ」
「なぜ?」
「わしも何度となく試してはおるが、一向に返事がこないのだ」
「どうしてかしら」
「分からんが、もしかしたらこの世界とは別のところから来た植物かもしれない」
「別の?」
「まれにあるのだよ。見たこともない植物が現れ、いつのまにかなくなっているということが。そういうもののことを迷草と呼ぶのだ」
「迷草…、じゃあこの子もどこかへ行ってしまうかもしれないの?」
「かもしれんなあ」
途端にマリーは悲しくなりました。
いつかいなくなってしまう。
それが今日かもしれない、明日かもしれない。
この子がいったい何の植物なのか知りたいマリーは、あることを決めました。
「マリー、本当にするのかい?」
「ええ。もちろんよ」
マリーは花壇の近くにテントを張り、芽がいなくなってしまわないよう見張ろうと考えたのです。
とは言え、今はまだ春先です。昼間は暖かく過ごしやすいですが、夜になると気温は下がり、肌寒いのです。
おばあさんは少しでも寒くないようにと、たくさんの毛布を渡しました。
「ありがとう、おばあさん!これなら寒くないわ!」
マリーは笑顔でお礼をいい、テントの中に必要なものを運びこんでいました。
そして夜、マリーは何かの気配を感じて目が覚めました。
いけない、眠ってしまったわ。
マリーは花壇の方を見るために、そっとテントをめくりました。
そこには、
「そっちの葉っぱを持って、アン」
「待ってよジーク、急かさないで」
「早くやってしまわないとマリーが起きてしまうよ」
小人。
とても小さい、マリーよりも小さい人。
男の人と女の人です。
かわいいわ。
マリーはそう感じました。
「ねえあなたたち、何をしているの?」
「「!!」」
「私も手伝うわ、何をすればいいかしら?…あら?」
小人たちはどこかへ行ってしまいました。
「はあ、はあ、はあ、」
「どうしましょう、マリーに見られてしまったわ」
「いや、僕たちの顔は見られていないと思うよ」
「そうだといいんだけど…」
「…はあ、マリー…」
小人の目から涙が一粒落ちました。
次の日、マリーは夜に見たことをおじいさんとおばあさんに伝えました。
「二人の小人さんが芽の土を掘っていたのよ!何のためかしら。今日もテントで寝るわ。」
「今日もかい?寒いだろうに」
「大丈夫よ、毛布たくさんあるもの!」
マリーは意気込みました。
夜。
今日は眠らないわ。
早く来ないかしら、小人さん。
がさっ
来たわ。
「…まだいるのか、マリーは」
「今日は無理かしら」
「でも、早くしないと…」
「何をするの?」
マリーは思わず聞いてしまいました。
「「!!」」
小人たちは急いで立ち去ろうとしました。
「待って!お願い行かないで!」
マリーは叫びました。
「この芽をどこかに持っていくの?マリー、この芽が何か知りたいの。知ってるなら教えて。」
マリーはもう、芽のことなどどうでもよくなっていたのかもしれません。
ただ今は、なぜか小人たちと話がしたかったのです。
「マリー、ひどいことしないよ。お願いだから逃げないで」
「……。」
「ほら、お菓子もいっぱいあるよ。一緒に食べよう?」
小人が現れたらあげようと思い、家からたくさんのお菓子を持ってきていました。
「…どうします」
「…顔を見られなければ大丈夫かな」
「私たちのこと、覚えていないかもしれないわね…」
「ねえ、一緒に食べよう?おいしいよ」
マリーは何度も呼びかけます。
小人たちは、こちらを向かずに答えました。
「君が僕たちの顔を見ないと約束できるなら、いいよ」
マリーは喜びました。
「本当!?見ない!マリー見ないから!ちょっと待っててね!」
マリーは急いでお菓子を準備しました。
「お菓子、ここに置いておくね!」
そこに小人さんがいる。
それだけでマリーは嬉しかったのです。
「小人さん、マリー聞きたいことがあるの。」
「なんだい?」
男の小人が答えます。
「あの芽はなあに?」
とても気になっていたことです。
「あれがなんなのか、それは教えられないのよ。ごめんなさいね」
女の小人が申し訳なさそうに言います。
「君たちはあのような植物のことを迷草と呼んでいるね」
「ええ、おじいさんから教えてもらったわ。本当に別の世界の草なの?」
「そうだよ。この世界にはないんだ」
「そうなの」
「あの草はまだ小さいから大丈夫だけど、大きくなったらこの世界の人々にとっては毒となる胞子を出すんだ。そうなる前に元の世界に戻さないといけないんだよ。」
マリーにはまだ難しい話でした。よく分かりません。分かったのは危ないことだけ。でもそうなると、ある疑問が出てきます。
「私はキッチンでその種を見つけて埋めたのよ。どうしてキッチンにあったのかしら」
「ごめんなさい。それ、たぶん私が落としたのよ」
「おうちの中に小人さん入ったの?」
「今まで、君たちに見つからないようにこの家に住んでいたんだ。ひっそりとね」
マリーは全然知りませんでした。
「でも、もう少しでこの草は抜ける。そうしたら僕たちはもう、君の前に現れることはないんだ」
「え?」
マリーは、彼が何と言ったのか理解できませんでした。
いや、したくなかったのでしょう。
「もう君とは会えなくなるんだ」
彼の声はどことなく震えているようでした。
「だから、これ以上…」
ガチャン!
ドアの閉まる音が聞こえました。
振り返ると、そこにマリーの姿はありませんでした。
「…マリー」
女の小人は泣いていました。
次の日から、マリーは芽のもとに行かなくなりました。
「マリー、どうしたんだい?元気がないようだけど。今日は水遣りに行かないのかい?」
「……。」
マリーは答えません。
「わしが水をやっておくよ」
おじいさんはそう言うと、じょうろを持って花壇に向かいました。
マリーは窓からちらりと芽を見ました。
なんだか、悲しくなりました。
その次の日も、またその次の日も、マリーは水遣りをしませんでした。
そして、その次の日のことです。
「マリー、あの芽がなくなった。やはり迷草だったようだ」
それは、小人たちがいなくなってしまうということを意味していました。
マリーの目から涙が一粒落ちました。
行かなくては。
小人さんたち、まだいるかもしれないもの。
マリーは外へ飛び出しました。
花壇へ向かうと、小さな葉っぱが置いてありました。
その上に、いくつかの種がありました。
形も色も大きさもばらばらです。
きっと違う種類なのでしょう。
マリーにはわかりました。
これはあの小人たちが用意してくれたものだと言うことを。
植物を愛するマリーに、これ以上のプレゼントはありません。
マリーは辺りを見渡しました。
『大事に育ててね』
『いつも見守っているよ』
ふと、そんな声が聞こえたような気がしました。
「…パパ?ママ?」
しかし、誰もいません。
今日は少し、風が強いです。
丘の上に佇む女の子は、風に吹かれながら、涙を流し続けました。
お父さんとお母さんは森に入って異世界へと迷い混み、魔法つかいによって小人にされてしまいました。
顔を見られたら、逆らったら娘の記憶を消すぞとでも脅されたのでしょう。
仕方なく従っています。
読んでいただきありがとうございました!
誤字脱字、おかしな表現など多くあると思います。
何か変だと感じた方、ご指摘いただけると嬉しいです。