夢に見た奴隷
僕らは、目の前に立つ上半身裸の大柄な男を目印に、背中を追いかける形でただひたすらにあとについて行った。
そのまま土壁で作られた扉を潜り、暗い通路を歩かされる。
壁には所々窪みがあり、そこに小さな蝋燭が置かれて周囲を明るくしているらしかった。
その不気味に灯された通路を歩き続けると、袋小路になっている場所へ突き当たった。
その土で出来た行き止まりが、僕らにこここそが通路の終着点なのだと示していた。
その壁には、何やらシャベルに似た道具が置かれているという事に、僕はぼんやりと気がついた。
男はそこへたどり着くと、先ほど作らせた二人一組のうち、10歳くらいの男の子二人を連れてシャベルを持たせた。
その道具の先には、三叉に分かれた刃があり、その刃で土に穴を開けて掘り出すための道具のようで、男が目の前で壁の掘り方を実演して見せた。
高く振り上げ、くの字に曲がったシャベルの先を土壁に当てて掘り進める。その形は、ショベルカーのバケット部分によく似ていた。
それから、男はそのシャベルに似た道具を少年達に手渡し、二人の背中をトンと強く叩いて何かを囁いた。
少年達はその言葉に頷き、男の真似をして土を掘り出す。一体なんのためにこんな事をさせているのだろうかと気になったが、日本語で訊ねてみても答えが返ってくるはずはなかった。
男は腕組したまま働く二人を見て、たまに何か指示をしている。それを受けた少年は頷いて、さらに壁を掘り進めた。
土にシャベルが当たり、篭った音がしてパラパラと壁が崩れる。そうしているうちに壁がデコボコしてくると、再び男が指示を出した。
どうやら壁を均一に掘り進めろと言っているらしい。
言葉は理解出来なかったが、男の指示に合わせて少年達が凹凸のないように壁を掘るので、大体の意味は想像ついた。まるでトンネルでも掘っているみたいだ。
そして次第に少年の足元に土が溜まり始めた頃に、男は手を2回鳴らして少年二人の作業を止めた。それから通路の端に置きっぱにしていた貝殻みたいな皿を持ってきて、ほんの少しだけ二人にかける。もちろん、その2人は嬉しそうにそれを両手で受け止めて必死に飲み始めた。
僕はその光景を見て体が水を欲しているのを感じた。
強い欲求が支配して、それでも仕事をした二人しか貰えない現実を知っている分、指を咥えて見ているだけしかできなかった。
見ればロキリアも、僕の手を握った反対側の左手人差し指を強く噛んでいる。彼女も我慢しているのだろうと思うと、僕もこの渇きに耐えられる気がした。
それから皿を先程と同じ場所に置いてきた大柄な男は、次の少年2人へ指示を出した。次の子供らは僕と大して変わらない年齢の子供だ。恐らく5~7歳程度だろう。
その子らに男は相変わらず理解不能な言語で何かを指示し、通路横に出来た空洞に案内し、横長の木でできたいくつかの箱を指さした。
それは道具置き場のようで、木製の箱がズラリと並んでおり、それぞれの中に大量の蝋燭や、見たことも無い黒い道具、先程のショベルや植物のツルなんかを編んで作ったロープ、所々で見かけた壁を支えるための板のようなものが収納されていた。
しかし、男の指示を受けた子供たちはそういった色んな道具を無視して、何も入っていない箱を二人がかりで一つ持ってきた。二人の表情からも、かなり重そうな箱だということが分かった。
それを見た男は満足したのか、二人の頭をポンポンと撫でて、倉庫から笊に似た容器と水瓶を運んできた。そうして最初の2人が掘り出した土を笊の中に詰め込み、箱の中にそれを置き、水瓶から少しの水をすくって土にかけた。笊の中に移された土を水と混ぜながら指でこねくり回し、彼はどうやら何かを探している素振りを見せる。そして何も見つからなかったのか首を横に振り、幼い2人に同じことをするよう指示を出した。
子供らは頷き、最初の2人が掘り出した土を男の真似をして笊の中に次々と詰めてゆく。そうして詰め込んだ土の中に水をかけ、土を溶かしながら何かを探す素振りを見せる。
しかし幼い子供の仕事量など高が知れている。
それに気づいてか、男が僕とロキリアの方を向いて何やら指示を出した。ロキリアはそれに頷き、僕の手を引っ張って土集めを手伝わせる。そうしてなんらかの探し物をしている最中に、男はふとロキリアの土の中から小指の爪くらいの大きさの青い石を拾い上げた。
「なに……それ?」
僕はロキリアに訊ねるが、そういえば言葉が通じなかった。しかしロキリアの方もなんの石なのか分かっていない様子で男をマジマジと見ている。
男はその視線を感じたのか、笊担当の子供らの方を向いてその石を見せ、別の箱に放り投げた。どうやらその石だけは分けろという意味らしい。
それから男は僕とロキリアに再びなにか指示を出す。それを受けて頷いたロキリアは、再び笊を使った作業に戻ったので、僕も彼女に習うことにした。
そのその光景を見て満足したのか、男が僕ら一人ひとりに少しだけ例の水をかけてくれた。どうやら労働をすればこの水をくれるらしいと判断した僕は、ただひたすらに土集め作業に徹底することを決意した。
男から水を受け取りそいつを飲み干した僕は、ロキリアの隣に座って笊に土を盛り、水をかけて濾しとる作業を再開した。
男は全員が作業に入ったのを確認すると、1本の蝋燭を取り出して、見たことの無い黒い道具を使って火をつけた。どうやら片手で使える火打石らしい。
どういう仕組みか分からなかったが、男は簡単そうに蝋燭に火をつけそれを壁の窪みに置いた。
そうして室内がほんのり明るくなると、男が蝋燭を指して再び何かを言う。言葉が分からない事がこんなにももどかしいものなのかと、僕は苛立ちながら彼の口元を見ていた。
黒くて分厚い唇の中で、スカスカの歯が粘性をもった唾液を転がしている。見なければよかったと思い顔を下げた時、周りの子供らが同時に返事をした。
僕の返事だけが無かったが、男は気づかなかったのか気にならなかったのか、そのまま僕らに背を向けて通路を歩いて行った。どうやらこの場所は子供たちに預けて自分はどこか別の場所へ行くらしい。
なんだかこの状況は奴隷みたいだなと僕は思った。
それから、ロキリアの合図で、僕らは再び作業に戻る。僕は彼女の真似をしながら笊を用意し、あの男を思い出しながら作業を進める。
土は水をかけるとグチャっと潰れ、どんどん溶けていく。その泥水を黄色い木製の箱に詰め、青い石が出たらそれを別の青い箱に集める。
青い石はなかなか出てこないもので、3~5回笊で越しとると1つ出てくる程度だった。それも形は不揃いのものばかりだし、有名な宝石のサファイアなんかに比べたら見劣りする。ただの青い石である。
そんな何に使うのか分からない石を探し、僕とロキリアと二人の幼少年は切磋琢磨した。
一方、10歳くらいの少年2人は、休み休みではあったが壁を掘り進め、暗い通路はどんどん土が溜まっていく。
このペースだと石探しの作業が土掘り作業に勝てない。そう思っていた時、少年二人が手を止めた。そして僕ら石集め組の中に割って入ってきて、ロキリアや自分より幼い子供らにやり方を教わりつつ笊を扱い始めた。
どうやら男に指示を受けていたらしい。掘る方が早いのはあの男も知っていたのだろう。結局僕ら6人は一緒になって一つの箱を囲み、6つの笊を使いながら石を探す作業に入った。
黒いゴツゴツとした大きな石は見つかるのに、青いものは全くと言っていいほど見つからない、もしかしたら何度か見過ごしているのかもと思うと、時折怖くなるのを感じた。
蹴飛ばされたらどうしよう。
そうこう考えながら作業を進めているうちに、ふと辺りが暗くなった。それも突然だ。
慌てて顔を上げると蝋燭が消えている。どうやら蝋燭の火が消えるまでずっと集中して作業に取り掛かっていたらしい。その事実に内心驚きつつも、僕はそっと手を休めた。
指にはささくれが出来ていて、爪の間には砂や土が詰まっていて、指先は笊に擦れたせいか若干痛く、髪の毛をつまんでみたが、その感覚は無かった。そして暗くてジメジメしたところで長時間座りっぱなしだったためか、それともあの水のせいか、汗が止まらなかった。
自分の汗と、泥と、あの水とで混じり合い、僕のTシャツの自慢の柄も、もはや何が何だか分からなくなっている。それに、突然火が消えたもんだからあまりにも暗過ぎて周りに何があるのかすらわからない状況だ。
通路にある蝋燭が数本生きているらしく、どちらが通路側なのかは明るさで判断することが出来た。
と、いきなりロキリアが立ち上がり、四つん這いになって手探りであの倉庫のような場所へと向かい始めた。
蹴躓いて怪我でもしたら大変だと、僕は彼女の傍に寄り、若干慣れてきた目を力いっぱい開いて、半ば手探りで道案内をする。
彼女は僕の手を握ったまま付いてきてくれ、そして倉庫にたどり着くと横長の木でできた箱の中から数本の蝋燭を取ってきた。そしてその近くに置いてある黒い火打石と思われる道具を拾い上げ、カチッカチッと音を立てて蝋燭に火をつけた。
どうやら最初に男がロキリアに対して与えた指示は明かりの確保だったらしい。彼女がなんの迷いもなく蝋燭に火をつけたことからもその事が伺えた。
そして彼女は僕の手に火のついた蝋燭を握らせ、しっかり持つようにとジェスチャーで伝えた。
僕としても彼女の役に立ちたかったので、頭を縦に振って了解の意を伝え、彼女の次の行動を待った。
彼女は続いて数本の蝋燭を取り出し、僕の蝋燭に近づけて火を移し始める。そうして火がついた蝋燭を、壁の窪みに置いて火の消えた所へ明かりを取り戻し始めた。
その作業を繰り返す度に、ポツリポツリとこの空間が明るくなるのを感じた。ぼんやりと少しずつ明るくなる採掘場に、ロキリアが蝋燭を添えていく。
窪みは全部で7箇所あった。倉庫に一箇所、通路には向かい合う形で6箇所だ。この蝋燭のお陰で作業場周囲が明るくなった。と言っても、たった7本の蝋燭で通路の光を保っているとは思わなかった。この明るさだと、読書なんかは困難極まりないだろうに。
そうして明るくなったので作業に戻ろうとした時、あのデベソ男がやって来た。手にはあの不思議な水が湧き出す皿を持っている。ちょうど喉が渇いていたので最適のタイミングだ。
しかし男が来たから仕事をしなければ、と思ったが、周りの少年達は一切気にしていない様子で休み始めていた。どうやら蝋燭を指さして皆に何が言っていた時、「この火が消えるまで働け」的なことを言っていたのだろう。
僕は餌を待つ犬みたいにソワソワしながらその男の顔を見た。
男は僕らの近くまで来ると、僕等には見向きもせずに箱の中身を確認し始めた。どれだけ土が溜まったのか、石の取り忘れは無いか、また石はどれくらい集まったのか、間違えたものが入ったりしていないか、品定めするように慎重に見て回った男は、ついに満足そうにこちらを振り向いた。
そうして何か喋ると、その言葉を合図に子供たちが一気に駆け寄り始める。僕も例外ではなく、ロキリアに引っ張られるようにして男の足元に駆けつける。
すると男は僕らの期待を裏切ることなく、あの不思議な美味しい水をかけ始めた。
僕らが無我夢中でそれを啜り、そして飲み干すと、男はロキリアとそれに引っ付いている僕に何やら指示を出した。
わけがわからず頷く僕と、ハッキリと理解して頷いたロキリアは、それから男の指さした水瓶の方まで近寄り、それを2人がかりで持ち上げた。
それは思った以上に重くはなく、若干中に残った水がタプンタプンと揺れ動いたが。それ以外は気にならなかった。
男はそのまま何かを囁き、背を向けて歩き出す。多分付いて来いと言ったのだろうなと感じたのは、この光景を作業前にも見たからだらう。
とりあえず言われるがまま僕とロキリアは水瓶を抱えて、カニのように横向きに移動しながら男の後をついて行く。
途中蝋燭が消えている窪みに男が新しい蝋燭を追加しながら、僕らは最初に起された部屋の前までやって来た。
しかしそこには入らず、その前を通過し土で出来た、傾度がかなり緩い階段の前までやって来る。そこで立ち止まった男は、僕とロキリアに向けて何かを言い始めた。
何を言っているのか分からないが、男やロキリアの表情からとても大事なことだというのは想像ついていた。だから僕も適当に真剣極まりない顔を作ってやって真面目に聞いてるフリをした。
それから話が終わると、男は階段を上り出した。
男の身体があまりにも大きいので、僕とロキリアは下から眺めるしかなかったが、見ると階段の先には木製の扉のようなものがあった。
どうやら、僕とロキリアを連れて、男は扉の外へ行こうとしているらしい。僕は心のどこかでふと、脱走できるのではないかと思った。