ロキリアとメロス
異世界の人々が何を話しているのか、日本語しか使えないメロスには聞き取ることができません。ですので、ロキリア目線を書き加えることにしました。すみませんっ!
私は、ガタゴトという音と揺れで、慌てて目を開けた。今日の水汲み当番は私だったからだ。
こんな所でウトウトなんかしていたら、また何でもできる妹に「ロキリア姉ちゃんまた寝過ごしたのね、本当にダメな人なんだから。代わりに仕事やってあげましたよ〜その代わり今夜のおかず一口もらっちゃうんだからね!」なんて言われるに違いない。
どうしていつも寝過ごしちゃうかな、と自分に憤慨しながら飛び起きて頬を抓る。
基本私はこうすれば目が覚めるからだ。
そして目覚めて周囲を見渡し、はてなと首をひねった。
なぜ私はこんな荷台に乗せられているのかしら。自分で乗った記憶はさらさら無いというのに。
そういえばちゃんと水汲みをした記憶はある。その後どうしても喉が渇いて、私は少しだけ井戸の水を飲んだんだっけ。
しかしその後の記憶が思い出せなかった。どうやら水を飲んだ後に眠ってしまったらしい。
これは困った。もしかして誘拐というやつなの? と私が動揺している時だった。
――グゥーーーッ
私の腹の虫が突如空腹を訴えてきた。あまりにも恥ずかしいもんで、私は慌ててお腹を抑え、誰にも聞こえなかったかと周囲を確認する。
そこで私は気がついた。私以外に子供が5人乗せられている。どの子も村で見たことある子ばかりだった。でも唯一一人だけ誰だか分からない子がいる。
その子は派手な服を身にまとい、ここいらじゃ見かけない靴というものを履いていた。
「変わった子ね……どこかのお坊ちゃまかしら」
そう私が首を傾げると。
――グゥーーー……
その子の腹の虫が声を上げた。一瞬フィフラン(羽の生えたカエル)の鳴き声かと思い私は跳んで後ずさりをしたが、それが空腹によるものだと気づいてホッと胸をなでおろした。
「この男の子もお腹が空いているのね……まぁまだ早朝だったものね。朝ごはん食べなきゃ」
私はそう言って荷物を探ろうとし、いつも肩から下げているヌカの葉で作った鞄が無くなっていることに気づいた。
「しまった!せっかく作ったのに!」
砂漠地帯のリブレスには植物がほとんど存在しない。たまに雲の上に生えてるヌカの葉が取れるので、その繊維を使って服や鞄を作るのだ。しかしそれが無い今、問題なのは空腹を満たすものが無いということだ。
「どうしよう、何か食べるもの……」
そうぼやきながら荷台の中を適当に探っていると、珍しいものを見つけた。
「クフェイリの燻製がこんなに……!」
それはクフェイリと呼ばれる飛行爬虫類の一種で、ヌカの雲を住処とする小魚を食べるトカゲである。
クフェイリ自体に空を飛ぶ力は無いが、クフェイリの卵はヌカと同じく宙に浮く性質があるらしい。だから卵のうちに空を飛び、どこかのヌカの葉や根にくっついて孵化するのだ。
そうして孵ったクフェイリはヌカの葉っぱを住処とし、雲からたまに飛び跳ねる小魚を捕食しているのだという。
雲より下に行けば鳥やら獣やらに狙われる危険性が増すために空へ逃げたのだろうとおじいちゃんが言っていたのを覚えている。
そしてこのクフェイリ、収穫方法が難しく、たまにヌカの葉を収穫した時に付いている卵を育てたり、小魚を餌に釣るしか無いのだ。
要するに高級食材に近い。
恐らくこのトカゲをどこかで売りさばくついでに子供たちをさらったのだろうと私は考えた。
だが今となっては有難い。お陰で子供は食べるなと言われたクフェイリを食べることが出来るのだから。
私はクフェイリの燻製にかぶりつき、初めての味を堪能した。若干肉は魚臭いが、それは普段使っている燻製器に染み付いた匂いだろう。
「それにしてもこの黒いジャリジャリは何かしら」
ふと気になったのはクフェイリに付いている丸くて黒いツブツブだ。普段大人が食べているものにはこんなもの付いていなかったが、恐る恐る食べてみれば甘くて美味しかった。
そして最後まで食べ終え、私は強い喉の渇きを覚えた。
そりゃまぁ、あんなパサパサしたものを食べたんだから当然っちゃ当然よね。
荷台を探してみたところ飲み水らしきものは一切なかったので、私は諦めて子供たちを起こすことにした。
と言うのも、私がクフェイリを食べている時から、子供たちの腹の虫が喚き散らしているのだ。
それに、誘拐されたのだとしたら皆を起こして脱走しなきゃ。
まずは初めて見る男の子を起こそう。私はそう思い、腹を出して眠りこけている幼少年の傍にそっと腰掛けた。
と言うのも、私と顔見知りの子供たち全員を起こしてからだと、この子も疎外感を感じるだろうと思ったからだ。
「ねぇねぇ、ボク、起きて? 起きて?」
私がそっと男の子を揺すってみたが、彼は起きる気配を見せない。なかなかしぶとそうだ。
「それにしても本当に見かけない顔だわ。黒髪なんて本当に居たのね……顔立ちもどことなく堀が浅いし」
などと感想を述べながら、私はさらに強く少年を揺する。それでもダメかと耳元に口を持っていき、起きろと叫んでやろうとした瞬間だった。
――ギロッ
睨まれた。タレ目で大人しそうな子だと思っていたのに、突然睨まれた。
「ま、まぁ私も無理やり起こしたのが悪かったわよね」
と適当に謝ってみる。
しかし少年はどことなく寂しそうに、そして腹立たしそうにこちらを見つめてくるだけだった。
「い、いや。ほら、周りを見て!ね!誘拐されてるっぽいし!」
「……………………」
「お、お願い!許して!ね?」
こんな歳下の子供に頭を下げるのは何だか嫌だったが、それ以上にその表情が怖い。私の言葉をまるっきり弾き返してるみたいだった。
しかし、私が頭を下げたというのに、その少年はプイッとそっぽを向いてしまった。余程いい夢を見ていたのだろうか。とりあえず抜け出す準備をしなきゃいけないし、他の子供たちも起こしてあげなくちゃ。
そう切り替えた私は、腹を空かせているだろうと思い、黒髪の少年の傍にそっとクフェイリを置いた。
それから別の子を起こしに入る。
「起きて、ねぇ起きて。大変よ、私たち誘拐されちゃったみたいなの!」
次の少年はすんなりと起きてくれた。私と同じ髪色、肌色、ヌカの葉で作った服。
「あれ?ロキリア姉ちゃんどうしたの?」
10歳くらいの少年は私の事を知っていたらしい。多分妹の友達なのだろう。
「今ね、私たち誘拐されちゃったみたいなの。今子供たち起こすから、これ食べてお腹満たしなさい」
そう言うと、少年は辺りをを見渡して今の状況を確認し、不意に涙を浮かべた。
「だ、大丈夫よ!私がなんとかするから!」
慌ててフォローを入れた時だった。
――ガタンッ
突如荷台が大きく揺れ、私は思わず悲鳴をあげて慌てて口を塞いだ。
どうやらこの荷台を引いている人には聞かれなかったみたいだが、静かにしなくては今度は起きている事がバレてしまうかもしれない。
そう思って次の子を起こし始め、起きた子にはクフェイリの燻製を食べさせた。
そうして全員を起こし終えた私は、クフェイリを食べている途中の子から食べ終わった子まで全員に向けて今の状況を再度説明した。
全員井戸の水を組み上げる当番で、ちょっと水を飲んだら寝てしまい、気がついたらここに居るという状況だということは判断できた。
それから、この荷台に窓はないので、恐らく物資運搬用だということも分かる。それなら内側から扉を開けることが出来ないが、子供たち全員で力を合わせて扉こじ開けようということで話がまとまった。
「あとは、あの子ね」
私はそう呟いてそっと黒髪の少年の前に座り込み、声をかけた。
「ボク、落ち着いた?多分もう今の状況理解してると思うけど、一緒に逃げてくれる?」
私はいい反応を期待していたのだが、しかし少年の答えは意外だった。
『日本語でオケだよ』
私が理解出来ない言葉で何かを言い、プイっとそっぽを向いたのだ。
私は困惑を隠せなかった。私たちの言葉を理解していなかったのか、ということは外国人? それとも理解していたが付いてくるつもりがないから適当に言葉をでっち上げただけなのだろうか。
もし外国人ならこの状況を理解出来ていないことだろう。私達のことを敵と思っているかもしれない。
悩んだ末に、私は少年の目をしっかり見つめ、できるだけ友好的な笑顔を見せて話しかけた。
「ねぇ、私の名前はロキリアって言うの。言葉がわからなくて怖いでしょうけど、安心して?」
私が話している言葉も、恐らく通じてはいないのだろうな。そんなふうに感じたが、それでも私はめげなかった。ここに居る子供たち全員を連れて帰る。そう心に決めたのだ。
「ね!私たちは味方よ。一緒に帰りましょ!」
少し声を大きくして、周りの子達にも手伝って貰おう。そう思って同じ言葉を何度も繰り返した。
しかし少年にとっては逆効果だったらしい。私の後ろにいる子供たち一人ひとりを見て、黒髪の少年は目に涙を浮かべて何事かと叫び始めたのだ。
「お、落ち着いて!ね!気づかれちゃうから!落ち着いて!ほら!深呼吸!深呼吸!口を閉じて鼻から吸う!」
私は慌てて唇を人差し指と中指で挟み(静かにして)と公共ジェスチャーをするも、少年には通じないようだった。
しかし少年はジタバタと暴れ続ける。必死に両手で抑え、静かにするようにと何度も促した。
それを繰り返しているうちに、少年は私の意図に気づいてくれたのか深呼吸を始めた。私は言葉が通じなくても心が通じ合えた気がして、無性に嬉しくなって笑顔で頷いた。
それを見て照れくさそうに笑う少年がどことなく可愛らしくて、私は少年と一緒に深呼吸を繰り返した。
それからすぐに、少年は落ち着きを取り戻したらしかった。落ち着いた眼差しで私を見つめ、なにか呟いて頭を下げる。恐らくごめんなさいとでも言ったのだろう。
言葉が通じなくて、周りが囲まれて、逃げ場もなくて、ここがどこかも分からなくて、そして一人ぼっちで。それはとても寂しくて、とても辛いのだろうなと私は思った。
「いいのよ、辛かったでしょう。私こそごめんね」
言葉は伝わらないかもしれないが、私はこの少年の味方でいよう。誰かが付いていれば、この子もきっと寂しくないはず。何があってもこの子を一人にはしない。
私はそう心に決め、優しく少年の頭を撫でた。
とても小さくて、可愛い頭だ。サラサラの黒い髪が指の間を通っていく。こんな小さな体で、一人ぼっちで、それでも冷静さを取り戻す健気な少年に、私は心をうたれた。
そうだ、せめてこの子が困った時、私をちゃんと呼べるように名前を教えよう。
私は少年の顔を見つめ、口を開いた。
「私の名前はロキリアよ」
胸に手を当てて、ロキリアという言葉を繰り返す。
少年は言葉が聞き取れないことに寂しさを感じたのか、疎外感を覚えたのか、顔色を暗くして下を向く。
それでも私は、少年の方を向いて自分の名前を繰り返した。私はあなたの味方になるから、一緒にここから出ましょう。一緒に故郷へ帰りましょう。その一心で、「ロキリア」と言い続けた。
私はこの中で一番上のお姉ちゃん。いつも妹に馬鹿にされてる頼りないお姉ちゃんだけど、やり時はやるんだから。
そんな私の意思が通じたのか、少年はゆっくりと顔を上げて口を開いた。
「ロ……キリ……ア?……………………ロキリア!」
少年が初めて私の名前を呼んでくれた瞬間だった。
それから少年は嬉しそうに口を開く。今度は彼の自己紹介だ。聞き漏らすまいと、聞いたことのない言語を必死に聞き取ろうとした。
「メロス!」
そして聞き取れた。周りの子供たちも口々に叫ぶ。「メロス」「メロス」「メロス」と。
一人ぼっちで言葉の伝わらない少年の名前はメロス。私たちの言葉で、『走り続ける風』。夜の砂漠に吹き続ける風だ。
誰ともすれ違うことなく、ただ一人夜の砂漠を駆け続ける孤独な風の名前を持つ少年。私は彼を絶対に孤独にしないと心に決めた。