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夢に見た幼き僕

――ジリリリリリリリリリリリッ!


 突然けたたましい音が鳴り響き、何事かと僕は慌てて飛び起きた。


――ジリリリリリリリリリリリッ!


 その不快な音を発する物は、僕の枕元に置いてあって、必死に頭の上についた鐘を叩いている。

 僕は、なんだよ脅かすなよと笑いながら、そいつの頭をぽんと叩いて、はて、これはなんていう道具だっただろうかと首をひねった。ずっと枕元に置いて何度も使い続けた道具ということは思い出せたが、それがなんなのかは思い出せずに、僕は布団からモソモソと起き上がった。

 どうせ昨日のおかずは何だったかとか、大好きな漫画の作者は誰だったかとかがある日ポッカリ思い出せなくなる定番のアレに決まっているのだから、わざわざ無理して思い出す必要も無いのだ。


 そんなふうに決め込んで解釈を終えると、僕は母に怒られないうちにと布団をたたみ始める。


 そこで、僕の体に足が付いていることに気がついて、僕は若干の欠伸と伸びをしてから寝室を出た。

 トラックに足を食べられるという悪夢を見た気がするが、それも次第に忘れていき、寝室のドアを閉めた頃にはもうすっかり夢の事などどうでも良くなっていた。


 しっかりと閉められたドアを確認してから、僕は時計回りに回転して寝ぼけ眼で足を動かした。向かう先はお手洗いだ。壁に手を当てて眠い目を擦りながら、細い廊下をトイレに向けて直進する。その途中、あちらこちらにあるいろんな道具に対して、覚えていたり覚えていなかったりするのに、この家屋の造りはハッキリと覚えていた。

 まぁ、それもそのはずだろう。僕自身が生まれ育った家なのだから当然といえば当然だ。だからとはいえ、母の愛用している化粧品の名前とか、父のシューズの銘柄とかを把握しておく必要などない。


 と、そこまで考えてからふと頭を捻る。なんだか変わった夢を見ていた気がするが、はてなんの夢だっただろうかと。起きてから何度も考えているが、そんなに気になるほど大事な夢だっただろうか。

 でも結局のところ思い出せそうにないので、大した夢じゃないさと笑い飛ばして洗面台に立った。その後も、大した夢じゃない筈なのに、定期的にふと引っかかる事が起こるが、僕はやはり気に止めることは無かった。そういう人間なのだ。


 鏡に写っているのは5~6歳程度の僕自身で、大好きだったヒーローの写真がプリントされたパジャマを着ていた。僕は眠たい目を擦りながら鏡の前に立ち、いつもの様に蛇口を捻って水を出し、そいつを顔に打ち付けた。

 こうするとスッキリするのだ。どんな夢を見ていたのか思い出せないが、今朝のこの寝汗の量から、きっと太陽とダンスでもした夢を見ていたのだろうな。


 それからのんびりと部屋に戻り、適当な服に着替える。もちろん選んだのはヒーローの写真がプリントされたTシャツだ。それから好きなモンスターが描かれた靴下を履いてランドセルを片手に僕は一階へと降りた。昨日帰ってからランドセルの中身を一度も出しちゃいないので、わざわざ筆記用具が入ってるかとか心配する必要は無い。

 一階では美味しそうな香りが漂っていて、何かを炒めている音がしていた。


――グゥー…………


 この匂いに釣られてか、僕のお腹が急に空腹を訴え始める。朝から食欲旺盛だなんて、我ながら驚きである。

 僕は香りに誘われる形で台所に立つ母の足へ抱きついた。


「あら、どうしたの?今日は早いわね」


 母は心底驚いた様子で目を丸くし僕を見つめ、それからニッコリと微笑んで続けた。


「そうだ、パパったらまだ寝ているのよ、起こしてきてくれる?」


「わかった!」


 僕は横目で今日の料理を確認し、きんぴらごぼうとミニハンバーグを目にしてスキップをしながら父の寝室へと飛び込んだ。


「おっと、今日は早起きさんだな〜!」


 部屋を開けて起こしてやろうと思っていたのだが、その対象はどうやら既に起きてたらしく、ランニングをしに行く準備を整えていた。


「一緒に走りに行くか?」


 靴下を履き終えた父は僕に向けて走るジェスチャーをして見せたが、僕は走るという行為の良さが理解出来ず、その誘い出には首を横に振って答え、今朝のメニューを伝えて話を誤魔化すことにした。父もそれを感じ取ったのか、走りに誘う様子は見せずに支度を済ませ、「そうかそうか、今朝も美味しそうだなぁ!」と笑ってくれた。


 それが嬉しくてか、僕は父に抱き着いて父の顔を見上げる。


「ねぇ、どうしてパパは毎日走ってるの?」


 すると父は、「強くなるためさ」と答えた。


「ボクシング?」


 と僕は、強くなるの意味が分からなくて訊ねた。もちろん、父がボクシングをしている姿など見たこともないのだが、父は笑って答えた。


「そうだね、ボクシング選手も強いね。でもパパは別の強さが欲しいんだ」


「別の強さ?」


「そう、忍耐力っていう強ささ。人は毎日、何かと戦っているんだよ」


 どこか遠くを長めながらそう話す父に、僕はTシャツの写真を引っ張って見せて「パパもヒーローなの?」なんて聞いてみた。すると父は、大きな声で笑いながら、そしてどこか照れくさそうにしながら、「そうだね、パパもヒーローになりたいんだ」と言って僕を抱き上げた。


「さて、そろそろご飯にしようか!」


 僕は父のその言葉を待っていたらしく、本能的に大きく頷いてバンザイをして見せた。その姿に満足したのか、父は僕を抱き抱えたままリビングへと移動する。


「後で『走れメロス』を読んであげるね、お前があの本を紹介してくれてから、パパも好きになっちゃったよ。あの本にはパパが求めている強さがある気がするんだ。いつか、お前にもわかる日が来ると思うよ」


 そう僕を抱き抱えた父は呟いたが、僕にはやはりその言葉の意味を理解することは出来なかった。ただ頭の中には、美味しそうな料理の香りで支配されていて、鳴り止むことを知らない腹の音をどうやって満足させてやろうかといったことばかり考えていた。


「あら、お二人さん今朝は早いわね〜」


 母がどこか安心したような、それでいて驚きを隠せない表情で僕らの方を見て、優しく微笑んでくれた。

 その笑顔に僕は満足感を覚えて、父の手からスルリと床に降り、自分の椅子に腰掛けた。


「ね、言った通りでしょ!」


 僕が父を見て自慢げに胸を張ると、父は僕を褒めてから手を合わせた。それを見て僕も手を合わせると、母が慌てて味噌汁を運び、椅子に座って同じポーズを取って見せた。

 それから、誰が合図するわけでもなく、自然と同時に「いただきます」と口にし、箸を手に取るのだった。


 僕は大好物のハンバーグが乗った皿に箸を伸ばして、あぁ、なんて美味しそうなんだ。早く口に入れてそのとろける肉汁と酸味の聞いたケチャップを味わいたい。それからホカホカの白米を口に含んでその甘さを味わい、きんぴらごぼうのシャキシャキとした食感とピリリとした刺激に包まれたい。そして最後に香り高い味噌汁を啜り、少し背伸びをして「あぁ、なんて至福の一時なのだ」と目を閉じたい。なんて考えていた。


 しかし、僕がハンバーグを慣れない箸さばきで掴みあげた時、不意に横から誰かに揺すられた。

 かなり乱暴な調子で僕の体を揺らし、聞いたこともない言語を耳元で囁かれる。せっかくの一時ひとときを何者かに邪魔されて、僕は次第に腹の虫が暴れ始めるのを感じ取った。

 グーグーと鳴く腹の虫が、ついでに僕の怒りまで生み出しているのだ。


 イライラしながら前を見れば、父と母が心配した表情で僕を見ていた。僕は耳元でわけの分からない言葉を叫ばれ、無理やり揺すられ、美味しそうなハンバーグを食べたくても口に運べない状況で、それを見て両親が病気になったのではと心配し始めたのだ。


 二人から見れば、僕はしかめっ面を浮かばせて左右にグラングランと揺れている事だろう。心配しても仕方はない。僕自身としても、揺すられ耳元で何かを言われていることは分かるのだが、その対象を目視することは出来なかった。ある種の怪奇現象だ。


 だが、父と母からしてみれば怪奇現象などではなく、僕が高熱でうなされてるとか、奇病に感染した風に映るだろう。


 それがなんだか申し訳なくなって、同時に僕の幸せを邪魔する目に見えない何者かをぶん殴ってやりたくなった。一体誰が僕の邪魔をしようというのか、僕は目を見開いて隣にいる女を睨みつけて、そして先程まで見ていた光景が夢だったことに気がついて、肩を落とすのだった。





 確かに僕の寝起きは悪い方だ。だが、夢の中で感じていた幸福から無理やり引き剥がされて、言葉も文化もなぜここにいるのかってことすらも全く理解していない異世界で、見ず知らずの人に起こされて、それでもイライラしない人間が居るというのなら是非見てみたい。

 一方僕を揺すり起こした女性は、僕の苛立ちを抑えきれない表情を見て、かなり動揺しているらしかった。彼女はおどおどとしながら僕の理解出来ない言語で何かを言い、頭を下げたが、僕の腹の虫は収まる様子を見せなかったので、そっぽを向くことで返事をした。


 彼女は、最初に僕を揺すり起こしたアリスと違って、日本語は話せないようだった。また見た目も大きく違い、白い髪の毛を一つにまとめて頭の上で団子にしている。身なりもみすぼらしく、糸がほつれた布を体に巻き付けているだけであった。年齢も15歳位で、今の僕から見たらかなりの歳上だった。


 そんな彼女は、僕の機嫌が悪い事を察してか、僕の横に黒い砂粒の様なものが付着した饅頭ににた食べ物(?)を置いて、僕の隣にいる少年を起こし始めた。



 僕は横に置かれた饅頭の様なものを手に取り、少し匂いを嗅いでみた。焦げ付いたような匂いと若干の土臭さがあるが、それが何なのかはよく分からない。少し握ってみたが饅頭のような柔らかさは感じなかった。どちらかと言うと硬い。

 僕はその黒い饅頭のようなものを口にすることに対して強い警戒心を抱いたので、まずこの謎の物質について考えるより先に今の状況を把握しようと思い周囲を見回してみる。

 僕の最後の記憶では、黄色い雲を泳ぐ魚を見てここは異世界なんだと認識し、周囲は人気のない村と井戸があったはずだ。しかし今僕が寝ていた場所は小さな荷台の様だった。屋根と壁が取り付けられた軽トラックの荷台にかなり似通っている。いったいいつの間に移動したのだろうか。考えられるのは、何者かに連れ込まれたということだが、一体誰に? アリスという少女の仲間とかだろうか。

 また、時より揺れる事から、移動しているのだろうということも想像できた。

 しかし、窓や隙間は一切無いようで、外を見ることは叶わなかった。明かりとなるのは中央に置かれた三本の蝋燭で、その蝋燭は倒れない様に三本足の容器に突き刺さっていた。その光によって、この荷台の中に僕を含めた6人の子供が乗せられていることを知ることが出来た。


 ついでに僕の身なりを見てみたが、別段汚れや傷み具合は見当たらなかった。ただ少し気になったことは、身につけているものが夢でみたものそのままだったという事だ。靴にも同じヒーローがプリントされていた。その格好が明らかに周りから浮いていた。

 周りにいる少年少女は、皆質素な身なりで、裸足だった。だからといってどうこうするわけではないのだか、言語も通じず身なりにもこれだけ差があると、本当に独りぼっちなんだなと思えてきて、寂しさが込み上げてくる。


 夢の中で幸せを見てしまった分も相まって、帰りたいという気持ちで包まれていた。


――ガタンッ


 突然荷台が揺れて、少年を起こしていた一番年上の女の子が変わった悲鳴を上げる。起された子供たちは、涙を堪えた様子で黒い饅頭のよつなものをモソモソと食べていた。

 僕はその光景を見て同じ物を口に運びながら考えた。この世界に来たということは、元の世界に戻れるはずだと。きっと我が家に帰れるはずだ。そう思うと少し気分が楽になったので、僕は我が家に帰ることを目標として、この世界で生き延びてやると心に決めた。


 それから饅頭の様なものを噛んでみて、それがパンや餅や饅頭のように柔らかいわけではなく、若干の魚臭さがあるのに気づいて、「きっと空を飛んでいた魚の肉なんだろうな」なんて考えた。


 この荷台は何に引かれているのだろうか、何処へ向かっているのだろうか、ここにいる子供たちは誰なんだろうか。

 結局のところ疑問ばかりで、しかもそれに対してハッキリとした答えは誰も返してくれないが、僕は挫けずに頑張ろうと決めた。夢でみた父のことを思い出して、強くなるってこういう事なのかな、なんて思いながら。

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