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第五話 眠り姫の結界

「この部屋は……」

「僕の私室だよ。ロクな家具もないが、仮眠用のベッドだけは質の良いものを置いてあるんだ。他に寝かせられるような部屋が無くてね」


 ドアノブへと伸ばされたチャーリーさんの手が、音を立てて弾かれる。ボゥと扉に浮かび上がる紋様は禍々しく複雑で、ベスティアで広く普及している魔導術式とは根本的に違うものであった。それを見た母上はお茶菓子を齧りながら再びくすりと微笑む。


「ふふ。随分と手の込んだ拒絶結界ね。腕が鳴るわ」


 母上は微笑みながらドアに手を伸ばすが、激しい音を立ててその手が弾かれる。


「いったぁ~い」


 渦巻きながら指に絡みつく黒いモヤを払い、母上はその目尻に涙を浮かべる。どうやらこの扉に掛けられた術式は母上の手すら弾くほどに強力であるらしい。僕の目には何の変哲もない扉のようにしか見えないのだが。


「どうだいマリア。中々扱いに困る結界だろう」

「ん~。この様子だと、一枚じゃ無さそうねぇ」

「あぁ、多重結界だ。それもまるっきり異なる結界を重ね合わせて結界の穴を埋めてる。しかし、まぁ、この扉一枚にどれほどの術式を組み込んであるのか、調べようにも触れないことには……」


 扉を前に何やら話し始める二人の背後で、僕はただ呆然と立ち尽くす。

 無理もない。母上は相当な腕を持つ魔術師で、チャーリーさんもまた腕の良い魔術師だ。生まれつき魔力適性が限りなくゼロに近く、魔術師としての才能がない僕は、そもそもこの二人と生きる世界が違う。理解できるはずもないのだ。


 とりあえずあの扉の奥にいる眠り姫という存在が計り知れぬ化け物であるということと、彼女が作り出した結界は魔術師にとって非常に興味深いものであるということ。ついでにこの街に来た当初の目的から脱線しまくっていることは分かった。だがそれだけだ。


 確かに、街がこんな有様では転送陣どころか頼みごとをする以前の問題だ。

 眠り姫がばら撒いた魔法を解除するには、住民を一人一人治してゆくより術者を抑えたほうが手っ取り早いということなのだろう。しかしそのためにはまず、部屋に張られた結界をどうにかしなければならないわけで……。


「無理やり叩き壊すのは、やっぱりダメかしら」

「やめたほうがいいだろうね。僕も少し強引に破ろうとしたんだけど、この結界には与えられた衝撃を増幅して跳ね返す術が組み込まれている。君ほどの火力をぶつけたらこの館が消し飛んでしまうよ」

「よっぽどお昼寝を邪魔されたくないのかしら。困ったお姫様ね」

「休眠中の眠り姫が無防備なのは知っているだろう。この結界さえ抜ければ、未だ持続し続けている睡眠魔法を簡単に阻害できるはずだが……これは適性が高ければ高いほど強固になる結界だ。抜ける手立てが思いつかない。こんなもの、僕でも作れないよ」


 ため息をつくチャーリーさんの傍らで、僕は扉と二人を交互に見ることしか出来ない。


「もしかして……魔力適性が低ければ、拒絶されずに済むんじゃない?」

「可能性はあるが……今時、適性が低い人間なんて滅多に居ないよ。今から探すとなると……」

「その必要は無いわ」


くるりと振り返った母上が、立ち尽くしていた僕の肩をぽんと叩く。


「まさか……ソウジロウ君が?」

「えぇ。この子の魔力適性はほぼゼロよ。炎も飛ばせないんだから」


 僕の肩を抱きながら自慢げに母上は言うが、魔法を生活の基盤としているこの国において、魔力適性が低いと言うのは自慢出来るようなことではない。むしろ伏せておくべき欠点だ。


 魔法というものは主に、体内の魔力を具現化させたもの。

 その魔法を唱えるためには、魔力を貯め込む器としての体と、魔力を操る才能、つまり魔力適性が必要だ。大地に存在する魔素を体内に取り込むことで魔力に変え、それを具現化することで魔法が発動する仕組みである。


 どちらが欠けても成り立たない性質上、どれだけ大きな『器』を持っていようと、魔力適性が無ければ魔法を扱うことはできない。逆もまた然り。魔素が豊富なベスティアに生を受けた人間の多くは、器と適性の両方を生まれ持つ。僕のような適性の低い人間は、魔導国家においては生まれついての負け組というわけだ。


「ほらソウジロウ。やってみて。あなたなら開けられるかもしれないの」

「は、はぁ……」


 ぐいぐいと背中を押されるままに、扉の前に立つ。

 本当に大丈夫なのだろうかと生唾を飲み込み、そっとドアノブに手を伸ばしてみると、静電気のような感覚が指先を刺激する。


 しかしそれはほんの一瞬。禍々しい結界は沈黙を保ち、僕の手が呪いに染まることもない。隣に佇むチャーリーさんが驚きに声を漏らし、反対側の母上が顔を緩めながら僕の頭を撫でる。そのままドアノブを回してみると、いとも容易くドアが開いた。


「ど、どうしましょう。開いちゃいましたけど」

「じゃあ、さっそく中の様子を~……っと」


 部屋の中へ踏み込もうとした母上の体が、見えない壁に阻まれる。廊下と部屋の境目に、禍々しい紋様が浮かび上がった。


「ちょっと、何よぅ。結界生きてるじゃない」

「どうやら僕らは外敵と見なされているようだが、魔力適性が低いもの、つまりソウジロウ君は無害なものとして認識されているようだね。小動物か何かだと思われているのかもしれない」

「それはそれで複雑なんですけど……」


 魔法が広く普及しているベスティアの地に、僕のような魔力適性の低い者は希少である。眠り姫は恐らく、魔力適性が低い人間というものを知らないか、あるいはいないものとして認識している。だから魔力適性の高いもの、つまり全ての魔術師を拒絶する結界を張ったのだ。


 眠り姫は人間というものを、この世界に生きる者たちのことをほとんど知らないのだろう。もしかしたら、人間は全て魔術師だと思っているのかもしれない。


「でも、中に居るんですよね。僕、手ぶらなんですけど」

「いいかいソウジロウ君。術者である眠り姫は恐らく休眠中……にも関わらず術が生きているということは、何らかの魔道具を術式の核として使っているのだろう。それを少し動かすだけでいい。何せ、大規模かつ強力な術を二つも持続させている魔道具だ。もはや、術を保つだけで精一杯だろうからね。少し触れただけでも、簡単に崩れてしまうほど不安定になっているはずだ」

「んもぅ、チャーリーはいちいち言い回しが回りくどいのよ。ソウジロウもきょとんとしてるじゃない」

「すまないね。こればかりは性分だ」

「そんなわけだからソウジロウ。ちゃちゃっと行って、ささーっと本を(・・)ずらして来て頂戴。油断しちゃダメよ。余計なことはしないで、すぐに戻って来て」

「は、はぁ」


 とは言われても、いまいちピンと来ない。

 しかしそんな胸に残るもやもやとした不安も、母上の顔を見るとかき消されてしまうわけで。


「分かりました。行ってみます」


 僕は半ば無意識のうちに、そう答えていた。

 脳内で若干後悔しながらも、すぐそばに母上とチャーリーさんが居てくれるという安心感を背に僕は部屋の中へと踏み込んでゆく。母上とチャーリーさんを頑なに拒絶する結界も、僕のことは易々と受け入れてくれる。


 部屋の中へ数歩踏み込んだところで振り返ると、開いていたはずの扉は固く閉ざされていた。

 それと同時に、僕は先程までとは違う別のどこかに踏み込んだのだと本能的に理解する。

 

 無駄な家具のない、その部屋の奥。

 

 柔らかな光の差し込む窓際に置かれたベッドの上で、『それ』は静かに寝息を立てていた。


 胎児のように身を丸め、ベッドに横たわるそれを見た僕は、ハッと息を飲む。緩く波を描く柔らかな桃色の髪をリボンで束ねた愛らしい少女。その髪、その顔、その姿は、母上にとてもよく似ていた。


「……っ」


 髪の色が少し淡い程度の違いはあれど、伏せられた目元や無垢な顔つきはまさしく瓜二つである。まるで、母上の幼い頃を見ているかのようだ。一歩、二歩と歩み寄ったところで立ち止まった僕は、思わずその寝姿を見つめてしまう。


 これが、眠り姫なのだろうか。

 その体に魔族らしい特徴は見受けられず、魔力も感じない。それどころか、魔族特有の気配すら感じなかった。


(……っと、見てる場合じゃない)


 母上と似ているのはきっと気のせいだ。桃色の髪をした少女なんていくらでもいる。

 魔力を感じないのも、僕に魔力適性がほとんどないせいだろう。今はそれよりも、この結界の核となっている魔道具とやらを探さないと。僕はベッドから目を離し、部屋の周囲を見渡すが、無駄な家具のない部屋の中にはそれらしき道具がない。


 机の上にも、壁際に置かれた鏡台にも、道具らしい道具はおろか、チャーリーさんの私物らしいものもない。聞いた話が正しければ、どこかに魔道具があるはずなのだが。隠されているのか、それとも……。


「ベッドの下じゃない?」


 背後で呟かれた母上の声に、僕はなるほどと頷いて腰を落とした。


「そっか、ベッドの下……」


 隠し場所としては安易だが、この状況ではまるで気に留めていなかった。こういう時こそ、柔軟な思考を心がけねばな、と考えながら僕はベッドの下を覗き込む。綿埃もないベッドの下に漆黒の装丁が見えたその瞬間、僕は違和感に気づいた。


 今の、誰だ?


 おかしい。おかしいぞ。今のは母上じゃない。母上であるはずがない。だって母上は、結界の外に――


「ぐっ……」


 顔を上げようとした僕の頭を、強く踏みつける硬い靴。後頭部に突き刺さるこれは、ヒールか。その感触を理解すると同時に、その足は僕の脇腹を蹴り上げる。その衝撃に、ベルトから抜け落ちた父上の剣が床を滑った。


 絨毯の上を二転、三転した僕はその勢いを殺せず鏡台に叩き付けられる。そのまま鏡台を背に顔を上げると、そこには振り上げられた脚。寸前で首を傾げてそのヒールを躱すと、僕の代わりに鏡台が犠牲となった。砕け散る木片と、鏡の割れる音に一瞬目を伏せた僕は、短く息を吐いて『それ』を睨みつける。


「よォ。また会ったな。小僧」


 軽く吐き捨てる様な、冷たい声。

 嫌というほど耳に残るその声に、僕は思わず奥歯を噛み締めた。小さな瓦礫と化した鏡台からしなやかな脚が引き抜かれ、ヘルムに浮いた巨大な瞳がギョロリと僕を睨みつける。真っ赤な髪を床に流し、漆黒の鎧を身に纏う黒騎士、アスカがそこに居た。


 バラバラに切り裂かれたはずの体に傷はなく、身に纏う鎧は濡れたように艶やかである。その体は一回りほど幼くなっているように見えるが、染み出す魔力は紛れもなくあの山道で感じたものだ。


「相変わらず腑抜けた顔してるな。案外似てたろ? オレの声真似」


 僕を見下しながらフフンと口元を歪めるアスカ。下唇をなぞる真っ赤な舌は細く鋭く、グリグリと蠢く目玉は相変わらず気持ち悪い。というよりこいつどこから出てきやがった。まさか、小さな虫の姿のまま僕の服に潜り込んでいたのか。僕は湧き上がる感情を懸命に押し殺し、再び短く息を吐いた。


「……お前、どうして」

「あァん? 何だ、その眼は」


 鋭い指が僕の頬に食い込み、巨大な目玉が僕を睨みつける。このまま顔を潰されてしまいそうな恐怖に心が砕かれそうになる。けれど、気圧されたら負けだ。僕は負けじと睨み返し、恐怖の色を塗り潰して歯を食い縛る。


「……チッ」


 アスカは僕を突き飛ばすように手を放し、巨大な目玉をぐりんと回して身を翻す。

 喰らいついてやったぞ。僕は人間で、こいつは魔族。力の差はある。そりゃあもう、計り知れないほどに。それでも僕は、この状況で、引き下がるわけにはいかない。ビビっちゃダメだ。怯えちゃダメだ。とにかく今は、弱気にならないことだけを考えろ。


「全然ビビらなくなってやんの。つまんねー。つか、何だこの剣?魔剣か?まぁいいや」


 床に落ちた父上の剣を壁際に蹴飛ばしたアスカは目玉をグリグリと回しながら僕に詰め寄り、腰を抜かす僕を覗き込むようにしてニタと笑う。


「この結界の中なら、あの女は入ってこれない……よな?よし、つまり邪魔は入らないってワケだ。分かるか?どういたぶってほしいか、希望があるなら聞いてやってもいいぞ」

「……」

「無視すんなコラ」


 勢いよく振るわれた平手が、僕の頬を叩く。

 ジンジンとした痛みをぐっと堪え、口を結んで睨み続ける。アスカが唾を吐き捨てた。


「はァ~……つまんねェなお前。命乞いとかしねーの?」

「……」

「クソが」


 こいつは恐らく、正面からじゃ母上には勝てないということを学習した。そして護衛として傍に付き従う僕へと狙いを変えたのだ。こいつは非力な僕を人質にでも使うつもりなのだろう。どこまでも安直な、しかしながら効果はてきめんだ。


 僕が連れ去られでもしたら、母上はどんな無茶をしてでも僕を助けようとするだろう。どんな罠が待ち受けていようとも、母上はきっと飛び込んできてしまう。このままでは、本当にこいつの思うがままだ。


(どうする? どうすればいい? 何か僕に出来ることは……)


 ちらりと横を見る。扉までの距離はそう遠くないが、間にアスカが立っている。横を抜けるのは不可能だろう。結界の核となっているであろう本は、ベッドの下。破りでもすれば結界が壊れるはずだが、流石に一瞬では取り出せない。父上の剣は壁際だ。ならどうする。大声で母上やチャーリーさんを呼ぶか? いや、ダメだ。この結界は力押しじゃ壊せないと言っていた。


 それ以前に結界の外からでは中の様子が分からないだろう。下手に大声を出して眠り姫を起こせばそれこそ状況が悪化するだけである。静かに、冷静に機会を伺うんだ。


「動くなよ。クソガキ」


 アスカは壁にもたれ掛かり、両手の指を合わせて何かの術式を練りながら目玉をグリグリと回している。動く素振りを見せる間もなく僕を睨みつけるあたり、あの目玉は中々厄介だな。ヘルムに一体化して這い回っているあの目玉は恐らく、全方位を見渡せるのだろう。


 奴の視界に死角は無い。不意を突くのは難しい、か。だったら……。


「なぁ」

「んだよ。命乞いでもしたくなったか?」


 僕が声を掛けると、アスカはギョロリと目玉をこちらに向けてくる。どうやら会話には応じてくれるらしい。そうと分かればやることは一つだ。


「僕を連れ去ってどうするつもりなんだ。人質にでも使うつもりか」


 会話による時間稼ぎと、情報収集。上手くいけば、状況をひっくり返せるかもしれない。


「……あァ?」

「な、なんだよ。わざわざ迎えに来たクセに理由も知らされてないのか。そっちのボスは随分と無能なんだな」


 巨大な目玉が見開かれ、鋭い指が僕の顎をぐっと掴み上げる。


「おい、調子に乗るなよクソガキ。殺すなと言われてはいるが、殺ろうと思えばすぐにでも――」

「殺すなって言われたんだろ。命令も守れないのか」

「……ッ……クソガキが。儀式さえ無けりゃ……あァ、クソ」


 苛立ちを顕にしながら僕を突き飛ばすアスカを前に、僕は心の中で拳を握る。何となくわかっていたが、多分こいつ、馬鹿だ。こいつが僕を狙う理由は何となく分かっていたが、あえて聞いてよかった。すぐに会話を放棄したが、こいつは今の一瞬で僕の知りたい情報を零してくれた。


 こいつは今、儀式と言った。

 母上を捕まえて殺すための人質じゃない。何かの儀式に僕を使うつもりなんだ。


「よーし出来た、出来た。おいリリィ。起きろ」


 アスカは指先に構築した術式を弄びながら口元を歪め、鋭利なグローブに包まれた手でベッドに横たわる眠り姫の頭を掴んだかと思うと、大きな枕に叩き付け始めた。安らかだった寝顔が苦痛に歪み、柔らかく長い髪が乱れる。


「お、おい! お前――」

「うるせぇ」


 立ち上がりかけた僕の脚に、振り抜かれた黒いムチが絡む。


「いつまで寝てんだコラ。起きろ起きろ。起きろってんだよッ!」


 無様にも床に倒れ伏した僕を横目に、アスカは布団にしがみつく眠り姫を無理やり引き剥がし、小柄なその体を掴んで激しく揺すった。眠り姫は声にならない嗚咽を零しながらその眼を開き、アスカのヘルムをぺちんと叩いて抵抗を見せる。


「いたいよ、あーちゃん……むぐ」


 眠り姫の柔らかそうな頬に、鋭い指が食い込む。アスカの目玉が大きく見開かれた。


「さっさと準備しろ」

「……じゅんび……?」

「そこに転がってる男が『器』だ! 飛ばすぞ」

「むり、だよぅ……今、からっぽ、で……」

「もう十分寝ただろ!?さっさとしろ。もたもたしてる暇はねーんだよ。俺たちの役目を忘れたのか」


 アスカは僕を指し、その指先で小さな魔法陣を描く。

 紋様が浮かび上がったかと思うと、黒い雫が音も無く放たれた。


「……っ」


 放物線を描いて僕の顔面に当たったそれは大きく広がるように飛び散って僕の顔を覆い、倒れ伏したままの体に絡み付いてゆく。


 服越しに感じる感触はぬるりとしていてほんのり温かく、引き剥がす間もなく全身が覆い尽くされてしまった。視界は一瞬にして闇に閉ざされ、薄い膜のようなものが僕の全身にへばりつく。まるで大きな袋に入れられているかのようだ。


 これは液状の束縛術か。獲物を包んで身動きを封じる類のものだ。

 この類の束縛術は刃物か何かを突き立てれば破れるはずだが、父上の剣は手放してしまった。僕の身を包む黒い膜は少しづつ硬くなり、僕の体の自由を奪ってゆく。素手で突き破るのは不可能だ。麻痺や毒なんかが付与されていないのが幸いか。


「早くしろ。奴に勘付かれると厄介だ」

「ん~……」

「おい、どうした。コラ、何へばってるんだよ!しっかりしろ」

「……うー……っ」


 視界を封じられて床に転がされた僕の体が、ふわりと浮き上がる。

 僕を包み込むようにして、魔法が構築されていくのが何となく分かる。僕をどこか別の場所に飛ばすつもりか。


 様子こそ見えないが、状況はなんとなく察することができる。恐らく、アスカは転移系の魔法を使えないんだ。だからこいつは、休眠中の眠り姫を無理やり起こして……。


 しかし眠り姫は魔力を使い果たしたばかり。

 そんな状態で無理に魔法を使おうとしたらどうなるか、分からないのか。

 今はただ芋虫状態で浮かされている僕だが、魔力が安定していないのが伝わってくる。浮かされている僕の体は細かく揺れ動き、不安定な魔力が火花を散らす音が聞こえる。


 まずい。これはまずい。どうせやるならきちんとした状況でやってもらわなきゃ僕が困る。

 いや、やってもらっちゃ困るんだけど。そうじゃなくて。しかし芋虫状態の僕に出来ることなんてあるはずもなく。


「……ッ」


 不安定な転移魔法は本当に危険なのだ。

 僕は必死にもがくが、浮き上がった僕の体は僅かに揺れ動くばかりである。


「安定しねェな。つーか、こいつを使えば安定すんだろ?なんで使わねーの」

「あ、だめ……それ、動かしちゃ――」


 弱々しい声を最後に、僕の意識は途切れた。

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