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緋炎の婚姻  作者:
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 花嫁衣裳の図案を決めて、悠凜が夫の佳准ケイジュン経由で仕入れて来た鮮やかな青の絹地を広げていた唯織と海花の所に、見知らぬ少女がやって来た。

 きりっと吊り上がった大きな猫目の少女は、頬を淡く染めて初対面の唯織がいるにもかかわらずまくしたてる。


「海花! 悠京ユウケイ達が帰って来たわよ!」


「早いわね。夕暮れに差し掛かるって言ってなかったっけ」


「天候に恵まれた、て言ってたわ」


「良かったねぇ、桐花(キリハナ)


 にやにやと笑いながら言われ、桐花と呼ばれた少女は顔を真っ赤にして支離滅裂な事を喚き、大股に出て行った。一度として、唯織の存在に気付く様子はなかった。

 楽しげに笑う海花に、唯織は困惑した眼差しを向ける。

 初対面の人間の登場に困惑していれば、楽しげな掛け合いが始まってしまい、唯織は問いかける機会を失っていた。

 その様子に気付いた海花が、にやり、と意地悪げに笑う。


「あの子は、桐花。あたしの従妹で、佳准の従妹でもあるの」


 だが、海花と佳准の間に血縁はない。それを聞いていた唯織はどういうことかと首を傾げる。


「佳准の父様と桐花の母様が兄妹、あたしの母様と桐花の父様が姉弟なの。あ、桐花は『玉兎』だからね」


 ちなみに、あたしと同じく18歳。と続ける海花に、納得していた唯織は、えっと瞳を見開いた。


「18歳、え、でも、赤珊瑚は…」


 既婚者の証である赤珊瑚の耳飾りは、桐花にはなかった。結婚適齢期ぎりぎりの18歳なのに。


「桐花はねぇ、悠京に惚れてるから」


「そうなんですか?!」


「そう。別に相手として問題ないんだけど、悠京の方が女として認識してないから、どうしようもないの。その上、桐花は素直じゃなくて、意地っ張りだから」


 今度は苦笑する海花に、唯織は何とも言えない表情で頷いた。

 桐花が告白する以外に、関係性が動くことはない、ということなのだろう。結婚適齢期は19歳までなので範囲内ではあるが、18歳は行き遅れ、と言われ始めていてもおかしくない。

 ちなみに、悠慈は24歳、悠凜は21歳、悠京は17歳だ。そして、男に適齢期はない。


「あたしは元は『玖嵐』だけど、『玉兎』同様に許嫁は作らないのね。子供の頃のそういうのって、親が決めるじゃない? それが広域での常識なんだけどさ、『玉兎』も『玖嵐』も一生を添い遂げる相手は自分で決めて、自分の足と口で手に入れろ、ていうのが訓示でね」


 婚礼の場で初めて相手の顔を見る、というのも同郷でもなければ珍しくはない。

 だが、それでうまくいくかどうかは五分五分。

 義務感のみの冷え切った間柄になる事も、珍しくはない。

 『玉兎』も『玖嵐』も主要産業が各地を転々としている為、そういった訓示が徹底しているのかもしれない。


「よし、行こうか」


「はい」


 話をしながら手を動かし続け、他人の目に触れないようにしっかりと片付けた二人は、天幕から外に出る。

 しばらく歩くと、何やら感情的な言い合いの声が二人の耳に届くが、海花は呆れたよう息をつき、唯織は不安そうに眉を下げる。海花は行く先の騒動に予想がつくらしい。


 二人がついた時、桐花と一人の少年が言い争っていた。正確には、少年に桐花が食って掛かり、一方的に喧嘩腰に怒鳴っていた。

 悠凜と同じ濃い栗色の髪と倫誓と同じ青色の瞳をした少年は、悠真とよく似ているが、どちらかというと悠凜に似て綺麗な面立ちをしている。少年が、悠京なのだろう。

 確認するように海花を見る唯織に、海花は深く頷く。

 無表情に桐花に言い返している悠京は、決定的なひと言を口にしたらしく、傍らにいた少年があーあと言いたげな表情を浮かべた。桐花は顔を真っ赤にして何事か喚き、足音荒く去っていった。


「…充泉ジュウセン。何か間違ったことを言ったか?」


「言ってないけど、気遣いには欠けるね」


 すっぱりと言い切った少年・充泉は、呆れたと言わんばかりの視線を悠京に向けている。それに首を傾げている所を見ると、悠京は分かっていないらしい。

 何を言ったのか聞こえなかった唯織と海花は、顔を見合わせながら近づいていく。

 悠京と充泉を中心として、十人ばかりの少年達が集まっている。おそらく、行商隊の隊員達だろう。


「お帰り、悠京」


「あぁ、ただいま、海花義姉(ねえ)さん」


 振り返った悠京は、海花の隣にいる唯織に目を止めて軽く見張ると問うように海花を見る。


「この子、唯織ちゃん。悠真が一目惚れしてさらってきちゃったの」


「う、海花さん!?」


 あわあわと声を上げる唯織だが、海花の説明は何一つとして間違っていない。

 数度瞬いた悠京が顔を覆って天を仰ぐ隣で、充泉は意味ありげに視線を背後に向けると行商隊であろう少年達も順繰りに視線を一点に向けていく。一点である一際背の高い少年が頬をかく。その腕には何やる大きな布包、というか外套をすっぽりかぶって身じろぎしない人間がいた。

 思わず視線を追い、固まった唯織に海花はあははと乾いた笑いを零す。


雷勇ライユウも同じ穴の狢だよね」


「えっ?!」


 一拍の間をあけて意味を理解した唯織が海花と少年・雷勇を見比べて、声を上げる。

 その姿に、雷勇は気まずそう視線を泳がせた時、外套が身じろぎした。雷勇の腕の力が緩まったのか、胸を押して距離を取るとヒュッという鋭い音と共に、雷勇の左頬に華奢な腕と手指から繰り出された拳が命中した。


 平手ではなく、拳である。


 痛そうな音が響き渡り、たたらを踏んだ雷勇から外套はさらに距離を取る。その動きで外套が外れて中身が露わになる。


「わぁ…」


 思わず、感嘆の声を上げたのは誰だったのか。

 見事な白銀の髪が腰まで流れ、怜悧に整った美貌を持った唯織と同年代の少年は、怒りもあらわに雷勇を睨みつけている。

 どれだけ美人でも、そこにいるのは確かに『少年』だった。その瞳が、唯織と同じ緋色であることを含めても、だ。

 誰もが、瞳よりも見事な銀髪にまず視線が向けていた。北方の一部族でしか見られない色である為、非常に珍しいのだ。


「この変態がっ! 地獄に落ちろっ!!」


 瞬間、集まっていた人々の半数(女性)から物理的な鋭さを伴った視線が、雷勇に突き刺さった。

 罵声を浴びせた少年は周囲が見えていないのか、いっそ見事、と感心するほどの語彙力でもって雷勇を罵倒し続けている。

 今まで静かにしていたのに、突然の変貌に充泉は納得しているのか何度も頷き、悠京は深いため息を吐く。

 さすがにこの展開は予想外なのか、海花が悠京の袖を引いて説明を求める。


「連絡したとおりっすよ。あの子の家庭環境がちょっと複雑で、向こうの長から相談されてひとまず会いに行ったら、雷勇が気に入って嫁にするって言ったんす」


 で、帰還に伴って連れてきた、と。

 簡潔にまとめられているが、それ以外に説明のしようがないらしく、海花が充泉に視線を向ければ頷きが返された。

 奥の方に見える馬二頭とその背に括り付けられている荷物は行きにはなかったもので、おそらく少年の持参金、ということなのだろう。


「で、ですが、あのご様子では、納得されていない、のでは?」


 唯織が声をかけた時、丁度少年の言葉が停まった時と同じで、少年にもその声が届いた。

 音がしそうな勢いで振り返った少年は、唯織の存在、もっと言えば、唯織の瞳に気付いた瞬間に腕に絡んでいた外套を放り出して駆け寄るとひしと抱き付いた。

 大いに慌てた唯織だが、少年の腕がわずかに震えているのを知ると、その背中を優しく撫でて初対面の悠京達を見据えてきっぱりと言い切った。


「この子は私がお預かりします」


『はい、どうぞ』


 二つ三つ年上の少年達は、異口同音に同時に頷いた。

 何時になく押しの強い唯織に、海花も驚いたように瞬くが仕方ないかと苦笑する。



 長兄に付き添って遠出していた悠真が、少年の存在に動揺して「間男っ?!」と叫び、倫誓と悠凜に爆笑されるまで、あと数時間。










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